尚州自転車博物館
 
慶尚北道(尚州市 ) ,
国内初の自転車テーマ博物館、尚州自転車博物館 韓国初の自転車をテーマにした博物館「尚州自転車博物館(サンジュチャジョンゴパンムルグァン)」が拡張、移転し、慶尚北道尚州市道南洞に新たにオープンしました。尚州は自転車が多いことで有名で、大気汚染の原因にもなる自動車の代わりに自転車を利用して登下校および通退勤をする人々や自転車で旅行をする人々が多く見かけられます。 尚州自転車博物館に展示されている約60台の自転車を通し、自転車の歴史が一目で分かります。主要施設には、地下1階に自転車レンタル所、1階には企画展示場と4D映像館、地域農特産物広報コーナー、2階には常設展示場と多目的ホール、管理事務室などがあります。   自転車博物館の主な展示品 自転車展示室の「出会いの場」以外にも、体験展示室の「体験の場」、自転車文化について紹介する「共感の場」、尚州自転車祭りを紹介する「祭りの場」、自転車関連商品を販売する「結実の場」があり、様々な自転車に関する体験をすることができます。 展示内容は、初期の自転車(5点)、異色自転車(29点)、競技用自転車(11点)、その他の自転車(15点)、自転車体験館、広報館、尚州館、ミュージアムショップとなっています。      

鏡浦道立公園
 
江原道(江陵市)
1982年6月26日に鏡浦台道立公園に指定(面積9.471平方キロメートル)され、鏡浦台、鏡浦湖、鏡浦海水浴場を中心にたくさんの文化財や記念物がある地域です。関東八景の1つでもある鏡浦台は、小正月に月を見る名所であり、鏡浦湖は、この場所を訪れる人たちの癒しの場所です。 東海岸で最も海の水がきれいな所ろして知られる鏡浦海水浴場と、鏡浦湖、鏡浦台、放海亭、湖海亭、鏡浦亭、鏡陽祠などが点在しており、夏の海水浴だけではなく、春には花見の名所として、ロマンチックな冬の海など、1年中楽しめる観光地です。 *鏡浦八景 1)緑豆日の出 緑豆亭で東海からの日の出を見ることを言い昔、寒松亭があった現江陵飛行場の東側に位置し鏡浦台の真東を指します。明け方、真っ赤に燃える太陽が海まで赤く染めながら昇る景色は神秘的で思わずうっとりしてしまう美しさです。 2)竹島名月 湖の東側にある島の形をした小さな山で竹がいっぱい生えていたことから竹島と呼ばれたこの場所は現在の現代ホテルがある場所です。水平線上からこぼれる満月の光が竹林の隙間を通って射し込み湖を照らしてできる、まるで一枚の絵のような光景を「竹島名月」と呼びました。空にある月と海と湖に映る月とが柱をつくり白海から湖の真ん中を突き通って台の前までのびる光の、厳かな情景を賛美したものです。 3) 江門魚火 江門は鏡浦台の東にある湖の河口にあり、湖と海がつながるところであることから江門と呼びます。夜になるとイカ漁に出る船の灯りがきらきらと輝き、その光が海と湖に導かれる美しい光景を「江門魚火」といいます。 4)草堂炊煙 草堂は湖の東南側にある村で土地が湖や海より低いところにあるように見える村です。遠くから見ると深い僻地にある山里という感じで、村の周囲には松の木がうっそうとしており水を含んだ大地からは雑木と雑草が生い茂っています。太陽が西の山の山頂に傾く頃になると夕飯を作る家々の煙突から白い煙があがり、それが夕焼けに染まってのどかな農村風景を写し出します。その平和で安らかな美しさを表現したものです。 5)紅粧夜雨 紅粧(ホンジャン)は朝鮮時代初期にジョ・ウンフルという府史が江陵に住んでいた頃にいた妓生の女です。ある日某監察司が江陵を視察した際、府史は湖に浮かべた船の上に妓生である紅粧を呼びよせ、伽椰琴(カヤグム)を弾かせて監察司をもてなしました。ずば抜けた美貌をもつ紅粧はその夜監察司の愛を受けたのですが後日、監察司は数ヶ月後にまた来ると約束し江陵を去っていきました。しかし監察司からの便りはなく恋しさで胸を痛めた紅粧は、あの日のことを思い出しながら湖に出てきてため息をつきました。そのとき深い霧の中から監察司の幻像と紅粧を呼ぶ声が聞こえ、紅粧は声のする方へかけていきます。しかし紅粧は途中、湖に落ちて死んでしまいます。このときからこの岩を「紅粧岩」と呼ぶようになり、霧の深い雨の降る夜になると女の悲しそうな泣き声が聞こえると伝えられています。船に慕い人を乗せ伽椰琴の音に興じながら酒を一杯交わす、そんな昔の人々の風流精神を回想させる言葉です。 6)甑峯落照 シル(蒸籠)山は鏡浦台の西北方面にありその頂の姿が蒸籠と似ていることからこの名前がつきました。太陽が西に傾く頃になるとシル山の北側から鏡浦湖に映る夕日の光がさざなみでばらばらに散らばる美しい光景を表したものです。 7)喚仙吹篴 シル山のサンソン峰に新羅の仙人たちが風流をたしなみ囲碁をうって過ごしていた場所がありました。そこでは、ひっそりとした月明かりの夜になるとどこからかもの寂しい笛の音が風にのって聞こえてきたといいます。山紫水明の絶景からは今でもどこからか笛の音がかすかに聞こえてきそうな気がします。鏡浦台の「喚仙吹篴」は俗世を離れた仙人たちが囲碁をうち笛を吹いて楽しんでいた、その昔の姿を思い起こさせます。 8)寒寺暮鐘 寒寺亭は現在の飛行場の東にあります。緑豆亭と呼ばれたこの東屋は花郎徒(新羅時代、青少年で組織されていた修養団体)の修行の場として造られた場所で今は石池や石で造った井戸だけが残っています。新羅仏教が再興した頃、寒寺亭で日が沈む時にならす鐘の音が遠くからのさざなみに乗って神仙たちが遊んでいた鏡浦台までとどろいていたその時代の趣を想わせます。

