慶尚北道(慶州市 )

皇龍寺址の向かいにある芬皇寺は、新羅第27代の善徳女王3年(634)に建立されたもので、高僧元暁大使と慈蔵が経ったお寺としても有名です。長い歴史がある芬皇寺には、多くの遺物がありましたが、蒙古による侵略や1592年の壬辰倭乱(文禄・慶長の役)などにより消失してしまい、現在は模塼石塔をはじめとし、和諍国師碑趺(新羅を代表する僧侶「元暁」を称える碑石の石の土台)、三龍変漁井(新羅を守る3匹の龍が居たという井戸)、幢竿支柱などが残っています。国宝第30号に指定されている「模塼石塔(高さ9.3m)」は、安山岩の石材を煉瓦の形に加工し築造した新羅時代に初めて作られた石塔で、現在は3層ですが、本来は7層、又は9層であったと推測されています。芬皇寺の入口にある「幢竿支柱」は高さ3.6mの2つの石塔です。幢竿とは、寺の仏教行事を遠くからでも分かるように、旗を高いところに掛ける木、鉄、石などの竿のことです。幢竿の支えは珍しく石でできた亀の形になっています。


慶尚南道(山清郡 )

太白山脈の最後の峻峰である黄梅山(ファンメサン)は、高麗時代の無学大師が道義を修めたところで、黄梅峰をはじめとした東南側は奇岩絶壁となっており、小さな金剛山と呼ばれるほど美しい山です。頂上から見ると周辺の景色は満開になった梅の花のようであり、梅の花の中に1人で浮かんでいるような神秘的な感じがします。


慶尚北道(慶州市 )

石窟庵(ソックラム)は 吐含山に位置する韓国の代表的な石窟寺刹です。国宝 第24号に指定された石窟庵の正式名称は石窟庵石窟です。1995年 ユネスコにより世界文化遺産に指定された花崗岩で作られた人工石窟寺院です。新羅( 57 B.C.~A.D. 935) 751年景德王(在位 742∼765)に金大城( 700~774)が作り始め24年かかって774年 惠恭王( 在位 765∼780)の時に完成させました。石窟庵 は佛国寺を建てるときに一緒に建てられたものとして知られています。 高麗時代[新羅末に分列した 韓半島を再び統一して建てられた王朝(918∼1392)] に作られた歷史書の 三国遺事によれば 金大城 は現世の父母のために佛国寺をたて, 前生の父母のために石窟庵を建てたそうです。吐含山(海拔 745m)の東側の峰に位置する石窟庵は花崗岩を削って人工的に築造された石窟寺刹です。円形の主室には本尊像を始めとする 菩薩と弟子像 等があります。石窟庵は 本尊像を安置するため作られた寺です。本尊像は蓮花紋が刻まれた壇の上に座っていて優しい姿と慈悲深い表情をしています。天井は 半月や弓模樣の丸い様式でその上に蓮模様の円板をのせて蓋をしています。ここから見る日の出もまた美しいため多くの人が石窟庵を訪れています。


京畿道(坡州市 ) , 坡州(ヘイリ村)

都羅山は新羅が滅亡した後、高麗に降伏した敬順王がこの山に登り、新羅の都を思い涙を流したため「都羅」と名付けられたと言われています。京義線都羅山駅はソウルから55.8kmの場所に位置しており、6.15南北首脳会談以降、京義線復元工事を2000年9月に開始しました。その後、2002年3月に竣工し、2002年日韓ワールドカップの開催前である4月11日に完成、一般の人たちの観光コースとして開放されました。この場所でKBSの平和音楽会が開かれ、金大中大統領とアメリカのブッシュ大統領が訪問するなど、世界的に注目されるようになり、外国メディアの間でも新しい観光地として話題になりました。ソウル駅から汶山駅まで鉄道を利用し、汶山駅から都羅山駅行の汽車に乗ることができます。平壌まで205km離れ、韓国の最北端に建設された都羅山駅は、京義線連結の際には税関業務を担うことになります。民間人統制区域であるため、臨津江駅で出入申請と連携観光申請が行われます。*規模-地下1階、地下2階 延べ4,700平方メートル*出入手続き-全ての観光客は臨津江駅に下車し、出入許可手続きをした後、都羅山駅まで運行する鉄道に乗車※臨津江駅-都羅山駅間は指定された鉄道で出入りし、入場人数と退出人数が一致しなければなりません。


