()

外高山甕器村(ウェゴサン・オンギマウル)は韓国最大の伝統民俗甕器村といわれるところで、昔ながらの甕器(オンギ)づくりを見ることができます。それぞれの家で甕器を焼いている風景は平和でゆったりとしており、昔の村を見ているかのようです。新羅土器を再現するところもあり、学生の教育場として積極的に推奨されています。   外高山甕器村は国道14号線沿いに位置し、東海南部線に接しているため交通の便がよく、現在、全農家の56%である71軒ほどが甕器業に携わっています。1957年からここで甕器が焼かれ始め、現在は年間生産量が2億ほどに達し、夏のオフシーズン以外は販売量は増加していっています。1970年代から伝統甕器工場が増え始め、現在は9つの生産業者が盛業中です。温陽甕器会館の専門講師に手伝ってもらいながら、自分で甕器をつくってみることもできます。   窯を低温から徐々に高温にしてゆく伝統製造技法を使い、完成まで8日~10日ほどかかります。この頃は改良窯である登り窯や、セトゥル窯(コンテナー窯)と呼ばれる窯を使い、燃料も薪やC重油、ガスなどを混ぜて使用します。こうして焼かれた甕器は器自体が風通しがよく、中身が変質しないため、米櫃として使うと虫がわきません。


済州道(西帰浦市) , 서귀포

済州道から漢拏山が一番良く見える所がトンネコ遊園地(ユウォンジ)です。きれいな山水が流れる谷と滝、うっそうとして茂る暖帯常緑樹林が絶景です。トンネコ入口から20分ほど歩くと、鴛鴦瀑布(高さ5m)と小さい蓮池を見ることができます。渓谷両側には暖帯常緑樹林があり寒蘭(済州道南側の海抜高度70~900mの常緑樹林帯で育つ、12~1月に花が咲く珍しい蘭)と冬苺が自生しています。


忠清南道(泰安郡 )

泰安郡新斗里海水浴場にある「新斗里(シンドゥリ)海岸砂丘」は韓国で唯一の砂丘であり、泰安八景のひとつです。砂漠のように広がる新斗里砂丘は、氷河期以降、約1万5000年前から徐々に形成されたものと推測されており、強風と波によって砂が海岸に運ばれながら長い歳月をかけて砂丘となりました。砂丘では砂漠で見られるような独特な風紋を見ることができます。全国最大のハマナスの群落地で、他にもコウボウムギ、スナビキソウ、ハマボウフウなどの珍しい植物が分布しており、またヒョウモンカナヘビやヒバリ、ジムグリガエルなどが生息してます。


江原道(高城郡)

休戦線と南方限界線が交わる海抜70mの高台にある統一展望台に立つと、金剛山の九仙峰と海金剛が目の前に見え天気の良い日には玉女峰、彩霞峰、日出峰などが見えます。足下の休戦線にあたる鉄の柵を間に向かい合って立っている衛兵たちの姿は南北韓間の緊張感を感じさせます。年間150万人以上の観光客が訪れる高城の代表的な観光地であるここは、戦争で故郷を離れた失郷民や離散家族の人々が多く訪れる場所となっています。足下には2004年12月に開通した東海線南北連結道路を通って金剛山へ続く様子を見ることができます。


慶尚南道(統営市 )

 慶尚南道、統営(トンヨン)市にある弥勒山(ミルッサン)は高さ461mの小さい山ですが、生い茂った木々や澄んだ水の流れる渓谷、様々な形をした岩や岩窟、古いお寺などが山の中にあり、韓国の100大名山に選ばれています。弥勒山に登ると閑麗海上の真髄を見せる統営の海の美しい景色を一目に眺めることができます。統営の海は弥勒島をはじめとする大小さまざまな島々が点々と散らばっている多島海です。 以前は歩いて頂上まで登っていましたが、韓国最長(1,975m)のケーブルカーができてから簡単に登れるようになりました。ケーブルカーで上部停留場に到着すると、約400mにおよぶ木でできた散歩デッキが弥勒山の頂上まで設置されていて、天気の良い日には日本の対馬や智異山の天王峰、麗水(ヨス)の突山島まで見えるほど素晴らしい景観を誇っています。頂上付近では、春には色とりどりの花が、秋には紅葉が美しい壮観を成し観光客の目を楽しませています。弥勒山のふもとには長い歴史をもつ龍華寺(ヨンファサ)と弥来寺(ミレサ)があります。


全羅北道(益山市 )

宝物第46号に指定されている古都里石仏立像(コドリソップルイプサン)は、約200mの距離を置いて2体の石像が向かい合っています。それぞれ高さ424㎝で、台形の石柱に顔や手などが描かれています。この仏像には説話があり、陰暦12月になると年に一度だけ男女の仏像が出会い、明け方になって鶏が鳴くと元の位置に戻って行くといわれています。頭には四角の高い冠の上に平べったい四角の笠を被っています。四角の顔には細い目、短い鼻、小さな口がついており、土俗的な守護神の表情をしています。首は非常に短く、肩と顔がほぼくっついた形で、胴体には曲線はなく、腕は表現されず、手は腹部に描かれています。また、衣服には模様はなく、数本の線のみで描かれています。高麗時代には非常にシンプルに体を表現した巨大な仏像が多く作られており、この仏像もその一つです。


