慶尚南道(山清郡 )

伽倻10代目の王である仇衡(クヒョン)王の墓であると伝えられている積石塚で、仇衡王は金庾信の曽祖父にあたります。521年に伽倻の王になり、532年に新羅の法興王に領土を奪われるまで11年間在位しました。普通の墓とは違い、丘の傾斜しているところに高さ7.15mの基壇式石段が組まれています。前から見ると7段で、後方は傾斜を利用して作られているため、平地でピラミッド式に層が作られたものとは違っています。墓の頂上は楕円型になっており、墓の中央には「駕洛国譲王陵」と書かれた碑石があります。


全羅南道(長興郡 )

「天冠寺(チョングァンサ)」は、全羅南道長興郡にある天冠山の中腹に位置する寺院です。正確な創建年は不明ですが、新羅時代に通霊和尚が建てたと伝えられています。以前は華厳寺と呼ばれ、89の庵子を従え、1,000人余りの僧侶が集まって修道したといいます。廃刹されたものを1963年に極楽宝殿を再建し、寮舍棟や鐘閣などを設け、天冠寺としました。 天冠寺には宝物第795号に指定された三層石塔、全羅南道有形文化財第134号の天冠寺石燈と全羅南道有形文化財第135号の五層石塔、文化財資料196号の塔山寺址石燈など、数多くの文化遺跡が残っています。また、天冠山は奇岩怪石とともに春は赤いツバキ、秋は山全体を覆うススキで有名な他、多島海の風景と調和したすばらしい景観を見に多くの人々が訪れる場所です。


慶尚北道(永川市 )

慶尚北道永川市八公山に位置している銀海寺は、大韓仏教曹渓宗第10教区本寺で桐華寺と共に八公山を代表する寺院です。 新羅憲徳王1年(809年)に恵哲国師が、海眼坪に創建し、最初は海眼寺と呼ばれていました。その後、高麗と朝鮮時代を経て数回にわたって再建しながら、1546年(明宗1年)に今の場所に移し新築されました。この時、法堂と碑石を建てて朝鮮仁宗の胎室を封じて銀海寺と改称されました。 現在境内には、大雄殿と宝華褸、説禅堂、尋劔堂などと百百興庵、中巌庵を始め8つの附屬庵子(庵子,大きなお寺に付いた小さな寺)があり、韓国仏教の専門教育機関である銀海寺僧家大学院があります。主な文化財としては、国宝第14号の居祖庵霊山殿と宝物第790号の百興庵極楽殿と院中にある宝物第486号須彌壇、第514号の雲浮庵青銅菩薩坐像、第1270号銀海寺掛仏幀(絵で描いて壁にかけておく釈迦の姿)などが所蔵されています。 また銀海寺と隣近地域の文化財を展示している城堡博物館があり、これ以外にも中央岩の極楽窟(華厳窟)、ゴンドル岩、万年松と寄寄庵の将軍水及び安興瀑布などがあり、名勝地としても有名です。


忠清南道(青陽郡 )

*太陽と星を観てみよう、七甲山天文台スターパーク 忠清南道青陽郡定山面には七甲山(チルガプサン)天文台スターパーク。七甲山道立公園内にあるこの天文台は一般の方や児童・生徒・学生向けに作られた天文宇宙テーマパークです。 天文台は3階建ての建物で1階には立体ドーム映像館や視聴覚室、2階には広報館や展望台があります。駐車場からは徒歩5分の距離で大変近く便利です。 観測は3階主観測室と補助観測室で行われます。 韓国国内最大の屈折望遠鏡(APO304mm)が設置された主観測室は主に昼間に太陽の黒点やフレアの観測を行っています。韓国初の180度半球型3段スライディングシステムを兼ね備える補助観測室では400mm反射望遠鏡などを使い、夜間の観測が可能です。惑星、星団、星雲など星を観測します。 5D映像体験ができる12mジオデシック天体投影室も子どもたちに人気です。 南泉里山村生態村や近隣のアルプス村に泊まって七甲山天文台と天庄湖(チョンジャンホ)の吊り橋を巡るのもおすすめです。


