済州道(西帰浦市) , 서귀포

1987年10月にオープンした済州彫刻公園(キョンジュチョガッコンウォン)は、済州原始林の中に造成された彫刻公園です。公園は約13万坪の大地の上に造成された総合芸術センターで、160点の彫刻作品が展示されています。済州彫刻公園は正門と入口から済州独特の香りを感じ取ることができるように、樹齢70年になる夏みかんの木を植えた風情のある景色です。特に公園の正門入口には彫刻公園の象徴である三角タワーが立っており、眺める位置や天候によりガラスにうつる姿が違って見えます。ここでは自然と芸術の出会い、そして人間との出会いを主題とした160点の彫刻作品が展示されています。公園内には展望台があり、ここからは山房山、漢拏山、そして国土最南端の馬羅島まで一目で見ることが出来ます。


ソウル(江北区)

護国懺悔の本山「道詵寺(トソンサ)」は、1,100年以上も前の新羅末、かの有名な和尚「道詵国師」が名山勝地を旅した際に、山の形が絶妙で、風景が清く秀で、千年後の末世不犯は、この地から起こるとし、建設されたお寺です。朝鮮王朝光武7年に光武皇帝から正式に国家祈願寺に指定されたこともある道詵寺ですが、今日に至ってもその威容を誇っているのは、曹渓宗(そうけいしゅう)の総務院長、宗会議長、長老院長などを歴任した韓国仏教浄化維新運動の総帥「青潭和尚」の大願業力によるもの。実践と禅修行、生活の中の仏教を宗風とした青潭和尚の護国懺悔思想が、その意思を受け継いだ弟子とともに発展し、曹渓宗の総本山として大きく飛躍しました。 境内に入ると、護国懺悔の文言が目を引きます。この建物の青潭記念館には青潭和尚の遺物や仙筆を見ることができます。千仏殿に登る道にある蓮池には参拝客らが小銭を投げ、祈祷を捧げたりもします。冥府殿には和尚の生前、親睦の深かった故・朴正熙大統領や故・陸英修女史、故・鄭周永現代グループ会長の遺影が奉安されており、冥府殿の前庭には200年程前にインドから渡ってきたとされる菩提樹が植えられています。


江原道(束草市) , 束草・雪岳山

雪岳山(ソラクサン)国立公園・探訪案内所(タンバンアンネソ)は、2006年3月24日に文化と情報を提供する場としてオープンしました。映像室、テーマ別展示室、電子訪問記録、ゲームコーナーなどでは、雪岳山の動植物を始めとする生態系全般にわたる理解と保護の重要性について説明しています。


釜山広域市(海雲台区) , 海雲台

「Johyun Gallery(チョヒョン画廊)」は1990年、チョヒョン代表が釜山広安里アートタウンにオープンした「ギャラリーワールド」から出発し、1999年に海雲台パラダイスホテル前に移転、2007年には海雲台タルマジの丘に新たな建物を作って移転、現在に至ります。 1・2階の展示館と、釜山市立美術館1階でアートショップを運営している他、ソウル分店を運営しており、釜山とソウルの「Johyun Gallery」は、より拡張された美術世界の中で、国際美術界とコミュニケーションし、世界のギャラリーとなることをめざしています。


光州広域市(北区)

高速道路の西光州インターにある中外公園は、各種のプレイ施設があり、自然の中で憩いができる都市近隣公園として高い人気を誇っています。ビエンナーレ、博物館地域には民俗博物館、教育広報館、ビエンナーレ展示館があり、オリニ大公園地域にはプレイ施設があります。光州の関門に設置されている虹の橋は、ビエンナーレのシンボルとして第1回光州ビエンナーレの時に設置されました。


ソウル(蘆原区) , ソウル東部

史跡第201号に指定されている泰陵・康陵には朝鮮王朝第11代の中宗の継妃である文定王后尹氏の陵「泰陵」と、13代明宗と王妃である仁順王后沈氏の陵があります。明宗は、兄である仁宗の遺言に従って12歳で景福宮の勤政殿で即位し(1545年)、その母である文定王后は明宗が成人になるまでの8年もの間、明宗の代理として政権を握りました。この文定王妃をテーマにしたドラマが放送された後、ここを訪れる人が増えたりしましたが、春や秋の散歩コースとして常に人気の高いところです。周辺には泰陵プルントンサンや陸軍士官学校などがあります。


ソウル(九老区)

1998年にオープンした平康聖書遺物博物館(ピョンガン・ソンソユムル・パンムルグァン)はアメリカの考古学者ケネス バイン(Kenneth Vine)が発掘蒐集したキリスト教に関する遺物2,000点あまりをパク ユンシク牧師(Pastor Abraham Park)が寄贈を受け設立しました。 古代エジプトとローマ時代のキリスト教関連遺物およそ700点をテーマ別に三つに分けてそれぞれ展示してあります。第1展示室は創造主をテーマに古代の土器と各種印章類30数点を、第2展示室では人間の堕落をテーマにエジプトのミイラとローマ時代のガラス遺物350点あまりを、第3展示室では人間回復と霊性の道というテーマでイスラエルの聖書をはじめとする文字遺物を100点ほど展示しています。


