済州道(済州市 ) , 신제주

梨湖テウ海岸(イホ海水浴場)は済州市内から一番近くにあり、アクセスも便利で便宜施設などもあります。また、傾斜の少ない白い砂浜が広がっていて多くの観光客達が訪れます。この海水浴場は夜景が美しいことでも有名で、夜間に訪れる観光客も多く、海水浴場の周辺には新鮮なお刺身を食べることのできるお店も並んでいます。※砂浜 - 長さ 250m、平均水深 1.2m、傾斜 5度


全羅北道(全州市 )

韓国伝統文化と韓スタイルのメッカ・全州! 韓国伝統文化殿堂は大韓民国固有の伝統文化を継承・発展、産業化・グローバル化を目的に設立されたセンターです。韓屋、韓食、韓紙、韓国の音楽、ハングルなどの韓文化を守り現代と融合させ、未来の文化産業を発展させる伝統文化産業を支援する本施設では、ご来場の皆様が参加できる韓文化に関連した教育・体験プログラムをご用意しています。 韓国伝統文化殿堂では韓紙産業支援センター、伝統文化創造センター、韓食創意センターを運営、各センターにて展示・観覧及び体験が可能です。


ソウル(鍾路区)

梨花荘(イファジャン)は1945年の独立後、韓国の初代大統領である李承晩が、アメリカから帰国後、大韓民国政府樹立運動を行いながら暮らしていた伝統家屋。1988年、「大韓民国建国大統領李承晩博士記念館」として開館し、歴史資料や日常で使用していた家具や遺品などが展示されています。李承晩大統領は初代大統領に就任した後には他の場所に住まいを移しましたが、時々この家屋にやって来て庭園と裏山での散策を楽しんだと言われています。また、大統領職を退いた後もアメリカに亡命するまでの間の住まいとしており、前大統領の生活ぶりをうかがうことができます。ここには母屋のほか組閣堂などの別棟もありますが、造り自体は非常に簡素なもの。組閣堂も非常に小さな建物ですが、初代内閣を組織した歴史的な建築物です。その当時に使っていた敷物や木の椅子なども見ることができます。


済州道(済州市 ) , 구 제주

済州島内にある一番古い建物のひとつである観徳亭は宝物第322号として朝鮮時代1448年に牧師の辛淑晴が軍人達を養成する目的でこの建物を建てました。建物の大梁には十長生図、赤壁大捷図、大狩猟図などの格調高い壁画が描かれており、横額には安平大軍の実筆で伝えられています。


大邱広域市(中区)

2011年4月から2013年8月まで2年6ヶ月の工事期間を経て国際的な水準の音響施設を備えた専門コンサートホールとして生まれ変わりました。コンサートホール(1,284席)、チェンバーホール(248席)、展示室、練習室、近隣生活施設bなどで構成されています。特に、コンサートホールは、最適な音を響かせるための並行ショーボックス形態となっており、観客と演奏者の距離を縮め、視覚的、聴覚的な生動感を感じさせてくれる最高の音響施設を備えた国際的な水準です。


ソウル(麻浦区) , 汝矣島・永登浦・麻浦

デジタルパビリオンは、上岩洞ヌリクムスクウェアにあるICT(Information, Communication & Technology)展示館で、未来の技術や商品、生活の様子を再現した韓国で最大規模のICT専門体験館です。ここでは、最新のICT技術で具現化された展示アイテムを見て、体験し、未来の社会の様子を想像してみることができます。これまで、想像の世界でしかありえなかった未来外のICT環境が現実となる、特別な体験ができます。


仁川(富平区) , 富平

富平ヒムチャン病院は保健福祉部から関節分野専門病院に選ばれ、医療機関認証を取得するなど関節部門には特化した病院です。また豊富な臨床経験を基に研究活動にも盛んで、関節炎研究所でSCI&SCIE級ジャーナルに39編を含む論文57編を発表するなど、国内外で活発な研究実績を認められてもいます。


京畿道(水原市) , 水原

長安門(チャンアンムン)は華城の北門であり正門に当る門で、「長安」というのは首都という意味が込められており、これは王が首都である漢陽から水原に入る際に通る門として使われたためです。ソウルの崇礼門より規模が大きいのも特徴です。


済州道(済州市 ) , 구 제주

龍淵は河川の下流知育の海水と淡水が混ざるところで、昔龍王の使者が出入りしたという伝説があります。池の両側に8つの岩壁が屏風のように立っている狭い渓谷で、瀛洲12景の一つです。ここは龍淵夜帆とも呼ばれます。龍淵夜帆とは風流客が夜間に船を浮かべ、奇岩絶壁の澄んだ水にうつる月が美しい言ったことからこう言います。 また、ここは夜景の美しいところとして、夜間にドライブを楽しむ人も多くいます。


大邱広域市(中区)

大邱桂山洞2街84番地に位置する古宅は、抗日文学家として有名な李相和(1901~1943)詩人が1939年から1943年まで暮らした家です。日帝強占期に民族独立のための抵抗精神を表現した詩人 李相和の思いが残っている場所です。 李相和古宅は、1999年から古宅を保存しようとする市民運動が始まり、軍人共済会が近隣に住商複合アパートを建築しながら古宅を購入し、2005年10月27日に大邱市に古宅を寄付しました。 大邱市は、敷地面積205m²、建築面積64.5m²(1階建て木造建築2棟)の古宅を補修し、古宅保存市民運動本部が募金で集めた財源をもとに古宅内に展示物を設置しました。 李相和古宅は、暗い時代を生きながら日帝に抵抗した民族詩人 李相和の精神を称え、子孫にその精神と文学的功績を継承する教育の場としても活用されています。