江原道(春川市) , 春川

ELYSIAN江村カントリークラブ(エリシアンカンチョンカントリークラブ)は、江原道春川市南山面白にある27ホールのゴルフ場です。


慶尚北道(安東市 )

鳳停寺(ポンジョンサ) は新羅(57 B.C.-A.D. 935)文武王(在位 661-681) 672年(12)に義湘 (625-702)大師が 浮石寺から飛ばした紙の鳳がここに舞い降りて寺を建てたと伝えられています。極樂殿から発見された文書によれば 義湘大師の弟子である能仁大德が建てた後 朝鮮(1392-1910)時代まで何度か消失したのを立て直したそうです。安東で最も大きい寺刹である鳳停寺は韓国で最も古い木造建物の 極樂殿があります。一柱門を過ぎて両側に立ち並ぶ森を過ぎると鳳停寺に着きます。鳳停寺 には古い寺 特有の和やかさと高尚な雰囲気があります。また寺の前の素晴らしい古木と周辺の庵子は一味違う見所です。お寺の中には大雄殿(宝物第311号)極楽殿(国宝第15号)をはじめとするたくさんの殿閣があります。また重要な建築物と高麗(918-1392)時代の代表的な石塔の三層石塔があります。また 高麗の 建物である 極樂殿と朝鮮時代の建物である大雄殿が並んでおり比較するのも面白いです。極樂殿 ·大雄殿には大藏經を印刷するために刻んだ木が保管されています。


江原道(江陵市) , 江陵

1982年6月26日に鏡浦台道立公園に指定(面積9.471平方キロメートル)され、鏡浦台、鏡浦湖、鏡浦海水浴場を中心にたくさんの文化財や記念物がある地域です。関東八景の1つでもある鏡浦台は、小正月に月を見る名所であり、鏡浦湖は、この場所を訪れる人たちの癒しの場所です。 東海岸で最も海の水がきれいな所ろして知られる鏡浦海水浴場と、鏡浦湖、鏡浦台、放海亭、湖海亭、鏡浦亭、鏡陽祠などが点在しており、夏の海水浴だけではなく、春には花見の名所として、ロマンチックな冬の海など、1年中楽しめる観光地です。 *鏡浦八景 1)緑豆日の出 緑豆亭で東海からの日の出を見ることを言い昔、寒松亭があった現江陵飛行場の東側に位置し鏡浦台の真東を指します。明け方、真っ赤に燃える太陽が海まで赤く染めながら昇る景色は神秘的で思わずうっとりしてしまう美しさです。 2)竹島名月 湖の東側にある島の形をした小さな山で竹がいっぱい生えていたことから竹島と呼ばれたこの場所は現在の現代ホテルがある場所です。水平線上からこぼれる満月の光が竹林の隙間を通って射し込み湖を照らしてできる、まるで一枚の絵のような光景を「竹島名月」と呼びました。空にある月と海と湖に映る月とが柱をつくり白海から湖の真ん中を突き通って台の前までのびる光の、厳かな情景を賛美したものです。 3) 江門魚火 江門は鏡浦台の東にある湖の河口にあり、湖と海がつながるところであることから江門と呼びます。夜になるとイカ漁に出る船の灯りがきらきらと輝き、その光が海と湖に導かれる美しい光景を「江門魚火」といいます。 4)草堂炊煙 草堂は湖の東南側にある村で土地が湖や海より低いところにあるように見える村です。遠くから見ると深い僻地にある山里という感じで、村の周囲には松の木がうっそうとしており水を含んだ大地からは雑木と雑草が生い茂っています。太陽が西の山の山頂に傾く頃になると夕飯を作る家々の煙突から白い煙があがり、それが夕焼けに染まってのどかな農村風景を写し出します。その平和で安らかな美しさを表現したものです。 5)紅粧夜雨 紅粧(ホンジャン)は朝鮮時代初期にジョ・ウンフルという府史が江陵に住んでいた頃にいた妓生の女です。ある日某監察司が江陵を視察した際、府史は湖に浮かべた船の上に妓生である紅粧を呼びよせ、伽椰琴(カヤグム)を弾かせて監察司をもてなしました。ずば抜けた美貌をもつ紅粧はその夜監察司の愛を受けたのですが後日、監察司は数ヶ月後にまた来ると約束し江陵を去っていきました。しかし監察司からの便りはなく恋しさで胸を痛めた紅粧は、あの日のことを思い出しながら湖に出てきてため息をつきました。そのとき深い霧の中から監察司の幻像と紅粧を呼ぶ声が聞こえ、紅粧は声のする方へかけていきます。しかし紅粧は途中、湖に落ちて死んでしまいます。このときからこの岩を「紅粧岩」と呼ぶようになり、霧の深い雨の降る夜になると女の悲しそうな泣き声が聞こえると伝えられています。船に慕い人を乗せ伽椰琴の音に興じながら酒を一杯交わす、そんな昔の人々の風流精神を回想させる言葉です。 6)甑峯落照 シル(蒸籠)山は鏡浦台の西北方面にありその頂の姿が蒸籠と似ていることからこの名前がつきました。太陽が西に傾く頃になるとシル山の北側から鏡浦湖に映る夕日の光がさざなみでばらばらに散らばる美しい光景を表したものです。 7)喚仙吹篴 シル山のサンソン峰に新羅の仙人たちが風流をたしなみ囲碁をうって過ごしていた場所がありました。そこでは、ひっそりとした月明かりの夜になるとどこからかもの寂しい笛の音が風にのって聞こえてきたといいます。山紫水明の絶景からは今でもどこからか笛の音がかすかに聞こえてきそうな気がします。鏡浦台の「喚仙吹篴」は俗世を離れた仙人たちが囲碁をうち笛を吹いて楽しんでいた、その昔の姿を思い起こさせます。 8)寒寺暮鐘 寒寺亭は現在の飛行場の東にあります。緑豆亭と呼ばれたこの東屋は花郎徒(新羅時代、青少年で組織されていた修養団体)の修行の場として造られた場所で今は石池や石で造った井戸だけが残っています。新羅仏教が再興した頃、寒寺亭で日が沈む時にならす鐘の音が遠くからのさざなみに乗って神仙たちが遊んでいた鏡浦台までとどろいていたその時代の趣を想わせます。


