ベアツリーパーク
 
忠清南道() ,
ベアツリーパークは、とある実業家が趣味で手入れを行っていた庭園が一般の人にも公開されるようになった所です。約33万㎡(10万坪)の敷地に花や木、錦鯉、ツキノワグマ、鹿などがいる樹木園です。プレゼントとして贈られたツキノワグマは現在100匹を超え、人気のスポットとなりました。また、約500匹の錦鯉が生息する五色池をはじめとし、木花や滝があるベアツリー庭園、世界の植物が展示されている熱帯植物園、樹齢100年を超えるイブキの木の間に散歩道を作ったイブキパークなどがあります。  

泉洞洞窟
 
忠清北道(丹陽郡 ) ,
1977年12月忠清北道記念物第19号に指定された泉洞洞窟は、丹陽郡泉洞里村の裏側にある山の中腹に位置した長さ470mの天然石灰洞窟です。約4億5,000万年前から生成され、地中に美しい「花のお盆がある洞窟」として知られているこの泉洞洞窟には、鐘乳石、石筍、石柱、鐘乳冠などが、まるで森のように壮観を成しており、様々な洞窟の堆積物が、整然と並び「洞窟の標本室」と呼ばれているほどです。比較的規模は小さくシンプルな空洞の洞窟ですが、多くの洞窟の地形・地物が発達しただけでなく、その色彩も華やかで美しいことから巨大な“極楽世界”を連想させます。そのため、丹陽郡古数里にある天然記念物第256号に指定された古数洞窟と共に、韓国で一番美しい石灰岩洞窟の内の一つと言われています。

泉谷天然洞窟
 
江原道(東海市) ,
東海市にある泉谷天然洞窟は全長1,400メートルの石灰岩水平洞窟で生成時期は4~5億年前と推定されて、国内で唯一市内中心部に位置する洞窟です。太古の神秘がそのまま残り学術的価値も高いと言われています。吹きだす鐘乳石、石筍、石柱など20種余りが2次生成物で構成されていて地球科学に対する自然学習場に最適な条件を備えています。また宇宙の誕生と洞窟の生成過程など洞窟の生態系全般に関する理解を深め、学習効果を高めるために展示館と映像室が併設されています。

九千洞渓谷
 
全羅北道(茂朱郡 ) ,
九千洞渓谷(クチョンドン・ケゴク)は、全羅北道の徳裕山(トギュサン)にある渓谷で、俗に茂朱九千洞と呼ばれます。茂朱九千洞は羅済通門(ナジェトンムン)から徳裕山頂上の白蓮寺(ペクリョンサ)に至る全長25kmの小川と谷を指しています。九千洞渓谷は深い谷ではありませんが、景色の美しいところです。岩の間から扇のように広がる水の流れが非常に雄壮です。九千洞渓谷の中でも美しい所を九千洞33景と呼び、その中でも羅済通門と水心台(スシムデ)がよく知られています。第1景の羅済通門は、大きな岩の中央にトンネルのような穴があり、三国時代、新羅と百済の国境となっていた所です。ここが韓半島を東西を分ける境界となっており、現在も両地域の言語と風習は異なっています。大きな岩にどのように穴ができたのかはわかりませんが、トンネルは非常に珍しいものです。一方、水心台は九千洞渓谷33景の第12景の谷で、約400メートルほど続いています。水心台を絶壁が囲んでおり、金剛山(クムガンサン)に似ているため小金剛(ソグムガン)とも呼ばれます。澄んだ水と周辺の景色が非常に美しいところです。また、九千洞渓谷は山道ですが激しい高低はなく、トレッキングを楽しむにも良いところです。徳裕山国立公園の入口から始まるトレッキングコースは白蓮寺まで繋がっています。約6kmの行程で、往復で約3時間かかります。

松広寺
 
全羅北道(完州郡) ,
松広寺は全羅北道完州郡所陽面にある千年古寺です。大韓仏教曹渓宗松広寺は新羅景文王7年(867年)に九山禅門の開山祖である普照体澄禅寺が開創しました。元来の寺名は白蓮寺で、現在の一柱門が3km離れたところにありましたが、歴史の変遷により廃寺となったものを順天松広寺の普照国師知訥僧が復元後、現在の寺の殿閣は1600年代に普照国師の弟子達が大々的に仏寺の再建を推進したものです。特に丙子胡乱で昭顕世子と鳳林大君2人の太子を清の国に人質として送った仁祖大王が2人の太子が無事に帰還することと国乱の痛みをお釈迦様の加護で治癒しようと大々的に再建立した仁祖大王の護国寺です。このような歴史の痛みを治癒するための護国寺であることからか、大事があると大雄殿、羅漢殿、地蔵殿の仏像が多くの汗と涙を流すと言われています。特に大雄殿の仏像はKAL機爆破事件、12.12事件、郡山ヘリ沈没事件、江陵潜水艦沈没、そして1997年12月2日から13日まで膨大な量の汗と涙を流し、I.M.F寒波を予見したと言われています。全国でも有名な4つの道場の中で最大規模の地蔵殿に奉安されている地蔵菩薩増と四王像、羅漢殿の釈迦如来と500の羅漢像は、大雄殿と共に多くの人たちの参拝所となっており、また、傾斜の少ない平地に建てられた寺であるためお年寄りの方でも楽に上がることができ、大型バス30台が駐車することができる大型駐車場と食堂があります。春は松広寺の桜並木がとても美しいです。大雄殿、三世仏像、亞字形彫刻、四天王像など4点の宝物文化財と8点の有形文化財など歴史の息吹を感じることのできるお寺です。* 遺物1) 金剛門 全羅北道 有形文化財 第173号2) 木造三殿牌 全羅北道 有形文化財 第170号3)塑像三座像及び腹蔵仏像宝物 第1274 号4) 瞑府殿 塑彫地藏菩薩三尊相及び巻属上一括 全羅北道 有形文化財 第168号* 主要文化財1) 大雄殿(宝物第1243号)2) 塑彫 三世仏像(宝物第1274号)3) 十字閣 (宝物第244号)4) 四天王像 (宝物第1255号)

