安東泥川洞石仏
 
慶尚北道(安東市 ) ,
頭の長さが2.43m、全体の高さは12.38mの巨大な磨崖石仏像です。近年、チェビ院という寺が開かれ別名「チェビ院石仏」とも呼ばれています。高い崖の岩面に仏の体を彫刻し、その上に別につくった頭を載せています。仏の頭の部分を別に製作しあとから載せる様式は高麗時代(AD918-1392)に広く用いられた方法で、強調された顔の輪郭やその他の細かな彫刻技法から見て、11世紀ごろの製作と推定されています。1963年1月21日に宝物第115号に指定されました。安東泥川洞石仏(アンドン・イチョンドン・ソクプルサン)は大きいうえ仏像の前にはカーブした道路が通っているので、仏像前の道路を渡った位置から見るとよく見えます。通行する自動車には十分注意してください。ここには道路と山しかないため、タクシーで行く場合はタクシーに待っていてもらい見学するのがよいでしょう。バスで行く場合はバス停がないので手を振ってバスを止め乗車します。

ペムサコル渓谷
 
全羅北道(南原市 ) ,
智異山北川の麓にあるペムサコル渓谷は全長が9kmにもおよびます。ペムサコル渓谷という名前は昔松林寺という寺の伝説からペムサコルと呼ばれるようになりました。般若峰とトッキ峰から南原市山内面に流れる渓谷の紅葉が美しいことで有名で、夏の避暑地としても有名です。

安城マッチュム博物館
 
京畿道(安城市) ,
安城市大徳面内里にある中央大学安城キャンパスの入り口に立てられている安城マッチュム博物館は真鍮を中心に安城の豊富な文化遺産を見ることができるテーマ博物館です。地上2階、地下1階の建物で真鍮の展示室、上映室、企画展示室、農業歴史室、郷土資料室、セミナー室、学術研究室、収蔵庫などで構成されています。真鍮を展示して観覧客の理解を助けるため、各所に動画での案内で設置されています。特に、タッチスクリーンを通して安城の歴史と文化について詳しい説明を見ることができます。農業歴史室は安城農業の歴史と季節ごとの農業の様子、安城の特産物が展示されており、過去と現在の安城の農業に関して知ることができます。郷土資料室には、安城の昔の様子を見ることができる写真、安城男寺党、仏教文化財など安城の文化と歴史を一目で見ることができます。  

松マルキル
 
慶尚南道(居昌郡 ) ,
山と山、山と川、人と自然をつなげる「蔚山の生態通路」である松マルキルは仙岩湖水公園から始まり、神仙山、大公園山、文殊国際アーチェリー場、松マルハヌルキル、三湖山、南山につながっている24キロメートルの「都市循環散策路」です。神仙山の神仙亭に登ると仙岩湖水公園の全景を一目で見渡すことができます。大公園山区間はなだらかで松の雑木林が鬱蒼としており、家族で森林浴を楽しむことができます。都心にある山々をつなげる散策路としてアクセスもよく、さまざまな散策路があります。

鎮岑郷校
 
大田広域市(儒城区) ,
鎮岑郷校は1405年に賢儒の位牌を安置、配享し地方民の教育と教化のために創建されたといわれています。現存する建物として大成殿などがあり、五聖、宋朝六賢など韓国の十八賢の位牌を安置しています。朝鮮時代には国家から土地と典籍、労賃などが支給され、教官1人が30人程の生徒を教えていましたが甲午改革以後、新学制実施によって教育的機能はなくなり、現在は春と秋に釋奠を挙行し、1日と15日に焼香を行っています。この郷校の大成殿は大田広域市文化財資料第6号に指定されており、現在、郷校の運営は典校1人と掌議数名が担当しています。

西門風物夜市場&西門市場サムギョプサル通り(서문풍물야시장 & 서문시장삼겹살거리)
 
忠清北道(清州市 ) ,
清州(チョンジュ)西門市場(ソムンシジャン)は市場の活性化のため2012年に西門市場サムギョプサル通りを、2015年には西門風物夜市場(夜市)を開設しました。その後2017年にはサムギョプサル通りで3月3日(サムギョプサルデー)から3日間、サムギョプサル祭りを開催したこともあります。清州は韓国各地の事柄についてまとめた地理書・世宗実録地理誌に豚肉を貢物として納めた地域として記録されています。

タンクッ松湖海岸
 
全羅南道(海南郡 ) ,
葛頭村(タンクッマウル)に行く前に広がる海南の有名な海岸で、海辺に松が多く、海辺の細かい砂や澄んだ海水、静かに寄せる波がまるで湖のようであることから松湖海岸(ソンホへビョン)と呼ばれるようになったといわれています。松湖海岸のオートキャンプ場から散策路がタンクッ塔があるところまで続いています。全羅南道記念物第142号に指定されている松湖海岸の松林には樹齢約200年になる松が600本以上あり、防風林の役割を果たしています。

麗水船所遺跡
 
全羅南道(麗水市 ) ,
麗水船所遺跡は、全羅南道麗水市枾田洞に ある遺跡で、壬辰倭乱(文禄・慶長の役)当時、李舜臣(イ・スンシン)将軍が、造船技術を持っていた羅大用(ナ・デヨン)と共に亀甲船を作った場所です。 現在、この場所には、自然の地形を生かして、亀甲船を隠した掘江や亀甲船を繋いだ繋船柱などの遺跡が残されています。

太平踊専修館
 
京畿道(安城市)
 太平踊(テピョンム)専修館は伝統舞踊に人生をかけてきたカン・ソニョン氏によって、伝統文化に関する正しい伝承と保存を目的につくられた文化空間です。才能のある踊り手たちの発掘と養成、開放化された舞台を提供するため、1998年に彼の地元である安城に自らの財産を費やし完成されました。 太平踊 (重要無形文化財 第92号)  太平踊は国の平安と太平の御世を称える思いを踊りで表現した宮中舞踊で、京畿道のムーダンが行う祭祀のなかで行われた巫俗音楽と巫俗踊りを1900年代の名舞踊家であったハン・ソンジュンが再構成し、華麗で雄大な衣装とともに神業とも言える体使いに足の動きが引き立って見えるのが大きな特徴です。  太平踊専修館では、舞踊芸術の底辺拡大と伝統芸術の正しい教育のため全国の舞踊家たちを対象にした太平踊の講習会や、毎週行われる「土曜伝統舞踊常設舞台」を通して観光客や市民を対象に韓国の伝統芸術の大衆化を図っています。また、韓国固有の踊りを保存し、優れた人材の発掘のための「伝統舞踊競演大会」も毎年開催しています。