京畿道(加平郡)

清平駅の清平は、その名の通り澄んだ水の平野を意味しています。清平ダムや湖があり、清平川の澄んだ川は、韓国でも特に美しい景色を誇ると言われています。川辺公園や虎鳴山、虎鳴湖だけでなく、韓国情緒溢れる庭園を再現した「アチムゴヨ樹木園」やドラマ「ベートーベンウィルス」のロケ地となった「プチフランス」などの観光スポットにも隣接しており、常に観光客で賑わいを見せています。 清平駅は1939年7月25日、京春線の開通により、普通駅として営業を開始しました。2009年9月1日、新清平駅へ移転、2010年12月21日、京春線複線電鉄が開通しました。


全羅南道(霊岩郡 )

霊岩郡は全羅南道の西海岸側に位置しており、東側は長興郡、西側は西海岸の小さい湾、南側は海南郡と康津郡、北側は羅州市と接しています。全体の面積は565.9平方キロメートル、総人口は58,813人(2015年1月基準)です。2邑9面121里からなっており、郡庁は霊岩邑東武里に位置しています。 *自然環境* 天皇峰(海抜809m)を頂上とする月出山が東南方向に山脈を形成しています。西南部地域は栄山江と栄山湖の周辺に平野地帯が広がっており、東南部は高い地形、北西部は比較的低い地形となっています。霊岩川をはじめとする20あまりの大小の河川が月出山とその周辺の山から流れ出ており、平野地帯を流れ栄山江へと流れ、栄山江は北西方向に流れて行き三湖邑の栄山江河口堰に至り、西海へと流れ出ていきます。 *歴史* 古代―三韓時代(原三国時代)は馬韓に属しており、三国時代には百済の領土に属していました。三国統一後、景徳王の時代に霊岩郡と呼ばれるようになりました。 高麗―995年に安南都護府が置かれ朗州と改称されましたが、1018年に安南都護府が全州へ移ると再び霊岩郡と元の名称に戻りました。この頃、霊岩は湖南・西南部の行政の中心地でしたが、1172年に監務の派遣が始まると郡県が独立し、概ね現在の規模に相当する区域に縮小しました。 朝鮮―現在は海南郡に属している玉泉と松旨が百済時代から冷泉部曲となり朗州に属していましたが、1421年に海南郡に編入されました。 近代―現在の金井面と始終面は羅州に属していましたが、1891年に霊岩に編入され、1895年に羅州部霊岩郡となり、羅州郡に属していた金馬面、元正面、非音面、終南面と珍島郡の命山面を編入しました。純宗の時には、玉泉始面、玉泉終面、北平終面、松旨始面、松旨終面の南部6面に分割され海南に移され、金井面と新北面、始終面など羅州南部3面が復活しました。 *文化* 文化財―永保豊享祭は毎年5月5日に開かれる霊岩郡の面単位の郷土イベントです。徳津面内に組織された永保愛郷会が1979年から孝子、孝婦を表彰し、また1931年5月の兄弟峰独立万歳運動の精神を称え、その生存者と遺族たちを招待し慰労する敬老国楽の宴などを繰り広げます。 その他、日本の飛鳥文化が開花する上で影響を及ぼした王仁博士の業績を称える王仁文化祭りでは、農楽や様々な伝統民俗ノリ(遊び)などを楽しむことができます。 民俗―カンガンスルレは全羅南道の海岸沿いの地域一帯で生まれた婦女たちの民俗ノリ(遊び)で、主に秋夕(旧暦8月15日)の夜に行なわれ、その起源は壬辰倭乱(文禄・慶長の役)にさかのぼるとされています。


慶尚南道(統営市 )

全爀林美術館は統営の弥勒島にある龍華寺に行く道沿いにあり、全爀林画伯が1975年から30年近く生活をしていた家を取り壊して新しく建てた空間で、2003年5月11日に開館しました。建物の外壁は全爀林画伯の絵と息子の作品を20×20cmのセラミックタイル約7,500枚で制作し、統営のイメージと画伯の芸術的なイメージを表現しました。3階の壁全面は画伯の1992年の作品をタイルで再構成したものです。


慶尚北道(慶州市 )