済州道(済州市 ) , 구 제주

金寧蛇窟(キムニョンサグル)は済州島北東側26km地点にある万丈(マンジャン)窟付近に位置しています。洞窟の内部形態が蛇のような形をしていることから「蛇窟(サグル)」とも呼ばれていますが、入り口は蛇の頭部のように大きく開いている一方、深く中に入っていくほど蛇の形体のようにだんだん細くなっており、神秘的な雰囲気を醸し出しています。金寧蛇窟は万丈(マンジャン)窟とともに天然記念物第98号に指定され、保護されています。


江原道(江陵市) , 江陵

船橋荘は江原道地域で最もきれいに残されている品位ある上流階級の家屋です。江陵市から鏡浦方面に4km程離れたところにある船橋荘は朝鮮時代の上流階級の邸宅を代表する場所として重要民俗資料第5号に指定されました。船橋荘という名前は、鏡浦湖が現在よりも広かった時代、出入りするのに船を利用していたためこの地域を船橋の村(船橋里)と呼んでいたことに由来しています。船橋荘は朝鮮後期、孝寧大君の子孫であるイ・ネボン(李乃蕃/1703-1781)がイタチの群れを追いかけて偶然見つけた土地に建てた邸宅で、彼の子孫が現在も住んでいます。総建坪1,051.24㎡(318坪)で長いヘンナン(伝統的な屋敷で表門の両側にある、仕える者が居住する部屋)に囲まれた母屋や離れ、東別堂という家族が集まる部屋や祖先を祀る部屋などがそのまま残っています。門の外には数百坪の蓮池の上に造られた活來亭という東屋があり、また庭園までも備えています。船橋荘は建物だけでなく朝鮮後期の住居生活や生活用具を研究する際の貴重な資料になっており、周辺の景観とうまく調和しています。船橋荘の離れは「悦話堂」と呼ばれ李朝建国の歴史を記した「龍飛御天歌」という歌や高麗史など数千冊の本や絵が収められています。*母屋イ・ネボンによって1700年前建立された建物で、船橋荘の建物の中で最も庶民的な性格をもっており居間の向かいには広い板の間があり台所が居間と隣りあっています。*悦話堂(ヨルヮダン)主人専用の離れとして1815年に建てられ、悦話堂という名前は中国の詩人である陶淵明の悅親戚之情話という作品からとって名づけたと言われています。悦話堂は3段の石の上に建てられた楼閣形式の建物で、非常に風情のある姿を見せています。* 東別堂(トンビョルダン)母屋に連結し主人専用に建てられたㄱ字型の建物です。東側に2つ、西側に1つのオンドル部屋をつくり前には広い板の間が、後ろと東側には小さな縁側があります。*活來亭(ファルレジョン)船橋荘の庭園内にある人工池の上に建てられた東屋で1816年、悦話堂の次に建てられました。活來亭という名前は朱子の詩(觀書有感)中の「爲有頭源活水來」からとったと言われています。石柱で支えられ蓮池の上に浮いているように造られた活來亭は、楼閣形式をとりㄱ字型をしています。活來亭は側面全体が4枚続きの格子窓になっており部屋と板の間をつなぐ廊下の隣には客をもてなすための茶室もあります。*その他母屋と悦話堂の間にある書斎兼書庫として使われていた西別堂(ソビョルダン)は、一度焼失しましたが1996年に復元されました。建物の前にはヘンナンがあり、また横は元々倉庫でしたが開化期になって西洋から入ってきた新しい学問を教えていた東進学校跡があります。


京畿道(利川市) , 利川

「芝山フォレストリゾート」は、1996年12月にオープンしたスキー場で、ソウルから40分の距離に位置していることから日帰りでの利用も十分可能です。50万坪の敷地内には青々した緑のチョウセンマツの森が広がっています。さらに、利川陶磁器団地や温泉、エバーランドが15分圏内にあるため、スキーと一緒に訪れてみるのも良いでしょう。1999年に2次開発工事が完了し、宿泊施設68室規模のメイプルコンドミニアムがオープンし、中級者用のスロープ(1.5km)が新設されると同時にリフトの待ち時間減少のために韓国で初となる6人乗り用の高速リフト1機が追加設置され、さらにはスノーボーダーのために国際規格のハーフパイプおよびハーフパイプ専用のリフトが設置されました。芝山フォレストリゾートは、最新型のシステムにより最高の雪質を維持しており、会社員が夜間スキーを楽しめるスキー場として、さらに初級者や家族連れでも負担なく楽しめるリゾート地として注目されています。各地域から芝山フォレストリゾートまでは無料シャトルバス、または有料バスが運行しています。