表善海水浴場
 
済州道(西帰浦市)
表善海水浴場は総面積158,678m²(約48,000坪)の海水浴場で、白い砂浜の長さは200m、幅800mです。水深は平均約1mです。 引き潮のときは円形の砂浜になり、満ち潮のときは水深1m前後の丸い湖のようになります。潮の満ち引きによって様々な雰囲気を感じることができます。潮の引いたあとの砂浜はしっかりとしていて、子どもたちが遊ぶのに適しています。 正面に見える日の出は有名で、白い砂浜は貝の殻の粉でできたものです。神経痛に悩む人はこの砂で砂風呂をすれば、高い効果を発揮すると知られています。毎年8月になると、自然の恵みの美しい表善白砂浜を素材に様々なプログラムや、充実した内容が盛り込められた表善海辺白砂祭りが開催されます。その他の施設に野営場、駐車場、更衣室、シャワー場があり、近くには城邑民俗村と済州民俗村もあります。

盈徳ズワイガニ村
 
慶尚北道(盈徳郡 ) ,
盈徳ズワイガニ村は、昔から学問と礼儀を重要としてきた由緒深いソンビ(学者)のふるさとであり、壮大な山々と東海がもたらした秘景がある典型的な漁村です。この漁村は、高麗時代の最初の王の頃から有名だった「盈徳のズワイガニ」の本場であり、東海岸一の観光名所である江口港に沿って約100店舗にも及ぶズワイガニ店が密集している世界最大規模のズワイガニ通りが形成されている所でもあります。 毎年11月から5月までのズワイガニの旬の時期には、盈徳のズワイガニを味わうために韓国国内はもちろん海外からのたくさんの観光客で賑います。また、韓国で最も美しい海岸を自慢とする盈徳郡海岸道路にはあちらこちらに海釣り場と約10の海水浴場、水上レジャー施設があり、レジャーも同時に楽しむことができます。 管理者  盈徳ズワイガニ情報化村 TEL  +82-11-9383-1445, +82-54-730-6682 指定現況  情報化村 休業日  年中無休 体験プログラム  水上自転車体験、パドリング体験、カヤック体験など ※季節および村の事情により変更になる場合があります。 利用時間  常時可能 トイレ 

原州韓紙テーマパーク
 
江原道(原州市)
原州市茂実洞にある原州韓紙テーマパークは原州韓紙の由来や歴史をはじめ、展示観覧及び教育、体験を通じ韓紙に関するあらゆることがわかるテーマ空間です。 テーマパーク1階には紙の発明と伝播の過程、韓紙の歴史、韓紙の由来と製造過程、韓紙関連遺物など韓紙の過去を知ることができる韓紙歴史室があります。 韓紙とともに歩んできた祖先の暮らしを省み、韓紙に対する理解を深めることが出来る場所です。 韓紙歴史質の一角に展示されている作家・羅瑞煥(ナ・ソファン)氏の「紙縄扇」、作・ソビン氏による「晩秋」、韓紙開発院で作られた「チュムチ鎧」などは韓紙の芸術的価値を感じることができる作品です。 特にチュムチ韓紙でつくられた「チュムチ鎧」は一枚の韓紙に水をかけ、その上に再び別の韓紙をのせて、その工程を繰り返し韓紙と韓紙がよくくっつき丈夫になるよう、昔、紙で袋(チュムチ/チュモニ)を作るときに使ったチュムチ技法を用いるため、一般の韓紙とは異なり表面がでこぼこして厚くなっています。 このチュムチ韓紙は軽く、空気の通りがいい韓紙の特性がありながら弓矢でも貫通できないほどの強度を誇り、その昔、鎧や防寒服の素材にも使われました。 韓紙映像室は韓紙に関する映画、ドキュメンタリーなどを上映し、韓紙のこれまでの歩みや原州韓紙の歴史などを紹介しています。 2階には韓紙及び韓国国内外の紙に関する企画展が開催されるスペースです。 歴史室や展示室を観覧した後はようやく本格的に体験プログラムに入ります。 原州韓紙テーマパークには韓紙を直接漉いてみる「韓紙漉き体験」や韓紙を使って様々な作品を作る「韓紙工芸体験」など大きく二つの体験プログラムが用意されています。  

国立金海博物館
 
慶尚南道(金海市 ) ,
 1998年7月に開館した国立金海博物館は古代国家の1つ「伽倻」の文化遺産を集大成した博物館です。伽倻の建国説話が生まれた金浦市亀旨峰の麓に位置する国立金海博物館は伽倻の文化財を集めて展示するとともに釜山と慶南地域の先史時代の文化と伽倻の成長の基盤になった弁韓(ピョナン:韓半島(朝鮮半島)の中部以南に分布した三韓の一つ)の文化遺産を展示しています。伽倻の歴史は、他の古代国家に比べると歴史の記録があまり残っていません。そのため、伽倻の実体を知るには、ほとんどが発掘作業などの考古学的方法により見つかった、古代人が残した遺跡や遺物から復元しなければなりません。このような点で、国立金海博物館は考古学を中心とする専門博物館としての特性を持っています。

