慶尚南道(昌寧郡 )

釜谷(プゴク)温泉は昔、村に温泉が湧き出る井戸があったことから、湯治のために大勢の人が訪れたと伝えられています。また、釜谷温泉は1970年~80年には新婚旅行先として人気がありました。 現在、温泉観光客は1日平均1万~2万人、年間で400万人に達します。釜谷温泉は国内有数の温泉の中でもっとも高温の78℃を維持しています。釜谷温泉は1973年に発見された硫黄アルカリ性温泉で、1日の湧出量は6000トンになります(国内最大量)。 釜谷温泉観光特区にはホテルやコンドミニアム、ゴルフ場など、温泉関連の総合リゾート施設や、24ヶ所の温泉スポットがあります。温泉スポットでは「釜谷ハワイ」が有名で、観光ホテルの屋内外にプールや公演ステージ、チムジルバン、サウナなどの様々な便宜施設が揃っています。 毎年4月には温泉がいつまでも湧き出ることを祈願して「温井祭(オンジョンジェ)」が開催されます。


京畿道(九里市) , 九里

高句麗 鍛冶屋村(コグリョ・テジャンカンマウル)は展示室と野外展示物(鍛冶屋村)から成っています。展示室は、峨嵯山から出土した高句麗の遺跡などを展示しています。大帝国高句麗の歴史は、卓越した強力な鉄器文化があってこそのものでした。韓民族の歴史上で最も広い領土を確保した高句麗の国家発展と成長の動力であった鉄器文化が、高句麗鍛冶屋村で再現されています。九里市が高句麗遺跡(テーマ)公園造成事業の一つとして推進してきたこの「高句麗鍛冶屋村」はペ・ヨンジュン主演のテレビドラマ「太王四神記」の撮影場でもあります。「太王四神記」のセット場は済州島や忠清南道泰安郡にもありますが、九里市が建設したこの撮影場は、全国唯一の鍛冶屋村の撮影場として、韓国最大規模を誇っており、韓国一の施設及び機能を備えています。直径7mにもなる水車は、屋根から落ちてくる水を利用して鍛冶屋に水を供給し、2階建ての鍛冶屋と各種機械装置などは、鉄を溶かして焼きを入れ武器を生産する一切の工程が全て鍛冶屋の中で行えるようになっています。


済州道(済州市 ) , 구 제주

山地川は済州市最高の繁華街である、東門市場の入口の向かい側に流れる川です。 産業化全盛期の1960年代、山地川を無くし住宅や商店街がつくられるようになると、環境汚染が問題になり始めました。1995年、山地川の文化と歴史をよみがえらそうと、復元作業が始められました。2002年、澄んだ水が流れる現在の山地川になりました。山地川にはアユ、ボラ、密魚、フナなどの淡水魚が生息しています。夏になると釣りを楽しむ人や、水遊びをする子どもたちの姿を見ることができます。 山地川の浦口には魚を獲るほかけ船、シラサギ、カモメなど、美しい風景があります。ここは瀛州(ヨンジュ)12景の一つである山浦釣漁です。つまり、海釣りで有名なところです。また、山地川の下流には「中国避難船」を復元・展示しているところもあり、誰でも観覧可能です。 その他、川辺に沿って散策路や公園、音楽噴水がつくられており、毎年夏と秋には地域観光の活性化のため、「山地川芸術広場」などの文化行事や公演が繰り広げられます。歴史生態河川である山地川は、イベントや散策などができる多くの人たちから愛される川です。


忠清北道(陰城郡 )

コットンネは様々な理由でホームレスになった人たちの面倒を見るために設立された社会福祉施設です。コットンネの創立者であるオ・ウンジン神父は、ホームレスの面倒をみるチェ・クィドンという老人の献身的な姿に感銘を受け1976年に「愛の家」という福祉施設を創設しました。これが現在のコットンネの起源となり現在加平コットンネなどをはじめ、フィリピン、インド、ウガンダなどにもコットンネがあり世界的に社会福祉に取り組んでいます。


慶尚北道(慶州市 )

谷川のふちの岩の上に位置する鮑石亭(ポソクジョン-面積 7,432㎡)は1963年1月21日に史跡第1号に指定されました。新羅(57B.C.~A.D.935)時代に別宮があった場所で、今では、アワビの形をした石造水路だけが残されています。石溝の形をした曲がりくねったアワビの貝殻に似ていることから、鮑石亭と名付けられました。 鮑石亭は63個の石材で組立られており、大きさは幅35cm、深さ平均26cm、長さが10mほどになります。南山溪谷から流れる水を鮑石亭に引いて石の亀を通して流れるようにしたと記録にはありますが 現在は残っていません。新羅の王がよく君臣や貴族を率いて遊びに来た場所で、石溝に沿って流れる水に杯を浮かべ、その杯が自分の前に来る前に詩を作りながら過ごした場所として知られています。鮑石亭横の南山の鮑石溪谷は、澄んだ渓谷水が流れており、新羅時代から景観の美しい場所として人々に愛されてきました。現在も樹齢数百年になるケヤキや松、竹林が立ち並ぶ壮麗な景色が広がります。