慶州市陽北面の含月山にある新羅時代の寺で、16棟の建物です。これは仏国寺の次に大きな規模です。 この寺は新羅初期に、天竺国の沙門の光有聖人が創建したと伝わっています。初めは林浄寺と呼ばれていましたが、元暁が寺を拡大し、祗林寺に改称したと言われていますが、正確な建立年はわかっていません。祗林寺は大きく2つの区域に分かれています。毘盧舍那仏のある大寂光殿を始め、樹齢500年以上になる大きなインドボタイジュや木塔跡のある地域、聖宝博物館、観音殿などのある地域です。新羅・善徳女王のときに初めて建てられた後、6回にもわたり再建された大寂光殿は、端正で勇壮です。祗林寺はまた5種類の味のする水で有名です。五種水と呼ばれており、お茶を沸かして飲めば味が最高だという甘露水、飲むと心が落ち着くという和静水、体を丈夫にする将軍水、目がよく見えるようになる明眼水、水がとてもきれいでカラスがついばんだという汚濁水があります。しかし、日帝強占期に将軍が生まれることを恐れ、水源を絶ったという将軍水を除く4つの水は今も残っています。祇林寺に行く途中には、12の石窟でなる骨窟寺があります。もともとは祇林寺の山内の庵子(大きな寺に付属する小さな寺)でしたが、寺が独立し禅武道の本山となり、韓国全国に禅武道を広めています。


京畿道(華城市)

東灘(トンタン)湖水公園は、古汗に広々とした芝生や大規模なピクニック場、フィトンチッドの森などがある都会の中のウェルビーイング空間です。 コンテナブリッジに沿って散策路があり、多種多彩なベンチから快適に水辺の風景をお楽しみいただけます。 運動施設、水遊び施設、駐輪場なども完備しており、多彩なアクティビティが可能で、特に華麗な大型噴水公園で行われるルナショーは湖水公園の人気プログラムとなっています。 <出典:華城市文化観光>


 
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仁川(江華郡) , 江華島

金風醸造場:江華島で体験する、本物の韓国伝統酒文化 1. 概要:自然豊かな島での希少な醸造所 金風醸造場は、仁川広域市の江華島(カンファド)に位置する昔ながらの“韓国伝統酒”の醸造所です。マッコリや焼酎(ソジュ)など、韓国人にとって馴染み深いお酒を、現代の大規模工場とは一線を画す「手作り×自然発酵」の手法で生産しており、地域の農産物を活かした風味豊かな一杯を楽しめます。首都圏から比較的アクセスしやすい“のどかな離島”という立地もあり、地元の人だけでなく外国人観光客からも注目されているスポットです。 2. 歴史と意義 * 伝統酒造の根付く風土 江華島は古くから良質な米や麦の産地として知られ、島のあちこちで“自家製マッコリ”の文化が育まれてきました。金風醸造場は、その伝統を受け継ぎながら“飽きのこない優しい酒”を目指し、昔ながらの技術を大切に守っています。 * 自然発酵技術の継承と革新 大手メーカーでは効率重視の大量生産が主流ですが、ここでは酵母の働きを丁寧に見極め、雑味を少なくする秘伝の手法を継承。時代に合わせた新しい商品開発も行いながら、韓国酒文化を世界に広める役割を担っています。 3. 見どころ・体験内容 * 蔵見学と試飲ツアー マッコリやソジュなど数種類の試飲ができ、仕込みの工程や原料選び、味の特徴についてスタッフが分かりやすく案内してくれます。時には発酵槽や熟成タンクを目の当たりにできることも。 * ワークショップ・イベント スケジュールによっては、発酵過程を簡単に体験できるミニワークショップが開催される場合があります。杜氏(とじ)やスタッフとの交流を通じて、より深い文化理解が得られるでしょう。 * 田舎風景と韓屋建築の調和 敷地内には昔ながらの韓国らしい建物が残っていることも多く、写真好きにはうれしいスポット。四季折々で表情を変える江華島の景色を背景に、お酒とともにのんびりと過ごす時間は格別です。 4. 実用情報 * 所在地 江華島(仁川広域市)にあり、付近には寺院や歴史的遺跡、海岸沿いの散策路など観光スポットが点在しています。 * 営業時間・予約 仕込み状況や季節によって見学可能時間やイベント内容が変わることがあります。事前に公式サイトやSNSで最新情報をチェックするのが安心です。 * アクセス 自家用車・タクシーソウルや仁川市内からは車で約1~2時間。ナビで「金風醸造場(英語表記:Geumpung Brewery)」を入力すると到達しやすいでしょう。 公共交通江華バスターミナルまでバスで移動後、ローカルバスやタクシーで醸造場へ。所要時間は出発地や乗り換え状況によって異なります。 * 現地での過ごし方 英語や簡単な韓国語で対応してもらえることが多いですが、通訳アプリがあるとより深いコミュニケーションが可能です。また、試飲をたくさん楽しみたい場合は公共交通やタクシー利用をおすすめします。 5. 江華島旅行に組み込む理由 * 韓国ローカル文化への近道 都市部の“モダンな韓国”だけでなく、伝統的な酒造文化を知ることで、旅行の満足度が大幅にアップします。 * 出来立ての味わいを体験 大手メーカー品とは異なる、米の甘みや発酵の香りがしっかり感じられる手作り酒はここでしか味わえない特別な一杯。 * 島内観光との相乗効果 歴史探訪(寺院やドルメン)や海岸ドライブ、地元食堂でのグルメ巡りなどと組み合わせ、一日かけて江華島を満喫するプランが人気です。 * 思い出に残るワークショップ 時間が合えば発酵体験や瓶詰め体験など、旅のエピソードになるアクティビティも楽しめます。 結論 江華島の穏やかな田園風景に囲まれた金風醸造場は、伝統的な酒づくりを丁寧に守りつつ、見学や体験を通じて韓国の醸造文化を国内外に発信している特別な場所です。都市観光では味わえない“ほのかな米の香り”と“素朴な韓国の情緒”を同時に感じられるため、韓国旅行の日程に加える価値は十分。忙しい旅程の中でも、ここで過ごすひとときがきっと“あなただけの韓国”をさらに鮮やかに彩ってくれることでしょう。 ​