報恩俗離正二品松
 
忠清北道(報恩郡 ) ,
忠清北道報恩郡内俗離面上板里にある樹齢600年以上と推定される松の木。1962年12月23日、天然記念物第103号に指定された文化財です。 俗離山の麓にあり、東側には道路が、西側には天凰峰がそびえ、漢江の上流の1つ、俗離川が流れています。 1982年からは、高さ18メートルに及ぶ8角周型の防虫網が設置され、この地域に多い害虫から木を守るなど、各種対策が取られてきました。現在も上丈夫でしっかりとたたずむ松の木は、まるで大きな傘を広げたようなどっしりした面持ちで行き交う人々を静かに眺めています。

束草 雪岳日の出公園
 
江原道(束草市)
雪岳日の出公園(ソラクヘマジコンウォン)は、東海から昇る日を見ることができる名所。公園の広さは20,952㎡にもなり、海岸の松林の間から見る日の出は特に有名です。ここは昔より“内勿淄(ネムルチ)”と呼ばれてきた場所で、これは朝鮮時代(1392-1910)に、宋時烈(朝鮮時代後期の学者)が巨済島に島流しにされる途中この地で大雨に遭い、この村が水に浸かってしまったのを見て“勿淄”と呼んだということから付けられました。この公園にはジャンボリー記念塔、野外公演スペース、観光案内所などがあり、海岸には散策路があります。また東海を背にして30数点の彫刻が展示されていて見どころがいっぱいです。

石窟庵[ユネスコ世界文化遺産]
 
慶尚北道(慶州市 ) ,
石窟庵(ソックラム)は 吐含山に位置する韓国の代表的な石窟寺刹です。国宝 第24号に指定された石窟庵の正式名称は石窟庵石窟です。1995年 ユネスコにより世界文化遺産に指定された花崗岩で作られた人工石窟寺院です。新羅( 57 B.C.~A.D. 935) 751年景德王(在位 742∼765)に金大城( 700~774)が作り始め24年かかって774年 惠恭王( 在位 765∼780)の時に完成させました。石窟庵 は佛国寺を建てるときに一緒に建てられたものとして知られています。 高麗時代[新羅末に分列した 韓半島を再び統一して建てられた王朝(918∼1392)] に作られた歷史書の 三国遺事によれば 金大城 は現世の父母のために佛国寺をたて, 前生の父母のために石窟庵を建てたそうです。吐含山(海拔 745m)の東側の峰に位置する石窟庵は花崗岩を削って人工的に築造された石窟寺刹です。円形の主室には本尊像を始めとする 菩薩と弟子像 等があります。石窟庵は 本尊像を安置するため作られた寺です。本尊像は蓮花紋が刻まれた壇の上に座っていて優しい姿と慈悲深い表情をしています。天井は 半月や弓模樣の丸い様式でその上に蓮模様の円板をのせて蓋をしています。ここから見る日の出もまた美しいため多くの人が石窟庵を訪れています。

木浦自然史博物館
 
全羅南道(木浦市 ) ,
自然史博物館は西南海岸圏の最大の観光名所である龍海洞カッパウィ近隣公園内にあります。地下1階から地上2階の規模で、自然史館、文芸歴史館、寄贈品展示室があります。

半月城
 
慶尚北道(慶州市 ) ,
 新羅(BC57-AD935)の宮(金城)があった城で、丘の上に土と石を混ぜて半月状に積んで造られた城です。半月状に造られたことから半月城(パンウォルソン)と呼ばれていますが、月城と呼ばれたりもします。 韓国の有名な歴史書である三国遺事(13世紀に作成)によると、新羅の4代大王、昔脱解(在位AD57-80)は、この地が慶州で一番の明堂(王が臣下の謁見を受ける宮殿)であることを知り、ある貴族からこの地を奪い半月城を築いたと言われています。このことがきっかけで、新羅の第2代大王だった南解王(在位AD4-24)に気に入られ、第4代大王の地位を手に入れたそうです。その後、新羅の最後の王である第56代敬順王(在位AD927-935)までの約900年間、この地は新羅を統治した重要な役割を果たしました。しかし、今では華麗で荘厳だった宮廷の姿はなく、空き地と化していますが、新羅時代には数多くの建築物が存在していたと伝えられています。 現在、半月城には朝鮮時代(1392年-1910年に韓半島を統治した王朝)に造られた石氷庫と弓術体験場、乗馬体験場、伝統遊戯体験場などが備えられています。