忠清南道(公州市 )

東鶴寺(トンハクサ)は公州(コンジュ)市中心部からおよそ25キロメートル、大田から8キロメートルほど離れた公州市鶴峰里に位置しています。724年に創建されましたが新羅(紀元前57-935年)滅亡後の937年にその始祖を祀るべく名を東鶴寺と変え拡張されたと伝えられています。1950年に韓国戦争により焼失しましたが、1960年以降少しずつ再建がなされました。韓国最古の尼寺でもあり、女性僧侶のための大学でもあります。現在150名以上の女性僧侶が修行や教育を受けまた布教にはげむ大変由緒ある寺院です。東鶴寺は公州市に位置してはいますが大田広域市との境界付近にあり、大田市からのアクセスが便利です。時間的にも大田市から向かうほうが速くいけるうえ、バスもより多く出ています。


全羅南道(麗水市 )

麗水といえば梧桐島、梧桐島といえば椿の花を連想するくらい椿の花が有名な島です。また、閑麗海上国立公園の起点であり終点でもあります。麗水の中心街から車で10分程のところにある梧桐島入口の駐車場に車を停め、再び768メートルの防波堤道を15分程歩くと梧桐島に到着します。チケット売り場と梧桐島の間には椿列車が運行しています。面積125,620.4m²の島の中には椿の木や川竹など200種余りの常緑樹が空を覆うように生い茂っています。また、16,529m²の芝広場の中には70種余りの野生花が植えられた花壇や記念植樹の銅像などがあり、子供たちの自然学習の場としても利用できます。島全体を覆っている3000株余りの椿の木は10月から花が咲き始め、真冬でも赤い花が見られます。そして2月中旬ごろには約30%が開花し、3月中旬頃にはピークを迎えます。島全体に蜘蛛の巣のようにはりめぐらされている探訪路は恋人達のデートコースとしても人気が高く、総合商店街では南海で獲れたばかりの新鮮な刺身が味わえます。梧桐島入口から島の中に入ってゆく交通手段としては椿列車や遊覧船、モーターボートなどがあります。遊覧船やモーターボートは梧桐島入口の船着場から出発し、梧桐一帯の海岸の美しい風景や岩、洞窟などが観賞できます。また、突山大橋や向日庵を通る遊覧船もあります。


慶尚南道(晋州市 )

南江沿いの岩の絶壁に厳かに高くそびえ立っている矗石楼は、嶺南で一番美しい楼閣であるといわれています。1241年に建てられ、8回に渡って追加建設と補修を繰り返したこの楼閣は、晋州城の南将台として将元楼とも呼ばれました。戦争が始まると晋州城を守る指揮本部にもなり、平和な時期には考試場としても使用されました。韓国戦争の時に焼けてしまったものを市民が力を合わせて晋州古跡保存会を作り、1960年に復元しました。建物は高床式になっており、楼閣の下の石の柱は昌原の矗石山から採石し、木材は江原道五大山から持ってきたものを使用し、楼には4つの扁額と詩が書かれた板がかけられています。毎年秋には「晋州南江流灯祭り」が開催されます。


ソウル(東大門区)

「伝統文化体験館」は、ソウル風物市場を訪れる観光客を対象に、韓国の伝統的な文化工芸品の手作り体験プログラムを提供している場所です。韓国独自の伝統文化を体験することで、韓国をより深く理解できます。家族連れの方にも好評です。


江原道(春川市)

 国際的な人形劇の祭りが開かれる春川人形劇場(チュンチョン・インヒョン・クッチャン)は、韓国では唯一人形劇を中心とした子供人形劇場です。毎年8月に開催される春川人形劇祭りを通して、世界各国のレベルの高い人形劇公演を披露しているだけではなく、多彩なイベントも開いています。又、人形劇場以外にも、子供たちが直接人形を作ることのできる「人形工房」や、全世界の様々な人形を展示している「人形博物館」などがあります。 利用時間は火曜日から金曜日までの10:00~17:00で、入場料は2,000ウォンです。アクセス方法は、南春川(ナンチュンチョン)駅から市内バスかタクシーを利用。所要時間約15~20分。お問い合わせ) +82-33-250-3322(日本語可)