京畿道(加平郡) , 南楊州

2015年にリニューアルオープンした加平郡チャラ島内にある二和園は、総面積約1万坪の敷地に、330坪規模を誇る蝶生態館を保有する世界最大の蝶の公園です。生きている蝶や標本を1年中観覧することができ、2,300坪もの温室があるため、天候に左右されること無くいつでも観覧することが可能です。目で見るだけではなく、専門の解説者による蝶や植物の説明があるため、観覧客はよりたくさんの見どころと情報を得ることができます。また、チャラ島近隣ではキャンプや各種フェスティバルが楽しめます。


江原道(太白市)

民族の霊山と呼ばれる太白山は最高峰である高さ1567メートルの将軍峰と高さ1517メートルの文秀峰からなる山で、高さのわりにこう配が急でなく、険しくないため登山に適しており、男性らしい勇壮さと温厚さを帯びた岩石のない土の山です。山の頂上には高山植物が自生しており、春になるとチョウセンヤマツツジやカラムラサキツツジが満開になり、夏になると樹木が生い茂り、きれいな渓谷の水が流れ、秋になると紅葉が色とりどりに周辺を染め、冬になると美しい雪景色を見せてくれます。


江原道(三陟市) , 三陟

江原道三陟市の竹西楼(チュクソル)は朝鮮時代前期につくられました。名前の由来については二つの説があります。ひとつはかつて楼閣の東側の竹林に竹蔵寺という寺があったためというものであり、もうひとつは有名な妓生であった竹竹仙女がいた家が楼閣の東側にあったためというものです。朝鮮時代には接待と饗宴の場として使われましたが、その建物は雄壮であり優美な自然景観が周囲を取り巻いていたので数多くの詩人と画家がここを訪ねました。断崖絶壁の上に建てられている竹西楼に登ると目の前を流れる五十川を見下ろすことができますが、このすばらしい展望を手に入れるために岩盤を基礎にした17本の柱で楼閣全体が支えられている点は注目されています。17本のうち9本は岩盤の上に8本は石楚の上に立てられていますが、柱の長さがそれぞれ違っており特徴といえましょう。入り口には樹齢350年の槐の木が横たわり、中に入ると木蓮や竹林が広がり夏に草木が香ります。