ソウル(鍾路区)

彰義門(チャンイムン)は城郭の北小門で、「紫霞門(チャハムン)」という愛称でも呼ばれています。北大門である粛靖門(スッチョンムン)は常に閉鎖されており、その果たすべき役割を果たせていなかったため、この彰義門が代わりにその役割を果たしていました。そのため、人々は彰義門のことを北門と呼んでいました。城の北側の郊外へ出たり、門近くの洗剣亭や北漢山へ行く場合にはこの門が関門となるため、利用量は少なくありませんでした。昔、彰義門の近くには紫色の霞が多くかかっていたため、彰義門の外は「紫霞の外」とも呼ばれていました。彰義門は4つの小門のうち、その原形を唯一、現在まで残している門です。彰義門は、軒の下に木で作られた木製の鶏「木鶏(モッケ)」が掛けられているところが特徴的です。この鶏の由来は、風水の考えにあります。門の外の地勢がムカデと似た相で、その地勢を抑えるためには、ムカデと相克の関係である鶏を置かなければならないという言われから、木鶏が掛けられています。彰義門に関する歴史で、仁祖反正(インジョパンジョン)という事件を語らずにはいられないでしょう。仁祖反正とは、朝鮮時代の1623年、李貴(イ・ギ)ら西人勢力が第15代王の光海君や集権党の李爾瞻(イ・イチョム)などの大北派を追い出し、綾陽君(ヌンヤングン)を王に就かせた反乱です。1623年3月12日、李貴、金濡(キム・ユ)、金自点(キム・ジャジョム)、李适(イ・グァル)らは反正計画を遂行する過程で計画の一部漏れはしましたが、予定通りに実行に移し、反乱軍は彰義門に向かって進軍し、宮殿の占領に成功しました。これに驚いた光王君王は、宮殿の後門から逃げ、医官である安国臣(アン・グクシン)の家に隠れていましたが、後に島流しとなりました。そして、綾陽君が王となるのですが、綾陽君とは第16代王の仁祖(インジョ)のことです。時は流れ、第21代王の英祖(ヨンジョ)はこの事件を記念し、彰義門の城門と門楼を改築し、反乱功臣たちの名前を板に刻み掛けました。彰義門の門楼に掛けられた板は、今なお門楼に掛けられています。


全羅北道(群山市 )

仙遊島(ソニュド/ソンユド)はおよそ20の島々からなる古群山(コグンサン)列島の中央に位置し、群山(クンサン)港から約50キロメートル離れた離島です。西海(ソヘ)海域で最も人気の高い避暑地のひとつでもあります。 2017年12月、新侍島(シンシド)から巫女島(ムニョド)、仙遊島、壮子島(チャンジャド)を結ぶ古群山連結道路(総延長8.77km)が全面開通し、船に乗り往来していた古群山列島の島々は車で20分ほどで行き来できるようになりました。この連絡橋の開通により夏休みシーズンには多くの観光客が訪れるようになりました。 仙遊島及びその周辺の島々を旅する際に基点となるのが仙遊島の鎮里(チルリ)村です。素晴らしい砂浜で「明沙十里」とも言われる仙遊島海水浴場に隣接しており、同じ全羅北道(チョルラプクド)にある馬耳山(マイサン)のようにそびえる岩山・望主峰(マンジュボン)が目の前に見える村です。 学校、民泊、食堂、レンタル自転車店、商店、ノレバン(カラオケ)、キャンプ場などが軒を連ね、夏休みシーズンには村中がにぎやかになります。そんな喧騒から離れたいという方には自転車を借りて、物静かな雰囲気の漁港や村がある巫女島(ムニョド)や壮子島(チャンジャド)へ渡ってみたり、 望主峰の向こうの田越里(チョノォルリ)まで足を伸ばすのがおすすめです。田越里には大変広い葦原や景色の素晴らしい波に洗われた丸石が一面に広がる海岸があり、一見の価値ありです。 仙遊島には仙遊八景があります。その中でも飛びぬけて美しい絶景である望主峰は仙遊島のシンボルに他なりません。頂上に上ると仙遊島周辺の島々や海原が目の前に広がり、整然と眼下に広がる明沙十里海水浴場や海原に雁が舞い降りたような形で現れる砂州・平沙落雁(ピョンサナガン)の全景も大変よく見えます。 華麗さを超越し荘厳をも感じる仙遊島の日没は望主峰山頂のみならず仙遊島海水浴場などどこから眺めても大変感動的な風景です。


済州道(西帰浦市) , 서귀포

済州特別自治道にある「ダヴィンチミュージアム」はアジアで唯一ダヴィンチのライセンスを保有している体験型博物館です。レオナルド・ダ・ヴィンチと言えば「モナリザ」、「最期の晩餐」を連想しますが、彼の生涯最高の傑作は古文章であると言えます。レオナルド・ダ・ヴィンチの「秘密ノート」と呼ばれる7,000ページ以上の古文章を再現した作品約200点が常設展示されています。また、多様な展示品を通してルネッサンス時代の代表的な科学者、解剖学者、発明家としての姿まで見ることができます。