全羅南道(光陽市 )

韓半島南端の中央部に聳える白雲山(ペグンサン / 1,218m)は、鳳凰や豚、狐の神霊が宿るといわれる山です。自生する植物の種類は漢拏山(ハルラサン)の次に多く、900種を超えます。智異山(チリサン)と閑麗水道(ハルリョスド)の素晴らしい景色を眺めながら山登りができ、山道は険しくない方です。山の中腹にはソウル大学の演習林があります。


慶尚北道(青松郡 )


全羅北道(長水郡 )

論介生家は、壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の時に殉死した論介を称え作られました。壬辰倭乱の時に倭軍が晋州城を占領すると、論介の夫である崔慶会将軍は川に身を投げ殉死し、論介は夫の仇を討つために妓生と偽り倭軍の宴会の席に参加し、酔った倭軍の将軍を抱きながら川に身を投げて殉死しました。論介生家は、2棟の建物からなる「一字型」の草葺の家で、石垣で囲まれており、部屋の中には掛け軸や寝具、書籍などが置かれています。また、生家址があった地域は徳裕山、梧洞堤など周辺の景観が美しく、長安山国立公園や知止渓谷、トンファダムを繋いだ登山コースがあり、論介生家と関連した観光コースとして1年を通して多くの観光客と登山客が訪れます。


忠清北道(忠州市 )

「文江硫黄温泉(ムンガンユファンオンチョン)」は月岳山、鳥嶺山、水周八峰の中央に位置し、水質が良いことで有名な温泉です。 硫黄温泉は万病に効くといわれるほどにさまざまな効能があります。文江硫黄温泉の温泉水は肌の角質を軟化させ、角化症や慢性湿疹などの皮膚病に効果がある他、末梢血管拡張により慢性リウマチ、高血圧症、糖尿病、婦人病、動脈硬化、水虫に優れた効能を発揮します。また、飲むことで硫黄の解毒作用により体内の重金属、薬物を解毒してくれます。 現在、文江温泉地区内には、文江硫黄温泉ホテルとアイテムプル文江研修院などがあります。また、近くには水安堡温泉もあり、違う水質の二つの温泉を楽しむことができます。


慶尚北道(慶州市 )


京畿道(坡州市 ) , 坡州(ヘイリ村)

汶山駅は1906年4月に普通駅として営業を開始しました。京義線とこの駅から都羅山駅まで運行している通勤列車の始発および終着駅です。1953年京義線の終着駅に指定され、運営されました。2009年に首都圏鉄道京義線が開通して運営されています。


全羅北道(扶安郡 )

開岩寺(ケアムサ)は、634年百済時代に創建された小さくて静かな寺です。百済滅亡後、百済の人びとが3年にわたり百済再興運動を繰り広げた場所でもあります。宝物第292号に指定されている大雄殿は建物の姿も端麗ですが、建物の後ろを守っているかのようなウルグムの岩とあわせて見ると威厳まで感じられます。


慶尚南道(昌原市 )

注南貯水池生態学習館(チュナムチョスジ・センテハッスプクァン)は、展示施設・中央ホール・農産物販売に分かれています。まず中央ホールで案内を受けて展示室へ行くと、注南貯水池にやって来る渡り鳥やこの周辺で花を咲かせる植物、昆虫などの標本やはく製が展示されており、注南の生態界を感じることが出来ます。映像室では注南の鳥と人間の密接した関係をビデオで上映しています。展示館の壁面に設置されているモニターでは鳥類の飛行原理や鳥類の生態などについてのビデオが上映されています。また、生態学習館での観覧を終えると、自転車(無料レンタル)に乗って注南貯水池や貯水池にやってくる渡り鳥を実際に目にすることが出来ます。 お問い合わせ) +82-55-212-4950 (英語)


ソウル(冠岳区)

1905年に竣工したこの建物は、日本の北陸土木会社が施工、小玉氏が設計し、西島氏が監督したとされています。李重華の『京城記略』には、1900年に入京したベルギーの全権委員レオン・ビンカート(Leon Vincart)氏が1902年10月、場所を決めて領事館建築に着手したと記録されています。その後1919年に領事館は忠武路1街18番地に移転し、この建物は日本の横浜生命保険会社が社屋として使用していましたが、その後、日本の海軍省武官府の官邸となり、解放後(1945~)は海軍憲兵隊が使用しました。1970年に商業銀行が払い下げを受けて使用していましたが、1982年8月に現在の南峴洞に移転し、韓国商業銀行(現ウリィ銀行)の史料館として使用されました。現在は、リニューアルされてソウル市立美術館南ソウル美術館となっており、市民のための文化空間として活用されています。建物は地下1階、地上2階建てで、レンガと石材が混用されています。古典主義様式の玄関やバルコニーのイオニア式の柱などは、外観上、大変素晴らしい様式であることをよく表しています。 規模:建築面積1,569.58平方メートル、2階レンガ造り