江原道(江陵市) , 江陵

1982年6月26日に鏡浦台道立公園に指定(面積9.471平方キロメートル)され、鏡浦台、鏡浦湖、鏡浦海水浴場を中心にたくさんの文化財や記念物がある地域です。関東八景の1つでもある鏡浦台は、小正月に月を見る名所であり、鏡浦湖は、この場所を訪れる人たちの癒しの場所です。 東海岸で最も海の水がきれいな所ろして知られる鏡浦海水浴場と、鏡浦湖、鏡浦台、放海亭、湖海亭、鏡浦亭、鏡陽祠などが点在しており、夏の海水浴だけではなく、春には花見の名所として、ロマンチックな冬の海など、1年中楽しめる観光地です。 *鏡浦八景 1)緑豆日の出 緑豆亭で東海からの日の出を見ることを言い昔、寒松亭があった現江陵飛行場の東側に位置し鏡浦台の真東を指します。明け方、真っ赤に燃える太陽が海まで赤く染めながら昇る景色は神秘的で思わずうっとりしてしまう美しさです。 2)竹島名月 湖の東側にある島の形をした小さな山で竹がいっぱい生えていたことから竹島と呼ばれたこの場所は現在の現代ホテルがある場所です。水平線上からこぼれる満月の光が竹林の隙間を通って射し込み湖を照らしてできる、まるで一枚の絵のような光景を「竹島名月」と呼びました。空にある月と海と湖に映る月とが柱をつくり白海から湖の真ん中を突き通って台の前までのびる光の、厳かな情景を賛美したものです。 3) 江門魚火 江門は鏡浦台の東にある湖の河口にあり、湖と海がつながるところであることから江門と呼びます。夜になるとイカ漁に出る船の灯りがきらきらと輝き、その光が海と湖に導かれる美しい光景を「江門魚火」といいます。 4)草堂炊煙 草堂は湖の東南側にある村で土地が湖や海より低いところにあるように見える村です。遠くから見ると深い僻地にある山里という感じで、村の周囲には松の木がうっそうとしており水を含んだ大地からは雑木と雑草が生い茂っています。太陽が西の山の山頂に傾く頃になると夕飯を作る家々の煙突から白い煙があがり、それが夕焼けに染まってのどかな農村風景を写し出します。その平和で安らかな美しさを表現したものです。 5)紅粧夜雨 紅粧(ホンジャン)は朝鮮時代初期にジョ・ウンフルという府史が江陵に住んでいた頃にいた妓生の女です。ある日某監察司が江陵を視察した際、府史は湖に浮かべた船の上に妓生である紅粧を呼びよせ、伽椰琴(カヤグム)を弾かせて監察司をもてなしました。ずば抜けた美貌をもつ紅粧はその夜監察司の愛を受けたのですが後日、監察司は数ヶ月後にまた来ると約束し江陵を去っていきました。しかし監察司からの便りはなく恋しさで胸を痛めた紅粧は、あの日のことを思い出しながら湖に出てきてため息をつきました。そのとき深い霧の中から監察司の幻像と紅粧を呼ぶ声が聞こえ、紅粧は声のする方へかけていきます。しかし紅粧は途中、湖に落ちて死んでしまいます。このときからこの岩を「紅粧岩」と呼ぶようになり、霧の深い雨の降る夜になると女の悲しそうな泣き声が聞こえると伝えられています。船に慕い人を乗せ伽椰琴の音に興じながら酒を一杯交わす、そんな昔の人々の風流精神を回想させる言葉です。 6)甑峯落照 シル(蒸籠)山は鏡浦台の西北方面にありその頂の姿が蒸籠と似ていることからこの名前がつきました。太陽が西に傾く頃になるとシル山の北側から鏡浦湖に映る夕日の光がさざなみでばらばらに散らばる美しい光景を表したものです。 7)喚仙吹篴 シル山のサンソン峰に新羅の仙人たちが風流をたしなみ囲碁をうって過ごしていた場所がありました。そこでは、ひっそりとした月明かりの夜になるとどこからかもの寂しい笛の音が風にのって聞こえてきたといいます。山紫水明の絶景からは今でもどこからか笛の音がかすかに聞こえてきそうな気がします。鏡浦台の「喚仙吹篴」は俗世を離れた仙人たちが囲碁をうち笛を吹いて楽しんでいた、その昔の姿を思い起こさせます。 8)寒寺暮鐘 寒寺亭は現在の飛行場の東にあります。緑豆亭と呼ばれたこの東屋は花郎徒(新羅時代、青少年で組織されていた修養団体)の修行の場として造られた場所で今は石池や石で造った井戸だけが残っています。新羅仏教が再興した頃、寒寺亭で日が沈む時にならす鐘の音が遠くからのさざなみに乗って神仙たちが遊んでいた鏡浦台までとどろいていたその時代の趣を想わせます。