牙山
 
忠清南道(牙山市 ) ,
ソウル行きの路線のみ運行。

鎮下海水浴場
 
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鎮下海水浴場(チナヘスヨッチャン)は、蔚山から24km東南の位置にある長さ1km、幅300mの海水浴場で、水深が浅く、南海の海の特性上、海水の温度が温かく、波も穏やかなため海水浴を楽しむのに適した条件がそろっています。また、松の林に囲まれているため松の香が漂っており、落ち着いた雰囲気のある海水浴場です。釜山の海雲台、日光海水浴場へと繋がる海水浴場で、96,000㎡という広々とした砂浜を誇り、写真作家やサーファー、海釣り愛好家の足が1年を通して途絶えることがありません。松の森ではキャンプと炊事を無料ですることができ、簡易シャワー場や更衣室なども備わっています。釜山からも車で1時間なため、夏の海水浴シーズンになると30万の人々が訪れます。

北漢山城
 
京畿道(高陽市)
北漢山国立公園内に位置する北漢山城(プカンサンソン)は朝鮮時代(1392-1910年)の1711年に築城された山城です。高さ7メートル、長さ8キロで1900年の歴史を持っています。北漢山城は有事の際に王が都にある王宮を捨てて避難する行宮を守るための城です。したがって都とはなんの関連性のない独立した城です。城壁は長さ約8キロで、全部で15個の門が城内を守りました。北漢山城は120室規模で都の王宮には劣りますが、山の中の宮殿という雄壮な姿を持っている。特に白雲台から南側につながる稜線をはじめ、北漢山城は険峻な岩峰、絶壁を利用して築かれました。山城は朝鮮時代の山城築城の代表的なスタイルで、花崗岩が美しい北漢山の山並みと古典的な北漢山城の姿が調和しとても美しいです。北漢山城は城郭に沿って登山道があり、散策しながらまわってみるとよいでしょう。秋には紅葉に彩られた周辺の景色が絶品です。

太白石炭博物館
 
江原道(太白市) ,
国家機関産業の原動力になっていた石炭は韓国が唯一所有しているエネルギー源として国民生活の燃料供給と国家経済発展に大きく寄与してきました。しかしながら、現在の物質文明の発達と清浄エネルギーの一般化で需要が減少し政府の石炭産業の合理化政策によって炭鉱縮小化され、その重要性がだんだんと低くなってきています。太白石炭博物館はこれまでの石炭産業の変遷史と地下資源の開発史をひとつに集めて、体系的で一目でわかるように展示しました。忘れかけられている石炭の歴史的な教育の場として活用するために1997年5月27日に開館しました。

霊鷲山
 
全羅南道(麗水市 ) ,
麗水市三日洞と上岩洞にまたがり位置した霊鷲山は、海抜510mとあまり高くない山です。山の姿が秀麗であるわけでもなく、山が高いわけでもない霊鷲山が全国的に有名な理由は、春になると山全体を赤く染めるチンダルレ(ツツジ)を韓国国内で一番最初に見ることができる山だからです。慶尚南道昌寧の火旺山、慶尚南道馬山の舞鶴山と共に全国三大ツツジ群落地のうちの1つに数えられています。30~40年間咲き続ける数万本のツツジが33万㎡にわたり群落をなしており、毎年4月になると山全体を赤く染めます。 霊鷲山の登山は山が低いだけあり、どのコースを行っても4時間程度で家族皆で登山を楽しむことが可能です。ツツジを最も楽しむことができるコースは、湖南精油の上の林道や上岩小学校を基点にし、450m峰を登り霊鷲山の頂上に上がりポンウ峠を下った後、チンレ峰をまた登ります。チンレ峰からヘリコプター場、439m峰を過ぎたところにある分かれ道を右へ入って行き、興国寺へと下山するコースです。450m峰から頂上までがツツジが最も見ごたえのある道ですが、険しくもあるため暗い時にここを通るのは危険ですので登山時間を調節する必要があります。 霊鷲山では毎年4月になるとツツジ祭りが開催されます。祭りの期間中、霊鷲山山神祭、青少年白日場、写真撮影大会、チンダルレアガシ(ミス ツツジ)選抜大会、郷土料理など多彩なイベントが催されます。 霊鷲山という名前は、釈迦が最後に説法をしたインドの霊鷲山からその名をとったと推測されます。霊鷲山の登山地図を見ると、霊鷲山と進礼山に区分されて書かれている場合もありますが、国家地理情報院は2003年5月17日付けで山の名称を「霊鷲山」から「進礼山」に変更告示しましたが、人々は今も慣例的に439m峰の名前である霊鷲山を山の名前として使用しています。 麗水半島の主山である霊鷲山は、昔より地域の人々に神霊な山として認識され、祈雨祭や神仏に真心を捧げてきた場所です。伝統祈願道場であった錦城台があり、その下の道場である兜率庵が建てられ今日まで残されています。東国輿地勝覧と湖南麗水邑誌には兜率庵と共に祈雨壇があり霊験あらたかであると記録されており、地方の首領らが祈雨祭を行ない祈雨詩を残すという伝統が大韓帝国末まで引き継がれていたとされています。また、霊鷲山には興国寺があり、寺の名前からも分かるとおり国の隆盛を祈願するために建てられた寺院で、1195年に普照国師が創建しました。興国寺の中には大雄殿(宝物第369号)をはじめとし、宝物第578号の大雄殿後佛幀画、円通殿、捌相殿などの文化財が残されています。また興国寺は壬辰倭乱当時、唯一僧兵水軍がおり興国寺内には約300人の僧兵水軍が訓練をしていたということでも有名です。 海抜510mの山の頂上に立つと南海に浮かぶ大小の島々と漁船が一望でき、光陽湾と麗川公団、東北側には光陽の白雲山、猫島が見えます。