江原道(江陵市) , 江陵

注文津(チュムンジン)香湖(ヒャンホ)海岸はBTSがアルバムジャケットを撮影したバス停フォトゾーンがあるところです(このバス停は実際に運営しているバス停ではありません)。 また随所にフォトゾーンがあり、海を背景に思い出に残る写真を撮ることもでき、国内外から多くの観光客が訪れる江陵のホットプレイスとなっています。  


京畿道(烏山市 ) , 水原

烏山市にある「京畿道立ムルヒャンギ樹木園」は10万坪規模の樹木園で、16のテーマ公園と各種付帯施設、1,600種あまりの植物があります。家族、友達、恋人と一緒に気軽に散策するのにぴったりなムルヒャンギ樹木園は、ゆっくり見て回るのに2時間程所要します。駐車場からすぐ見えるトピアリー園や迷路園は、子どもたちに特に人気のテーマ公園です。この他にも松園、紅葉園、万景園、盆栽園、郷土芸術樹木園、湿地生態園、好湿性植物園、機能性植物園、ムグンファ園、昆虫生態園など全16のテーマ公園があります。ゆっくりテーマ公園を見て回りながら道を上っていくと、木で建てられた展望台が見えてきます。都心部にある樹木園であることから、展望台からはアパートや車が走る様子が遠くに見えます。目の前に広がる木々や花々と都会の風景という相反する風景が同時に楽しめるのもムルヒャンギ樹木園のまたひとつの楽しみのひとつです。※樹木園内には食堂やゴミ箱が設置されていません。環境のためにゴミは各自が持ち帰ることになっています。また、食堂はありませんが「森の中の休憩場」では持参したお弁当を食べることができます。


慶尚南道(山清郡 )