富川ターミナル逍風
 
京畿道(富川市)
富川市上洞にある総合バスターミナル。京畿道、江原道、忠清道、全羅道など、全国各地を往復する路線が完備されています。

月尾海列車
 
仁川(中区)
仁川観光の必訪スポット:月尾海列車(ウォルミ・シートレイン) もし韓国の仁川を旅行するなら、月尾海列車(ウォルミ・シートレイン)は見逃せない観光スポットです。この都市観光モノレールは、韓国観光公社により「韓国人が必ず訪れるべき観光100選」に選ばれた場所です。 月尾海列車は、仁川の月尾島を一周する全長6.1kmの韓国最長の都市観光モノレールです。平均時速9kmで運行し、一周するのに約42分かかります。列車は地上7〜18メートルの高さを走行し、乗客は月尾島の美しい風景、仁川内港、黄海、遠くに見える仁川大橋までを楽しむことができます。特に夕暮れ時には、黄海に沈む美しい夕日を眺めることができ、ロマンチックな雰囲気を味わうことができます。 月尾海列車は仁川駅近くの月尾海駅から乗車します。列車は2両編成で、乗車定員は46人です。ゆったりとした速度で運行するため、快適に景色を楽しむことができます。 月尾海列車だけでなく、月尾テーマパークも一年中楽しめる場所として人気があります。1992年に開業し、多くの人々に愛されてきた「マイランド」は、2009年に「月尾テーマパーク」として再開されました。ディスコパンパン、バイキング、大観覧車など、スリル満点のアトラクションが揃っており、仁川の名物として知られています。<1泊2日>や<SBSランニングマン>など、様々なテレビ番組でも紹介されました。夜にはライトアップされ、月尾島ならではのロマンチックな夜景も楽しめます。 月尾海列車の基本情報 住所:仁川広域市中区済物梁路269 連絡先:+82-32-450-7600 運営時間: 平日:午前10時 - 午後6時 週末:午前10時 - 午後9時 利用料金: 大人:8,000ウォン 青少年(13歳〜18歳):6,000ウォン 高齢者(65歳以上):6,000ウォン 子供(3歳以上):5,000ウォン 障害者/国家有功者など:4,000ウォン 月尾海列車は、仁川の自然美と都市景観を一度に楽しめる魅力的な観光スポットです。仁川旅行を計画中の方は、ぜひこのモノレールに乗って特別な時間を過ごしてみてください。