長生浦クジラ生態体験館
 
慶尚南道(居昌郡 ) ,
クジラ生態体験館(コレセンテチェホムグァン)は、蔚山広域市南区の長生浦海洋公園内にあるイルカの水族館です。魚類水族館には大小さまざまな不思議な淡水熱帯魚や海水熱帯魚、サメ、ウミガメなどがいます。海底トンネルでは、実際にイルカに会うことができ、イルカと関連した多彩なプログラムも準備されています。また、4D映像館では、躍動感溢れるクジラのアニメーションを見ることができ、体験動物館ではさまざまな小動物とふれあうことができます。 開館日 2009年11月24日

双龍窟(翰林公園)
 
済州道(済州市 )
双龍は黄金窟、昭天窟、双龍窟、万丈窟を合わせて済州島の代表的な龍岩洞窟です。洞窟の長さは約400m、広さ6m、高さ3m程度の規模で、250万年前の漢拏山一帯の火山の爆発によって形成されました。溶岩洞窟であり、石灰洞窟の特徴が複合された2次元的な洞窟であるという点が特徴でその一帯が砂と貝殻が混ざった層でできています。洞窟の内部は天井から突き出ている石鍾と地面からの石筍で神秘的な景観を演出してます。洞窟の壁面には石灰分がかぶせられていてまるでひとつの巨大な壁画が刻まれているような鬱蒼とした姿を見ることができます。洞窟内部の温度は年中17~18度を維持しており、夏には避暑地として冬には寒さをしのげる場所として脚光をあびています。双龍窟は左右両方に分かれていて、まるで龍2匹が洞窟の内部にいて外に出てくるかのような姿をしていることから双龍窟と言われています。双龍窟の第2入り口と挟才窟の最後の部分が隣接していて2つの洞窟はもともと1つであり、内部が陥没したことで2つの洞窟に分かれたと推測されています。挟才窟と同様、天然記念物に指定されています。

統一公園
 
京畿道(坡州市 )
「統一公園(トンイルゴンウォン)」は、6.25戦争(朝鮮戦争)における陸軍第1師団将兵の護国精神を称え、英霊を追悼するとともに、統一を願い1973年6月、坡州邑鳳棲里に設けられた延べ面積12,558坪の公園です。 休戦会談時、国連従軍記者センターがあった場所に設けられた「統一公園」には、戦争の惨劇を世界に報道するために前線に従軍し、殉職したソウル新聞ハン・ギュホ記者をはじめとし、アメリカ(10人)、フランス(2人)、イギリス(4人)、フィリピン(1人)といった内外18人の従軍記者を慰める韓国戦殉職従軍記者追念碑があります。 この他、戦争当時、血戦にて殉職した肉弾十勇士忠勇塔および蓋馬高原反共遊撃隊慰霊塔、イ・ユジュン大領・キム・マンス少尉記念像などが建てられています。  

東海駅
 
江原道(東海市) ,
江原道東海市松亭洞にある「東海駅」は桃京里駅と墨湖駅の間にあります。ここは三陟線と北坪線が分かれる場所です。

直指寺テンプルステイ
 
慶尚北道(金泉市 ) ,
金泉駅から西側に12キロ離れた黄嶽山の麓にある直指寺は、新羅・訥祗王2年(418年)、阿道が建てた寺院です。周囲の古い松の木やきれいな渓谷の水、秋には紅葉が絶景をなし、周囲の景観と調和をなします。 境内には大寂光殿があり、1000年になるクズの根とハギの柱の一柱門、朝鮮時代の代表的な建物である大雄殿、統一新羅時代の作品である高さ1.63メートルの石造薬師如来坐像(宝物319号)があります。 また、5千人を収容できる国際仏教研修会館が1994年5月に完成しました。 TEL  +82-54-429-1700~4, +82-54-429-1716 休業日  年中無休 体験プログラム  [直指寺テンプルステイ] ※ 詳細は関連ホームページまたは電話でお問い合わせください。 入場料  [文化財区域入場料] 大人 2,500ウォン