智異山国立公園(チリサン・クンニプコンウォン)は景色が大変美しく、1967年に韓国初の国立公園に指定されたところ。全羅南道、全羅北道、慶尚南道の3つの道と南原市、求礼郡、河東郡、山清郡、咸陽郡の5つの市郡にまたがる大規模な国立公園です。韓国八景の一つと五大名山のうちの一つに数えられ、方丈山または頭流山とも呼ばれています。高さは海抜1,915mで、空の柱という天王峯を主峯に、代表的な般若峯、老姑壇、10を超える有名寺刹がある他20余りの峰と渓谷全体の長さが約12kmにもなるベムサ谷(ゴル)のような渓谷もあり、智異山十景をなしています。ここは韓国で最もよく保存されている原始林と野生動物の宝庫で、神秘的な威厳を持つ神聖な山として知られています。数多くの種類の動植物が育ち、生薬栽培法も盛ん。また仏教文化が隆盛だった所でもあり、実相寺白蔵藏庵3重石塔をはじめとする国宝7点、宝物26点と地方文化財など数多くの文化遺産もあります。智異山は常に気候が変わりやすく、一年に晴れた日が80~100日にとどまる程度ですが、それだけに雲霧と霞が作り出す趣きある風景を楽しみにたくさんの人が訪れています。


江原道(東海市)

龍湫瀑布(ヨンチュポッポ)は武陵渓谷(ムルンゲゴク)の入口にある三和寺(サムファサ)から2.5㎞のところに位置しており、深い滝つぼが3つあります。龍湫瀑布の70m下のところにある双瀑布(サンポッポ)は大変美しく、龍湫瀑布とともに武陵渓谷の絶景スポットといわれています。


江原道(三陟市) , 三陟

江原道三陟市の竹西楼(チュクソル)は朝鮮時代前期につくられました。名前の由来については二つの説があります。ひとつはかつて楼閣の東側の竹林に竹蔵寺という寺があったためというものであり、もうひとつは有名な妓生であった竹竹仙女がいた家が楼閣の東側にあったためというものです。朝鮮時代には接待と饗宴の場として使われましたが、その建物は雄壮であり優美な自然景観が周囲を取り巻いていたので数多くの詩人と画家がここを訪ねました。断崖絶壁の上に建てられている竹西楼に登ると目の前を流れる五十川を見下ろすことができますが、このすばらしい展望を手に入れるために岩盤を基礎にした17本の柱で楼閣全体が支えられている点は注目されています。17本のうち9本は岩盤の上に8本は石楚の上に立てられていますが、柱の長さがそれぞれ違っており特徴といえましょう。入り口には樹齢350年の槐の木が横たわり、中に入ると木蓮や竹林が広がり夏に草木が香ります。


忠清南道(礼山郡 )

『東国輿地勝覧』や『世宗実録地理志』などの昔の史料から500年の温泉の歴史が確認できる徳山温泉は、その由来はとても神秘的です。李栗谷先生の著書『忠宝』によると、「羽と足をケガした鶴が飛んできて、ここから湧き出る水を傷に塗って治してから飛び去っていったので、鶴がとまっていた場所をよく見てみたところ、温かくヌルヌルする水が湧き出ていた」と記されています。徳山温泉は1917年に初めて浴槽を利用した温泉としてオープンしました。ゲルマニウム成分が含まれた45℃以上の天然重炭酸ナトリウム温泉水は、筋肉痛や関節炎、神経痛、血行促進、皮下脂肪除去、細胞再生促進などに効果があり、全国最高の温泉水として認められています。温泉地区内には温泉9ヶ所の他、観光ホテル、一般ホテルなどの約50ヶ所の宿泊施設や、各種飲食店などの便宜施設があります。


慶尚北道(慶州市 )

王陵(王の墓)から東南を眺めると、松林が生い茂りその中に小さな石碑を保存するための建物があります。その横にある井戸が蘿井(ナヂョン)です。『三国史記』や『三国遺事』にはこの井戸端で新羅の初代王である、朴赫居世が生まれたという伝説があります。紀元前69年のある日、高墟村長の蘇伐公が井戸端で白い馬が横たわっているのをみつけます。不思議に思いその場所へと行くと、馬はおらず代わりに大きな卵がありました。その卵から男の子が生まれ、13歳になった年(紀元前57年)に6部の村長らが彼を王様に選びました。そして、その国の名前を徐羅伐(ソラボル)と名づけます。ここには今でも井戸が残っており、朝鮮時代の純祖王3年(1803年)、初代王について記録した碑(高さ2.25m、幅45㎝、厚さ21㎝)もあります。