忠清南道(礼山郡 )

忠清南道(チュンチョンナムド)礼山郡(イェサングン)を代表する新たな観光地のひとつ・韓国国内最長402mを誇る吊り橋・礼唐湖(イェダンホ)つり橋。 2019年4月6日にオープンしたこの礼唐湖つり橋は、同年10月に完成した全長5.4㎞の遊歩道・ゆっくり湖の道(ヌリンホスキル)や全長140mの浮桟橋とともに美しい景観の場所となっています。 また、白く雄壮なつり橋の姿は、広々とした礼堂湖の湖畔に2004年オープンした礼堂湖彫刻公園ともあいまり、大変美しい光景を醸し出しています。


全羅南道(麗水市 )

向日庵(ヒャンイラム 文化財資料 第40号)は4大観音祈祷所の一つで、644年百済の義慈王4年に新羅の元暁大師が創建し円通庵(ウォントンアム)と名づけたのがはじまりです。その後、高麗時代の光宗9年(958年)にユンピル大師が金鰲庵(クモアム)、朝鮮時代の粛宗41年(1715年)にインムク大師が向日庵と改称しました。大雄殿、三聖閣、観音殿、龍王殿、鐘閣、海水観音像を復元・新築し、寺院としての基本的な施設を備えていましたが、2009年12月20日の火災により大雄殿、宗務所(霊亀庵)、鐘閣が消失してしまいました。しかし、消失したこれらも2012年5月6日に復元されました。向日庵への山道はやや険しく、中間地点にある券売所を通り過ぎると階段と平坦な道をぐるぐる回りながら上へと登っていく道が続いています。 また寺の付近では、家ほどの大きさの2つの岩によりできた石の門を通過することになりますが、ここは他の寺でいうところの不二門にあたります。南海の水平線に見える日の出が大変すばらしいことから向日庵と呼ばれていますが、周囲の岩の形が亀の甲羅のように見えることから霊亀岩とも呼ばれています。


慶尚北道(青松郡 )

青松邑から5分のところにある「達基薬水湯(タルギヤクスタン)」は、韓国3大薬水として知られています。周王山の達基瀑布から流れる渓谷に沿って約10ヶ所にある穴から水が湧き出ています。ここの薬水の特徴は、夏でも枯れることなく、冬でも凍ることなく1年を通して湧き出る水の量が一定だという点にあります。薬水の味は糖分を抜いた炭酸飲料のような味で、炭酸や鉄分などの各種ミネラル成分が多く含まれています。胃腸や皮膚の病気、および貧血に効果があるとされており、多くの人がここの薬水を求めてやって来ます。周辺には周王山国立公園がり、また薬水を利用したタッペクスク(鶏肉の水炊き)の専門店も多く並んでいます。


慶尚北道(鬱陵郡)

石圃展望台は、美しい神秘の島、鬱陵島の北面の端に位置し、小さい漁村である石圃村にあります。 鬱陵島には、3つの望樓(高台に建てられた監視用の楼閣)がありますが、この中で東側にあるのがこの石圃展望台です。1905年に設置された展望台は、日露戦争以前から望樓の役割をしていて、日本がロシア軍艦を観測するために1945年前使用されたと知られています。 石圃展望台は、鬱陵島と韓半島の間にある東海を展望できる位置にあり、展望台には2階建ての八角展望台とデッキ、望遠鏡などがあります。八角展望台に上がると鬱陵島3大秘境である孔岩(おばけ岩)、観音島、三仙厳とともに竹島、北側海岸絶景など天恵の自然景観が一目で見渡せます。展望台下側には、石圃休憩所があり、石圃展望台から内水田日出展望台までつながる石圃昔の道トレッキングコースがあります。


全羅南道(求礼郡 )

全羅南道求礼郡土旨面五美里に位置する雲鳥楼(ウンジョル)は、重要民俗文化財第8号に指定されています。 1776年、朝鮮第21代王・英祖の時代に三水府使だった柳爾冑が建てた家屋で、元々78間ある豪邸でしたが、現在は63間が残っています。雲鳥楼の宅号は「雲の中の鳥のように隠れて住む家」という意味で、陶淵明の「帰去来辞(官を辞して帰郷し、自然を友とする田園生活に生きようとする決意を述べたもの)」という七言律詩から頭文字だけを取ったと言うことです。


全羅南道(潭陽郡 )

全羅南道記念物第6号に指定されたあずまや「俛仰亭」は全羅南道潭陽郡、鳳山面斎月里斎峯山のふもとに位置しています。1533年に宗純(1493~1583)が建てたもので、李滉(イファン)(1501~1570)をはじめ多くの学者や文人が学問について討論した場所とも言われています。丘の上に建てられており、木造の瓦屋根で側面と左右に床が敷かれ、中央には部屋が配置されています。もとは糊や葦で屋根が作られ、雨風をやっと防ぐ程度のものでしたが、現在の姿は何度か補修されたものとなっています。俛仰亭の後ろには遠くまで続く山脈を望むことができ、丘の下に広がる広い垣がひと目で見渡せます。宋純はこの場を詩文活動の産室として造り、中には当時の有名な学者や詩人たちの詩編が刻まれたものが掛けられています。


全羅南道(莞島郡 )

朝鮮時代中期の文臣(学問・文学などで仕える臣)であり、詩人である尹善道(ユン・ソンド)が丙子胡乱(清が朝鮮に侵入し、朝鮮を制圧した戦い)の時に王が降伏したと言う知らせを聞いて、済州島に向かう途中に甫吉島の自然景観に感動しそこに留まったと言われています。 甫吉島は尹善道が51歳の時から13年の間、「漁父四時詞」のような詩歌文学を書いた場所です。また、彼が島の中の岩と山の峰につけた名前は今もなお残っています。 小川のほとりに池を掘って建てた家を「曲水堂」と言い、その向かいの山の上に建てた家を「同天石室」と呼びます。渓谷の東側には「洗然亭」を建て、読書をしたり船に乗ったりして甫吉島の自然を満喫しました。 甫吉島には東洋の自然観と性理学の思想が存在しています。自然と人工の調和によって自然と人間が1つになるように試みた尹善道の優れた能力が見られる場所です。


忠清南道(泰安郡 )

泰安半島の南部に位置する島のようではない島「安眠島」の連陸橋を過ぎて10分ほど行くと安眠海岸の案内板があります。ここから5分ほど松林を行くと広い砂浜の安眠海岸に着きます。周辺が山と畑が続くので海が近くにあるとは思いませんが、到着すると目の前に白い砂浜と海が広がっています。


忠清南道()

高福自然公園(コボクチャヨンコンウォン)にある高福貯水池は、面積77万㎡の大規模な農業用の貯水池です。ライギョ、フナ、コイ、ナマズなど、多種の魚が生息しているために全国から釣り人が集まるようになり、郡立公園に指定されました。公園の指定面積は184万㎡で、五峰山自然林、洞窟、寺院、野外彫刻展示場などがあります。貯水池近くにブドウや桃、梨が栽培されている果樹団地があります。