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大興寺(テフンサ)は百済聖王22年に阿道和尚により創建されたと伝えられており、戦争をはじめ3つの災いが及ぶことができない所(三災不入之処)であると西山大師が伝え、遺言と衣鉢をこの場所に保管するようにしました。境内にある表忠寺と韓国のお茶文化が生まれた一枝庵などでは草衣禅師と秋史金正喜などの足跡を辿ることができます。境内には大雄宝殿、枕渓楼、冥府殿、応真堂、千仏殿、千仏像、表忠寺、大光明殿、一枝庵、北弥勒庵、聖宝博物館などがあります。大興寺には国宝第308号である大興寺北弥勒庵磨崖如来坐像の他、西山大師遺物館には宝物88号である塔山寺銅鐘などの多くの遺物が展示されており、韓国最大の浮屠殿には西山大師の浮屠などがあります。


慶尚北道(蔚珍郡 )

蔚珍邑から西側に約20km離れた天竺山の麓に位置する新羅の古寺で、ここを中心に下院里という所まで13kmにわたり、秘境とも言われる仏影寺渓谷が続いています。眞徳女王5年(651)に義湘大師が建てたもので、蓮池に仏様の影が映ると言われ仏影寺と名付けられました。朝鮮太祖5年(1396)に火事によって焼失しましたが、翌年に再建、その後4度にわたって修理が行われました。駐車場から寺へ向かう道が山太極水太極(風水の用語で山と水が丸く曲がってできる太極の形)をかたどっていてとても魅力的です。もともと尼さんが修行をする場ですが、寺の庭にある蓮池やその横にある野菜畑は訪れる人たちの心をも和ませています。仏影寺渓谷は、雪獄山の千佛洞渓谷、五台山の武陵渓谷、寶鏡寺渓谷ほどの雄大さ、華麗さはありませんが、名勝6号に指定されただけあり、流れる清らかな水と奇岩怪石、そして生い茂った木々が調和し神秘的で美しい景観が天竺山を背景に広がっています。 * 重要文化財 1) 仏影寺 應眞殿(宝物 第730号)、2) 仏影寺3層石塔(地方有形文化財 第135号) 3) 浮屠(地方有形文化財 第112号) 4) 仏影寺 大雄寶殿 (宝物 第1201号) 5) 仏影寺 霊山会上図(宝物 第1272号)


慶尚南道(河東郡 )


全羅北道(茂朱郡 )

「茂朱寒風楼」は楼閣として、昔有名だった詩人達が集まり風流をたしなんだ場所です。 1592年の壬辰倭乱(文禄・慶長の役)で焼失しましたが、1599年に再び建てられました。日帝強占期から仏教を広める地として使われ、永同郡陽山の川辺に移され錦湖楼という名前に変わりました。1971年に茂朱の有志により現在の位置に移されました。 「茂朱寒風楼」は湖南地方で全州の寒碧堂、南原の広寒楼と並んで有名であり、その中で最も美しい楼閣として知られています。


京畿道(東豆川市)

東豆川駅は1912年7月25日開通しました。1984年2月10日駅名が東豆川駅から東安駅に変更になりましたが2006年7月31日新駅舎に移転し、再度駅名が東安から東豆川に変わりました。 東豆川駅は京元線保山駅と逍遥山駅の間に位置し電動列車の一部と京元線通勤列車の始発終着駅です。主な利用客は漣川郡地域から東豆川と議政府地域に通勤する人たちで、それ以外にも1日平均1,000トンの無煙炭を運送しています。また保山駅から新炭里駅まで全10駅を管理する統括駅でもあります。周辺観光地には磨叉山や旺方山などがあります。


江原道(三陟市) , 三陟