青南台
 
忠清北道(清州市 ) ,
忠清北道清原郡、大清ダム付近に約56万坪もの広さで建てられた大統領専用の別荘で、名前は’温かい南の青瓦台’という意味です。1980年、大清ダムの竣工式に参席した全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領の周辺環境が優れているという意見に従い1983年6月に着工、6ヶ月目の12月に完工されました。 大統領の別荘は、李承晩(イ・スンマン)大統領の時から金海をはじめとし4箇所ありましたが、金泳三(キム・ヨンサン)大統領の時、すべて閉鎖され青南台だけが残りました。歴代の大統領が夏休みや祝日など毎年4~5回、多ければ7~8回ずつ利用し、約20年間で総88回400日をここで過ごしたといいます。 休養中にも常に国政報告を受けられるように管理され、食水源である大清湖を挟んで最高の水質浄化システムを構築し、運営されました。青南台は国家1級の警護施設で四重の警戒鉄柵を設置し管理されています。20年余りにわたりその正体をベールに包まれていた青南台は、参与政府の廬武鉉(ノ・ムヒョン)大統領によって2003年4月18日、忠清北道へその権利が譲られてから一般人にも開放されています。湿地生態園(990㎡)には音楽の流れる噴水台が設置され、湖畔散歩道(8km)には3.3kmの登山路と散歩道があり、歩きながら大清湖の風景を楽しむことができます。

智異山国立公園(南原)(지리산국립공원
 
全羅北道(南原市 ) ,
1967年に韓国の国立公園第1号に指定された智異山は、昔から金剛山、漢拏山と合わせて三神山のうちの一つとして知られています。新羅五岳のうちの南岳であり、愚かな人間が訪れると賢い人間に変わるということから「智異山」と呼ばれるようになったと言われています。また、白頭山が北からここまで下りてきたという意味から「頭流山」、悟りを開いた僧侶の一時的な滞在場所を意味する「方丈」からとり「方丈山」とも呼ばれます。智異山は、全羅南道求礼郡、全羅北道南原市、慶尚南道河東郡、山清郡、咸陽郡など3つの道、5つの市・郡にまたがっています。ここ南原の智異山には、韓国第2の高峰である天王峰(1,915m)をはじめとし、般若峰(1,732m)、老姑壇(1,507m)など10余りの峻峰が連なっており、またペムサコル渓谷や七仙渓谷など6つの渓谷や、九龍瀑布や仏日瀑布など10余りの瀑布があり、景勝地としても評判です。また、華厳寺や燕谷寺、双渓寺などの大寺院をはじめとした文化財も散在しています。

ウェンットク村
 
京畿道(竜仁市)
ウェンットク村は輸入開放と消費減少により危機を迎えている米農業を育成し、米の消費を促進するために造成され、伝統トク(餅)を再現するスローフード体験村です。韓国の土地で育った優秀な食材を利用して作る伝統トク(餅)や料理を吟味し、消えゆく歴史や伝統文化を感じながら自然の姿をそのまま保存する農村体験活動など、さまざまな楽しみどころがあります。

昌原カロスキル
 
慶尚南道(昌原市 ) ,
昌原のカロスキルと呼ばれるこの場所は、お洒落なカフェやギャラリー、工房などが立ち並んでいます。道路脇には、メタセコイヤや住宅を改装した店舗が並び、テラスのあるカフェに座ってコーヒーを飲んだり、散歩をしたりと充実したひと時が楽しめます。

英陵(世宗大王陵)・寧陵(ユネスコ世界文化遺産)(
 
京畿道(驪州市) ,
京畿道驪州郡にある世宗大王陵(セジョンデウァンヌン)は朝鮮時代(1392-1910)の第4代世宗大王(1418-50)とその妻の昭憲王后の合葬陵です。世宗大王はハングルを創ったり、測雨器や日時計のような科学器具を発明するなどの歴史的業績を残した王です。陵の周囲には石の欄干がめぐらしてあり、また長明燈をはじめ石で作られた虎や羊、馬などが配置され陵を守っています。陵域の中には陵のほかに世宗大王に関係したさまざまな遺物と資料が展示されている世宗殿、世宗大王像、丁字閣(祭祀を執り行う場所)などがあり、陵の入り口(左側)には自撃漏(水時計)、観天台、測雨器などの化学器具が復元されています。