楊平ハンファリゾートソリゲレンデ
 
京畿道(楊平郡)
楊平(ヤンピョン)ハンファリゾートソリゲレンデには、メーンスロープ(長さ180m、幅80m)児童用スロープ(長さ150m、幅80m)幼児用スロープ(長さ60m、幅25m)があります。楊平ハンファリゾートには計400あまりの客室と登山コース、森林浴場、プール、ソリ乗り場、サウナなど、各種レジャー施設が完備されています。

江口港
 
慶尚北道(盈徳郡 ) ,
慶尚北道盈徳の江口港は、盈徳で最も大きな港口です。青松の周王山の裾から始まり、うねうねと流れている 鮎釣りで有名な五十川が、海につながる所がまさにこの江口港です。 江口港は盈徳テゲ(ズワイガニ)の集散地(生産物が色々な所から集まり、出て行く所)としても有名です。港口の周辺ではズワイガニを販売するところが多く、別名「ズワイガニ通り」と呼ばれています。特に最近江口港の入り口に設置された帆船模型の造形物は、夜間に江口港を訪れる観光客の華麗な見物となっています。 江口港はドラマや映画の撮影地としてもよく利用され、代表的なドラマ「あなたそして私」に登場しました。ドラマが人気だった当時は、カモメが飛びかう漁村の景色を見に多くの人が訪れました。今も江口港と丑山港区間の918番道路は、趣があり美しいことで有名なドライブコースの一つです。 奇岩怪石の絶壁の上の道を走っていると車が海に入っていくような錯覚に陥り、一つの絵のような素朴な漁村の風景と共に、忘れることのできない記憶となるでしょう。

別刀峯(별도봉
 
済州道(済州市 ) ,
別刀峯は火山砕屑性の堆積岩と溶岩でできた、寄生火山です。禾北1洞の東側の海岸に位置しています。ヂョンサン峯から北側は急斜面の険しい絶壁で、俗称「自殺岩」と呼ばれる大きな岩があり、崖の下の海岸段丘には「くじら窟」と「赤ちゃんをおぶった石(負兒石)」と呼ばれる奇岩があります。 別刀峯は海抜136mの低い山ですが、海岸の絶壁を挟んでつくられた全長1.8kmの「長寿散策路」は、済州市最高の散策路と評価されるほど、その景観はすばらしいものです。ここからは高い峰と済州港や村の景色、広く青い海など、美しい海岸の絶景が一目で見下ろすことができます。恋人同士や家族で散策できる、美しい場所として多くの人が訪れます。

甘谷玫瑰聖母巡礼地聖堂
 
忠清北道(陰城郡 ) ,
甘谷本堂は1896年に設立された100年以上の歴史がある場所です。初代イム・ガミルロ神父はパリ外邦伝教会の所属で1893年に敍品後、すぐに入国してその翌年である1894年に最初の本堂として神学堂があった由緒正しい驪州の教友村、プオンゴルに赴任されました。しかし本堂の司牧地が北側にあるということだけではなく、山地部落に続いており本堂を移転しようとしていたところ、司牧を訪問中、驪州を過ぎて長湖院に至った時に山のふもとに大宮殿のような家を見て、ここが本堂の司牧地として最も適していると直感しました。その後すぐにカミルロ神父は「聖母様、万が一、あの大宮殿のような家と山を私の所有にしてくださるのなら、私はあなたの卑賤の身となりましょう。そしてその従母が玫瑰聖母様となるでしょう」とお祈りをし、ブオンゴルに戻って玫瑰聖母様に願いました。当時、大宮殿のような家は明成皇后の又従兄弟である閔應植の家であり、1882年に壬午軍乱の時に明成皇后が非難した場所でもあります。1896年5月の聖母聖月に、すべての家の敷地と山を購入、玫瑰聖月である10月7日に本堂の設立に至りました。結局、ガミルロ神父が最初にお祈りをした通り、甘谷本堂を聖母に奉献し、ここが甘谷甘谷玫瑰聖母巡礼地聖堂となりました。