全羅南道(求礼郡 )

華厳寺(ファオムサ)は求礼邑から東に5.4kmのところにある智異山(チリサン)の麓にある千年古刹で、544年に縁起祖師(ヨンギジョサ)が創建したといわれており、寺の名は「華厳経」の最初の二文字をとってつけたと伝えられています。当初は海会堂と大雄常寂光殿の建物しかありませんでしたが、その後643年に慈蔵律師(チャジャンユルサ)が増築し、875年にも道詵国師(トソンクッサ)が増築しました。文禄・慶長の役の際に焼失した建物を1630年より碧岩禅師(ピョガムソンサ)が再建し始め、1636年に完成しました。華厳寺では国宝4点、宝物5点、天然記念物1点、地方文化財2点を保有しており、20棟余りの建物が配置されています。覚皇殿は大変有名な建物で、国宝第67号に指定されており、現存する木造建築物としては韓国最大の規模で、その雄大な姿は見る人を圧倒します。覚皇殿の前の庭に建てられた石灯籠は高さ6.3m、直径2.8mでこれもまた韓国最大の規模であり、統一新羅時代の仏教中興期のきらびやかな彫刻芸術を見せる作品で、国宝第12号に指定されています。【文化財】華厳寺覚皇殿前石灯(国宝第12号)華厳寺四獅子三階石塔(国宝第13号)華厳寺覚皇殿(国宝第67号)華厳寺霊山会懸仏幀(国宝第301号)華厳寺東・西5階石塔(宝物第132号、133号)華厳寺大雄殿(宝物第299号)華厳寺円通殿前獅子搭(宝物第300号)華厳寺華厳石経(宝物第1040号)華厳寺江戸彼岸(天然記念物第38号)華厳寺普済楼(全羅南道有形文化財第49号)華厳寺九層庵石灯(全羅南道有形文化財第132号)


京畿道(水原市)

韓国を代表する、エレクトロニクスイノベーション博物館 サムスン(三星)が運営する電子産業博物館・サムスン イノベーションミュージアム。このミュージアムは大きく三つのパートに分かれており、電子産業の歴史を垣間見、サムスン電子の今日を築き上げた半導体、ディスプレイ、モバイル事業などの歴史とビジョンを知ることができます。子どもディスプレイ研究所という子どもたちを対象にしたアカデミーも実施しています。


慶尚北道(安東市 )


京畿道(高陽市)

幸州対戦祭毎年3月14日、幸州山城では壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の時に日本軍を撃破し、国を危機から救って大きな功績をあげた權慄の幸州対戦を記念した行事とその他多彩な文化イベントが開催されます。多くの人達が参加する中、權慄都元師の掛け軸が奉られている忠莊祠で行われるこの行事は高陽市長が初獻官になり、将軍の魂を呼び出すための儀式など様々な伝統儀式が行われます。もともと、この行事は春と秋の2回行われていましたが、今日では陽暦3月14日に行われていましたが、韓国戦争になって位牌堂が焼失してしまったため、1970年に場所を移動して復元された忠莊祠で行われています。 


全羅北道(金堤市 )

母岳山道立公園入口にそびえたつ金山寺(クムサンサ)は、百済の法王元年(599年)に創建された寺院です。776年に真表律師が改築し、大回廊を持つ寺となりました。境内には国宝第62号に指定されている弥勒殿をはじめとし、指定文化財10点余りを所蔵しており、またその他にも付属建造物が多いのでこの地方一の古刹に数えられ、木造の弥勒殿は、韓国で唯一の三層法幢で、内部が繋がった構造をしています。春には山の入口から金山寺まで続く桜並木の壮観を楽しむため各地から観光客が訪れ、また真冬には信者たちが弥勒殿にある弥勒菩薩像を拝むために参拝したり、塔を見学したりする姿を目にします。弥勒殿の弥勒菩薩像は、屋内に置かれている仏像としては世界最大級といわれており、三尊仏の中では弥勒菩薩像が11.82メートル、左右の仏像は8.8メートルもの大きさです。1999年に開山1400周年を向かえたことを記念して作られた記念館では、各種文化行事が行われています。