慶尚南道(泗川市 )

閑麗海上国立公園は慶尚南道泗川市、巨済市、統営市、河東郡、海南郡および全羅南道麗水市にかかっています。全体面積535.676平方メートルのうち、海上面積が76%を占め、海洋と島々、陸地が作り出す美しい景観を一目見ようと毎年100万人以上の旅行客が訪れます。


ソウル(麻浦区)

弘大周辺の街は「ストリート美術」で有名です。美術大学として名高い弘益大学の学生らが、大学付近の塀や道に自由に絵画を描きはじめ、その後、数多くの画家がこれに賛同するようになりました。弘大「ストリート美術展」は、1993年以降、毎年弘大美術学生が中心になって開催する代表的な文化芸術イベントです。新しいストリート美術とインスタレーション、参加美術、多彩なパフォーマンスが同時に催されます。ストリート美術展は韓国の若い画家の活力と実験性、チャレンジ精神に接することのできる特別な美術イベントかつ総合芸術祭です。


京畿道(楊平郡)

幻想的なドライブコースで有名なノンダチ峠道(ソウル近郊で最も高い峠道)の頂上まで行くと、仲美山自然休養林の入口に出ます。鬱蒼とした森や、南漢江が一望できる場所です。朝は丸木の家の周りに、霧が雲のように立ち込め幻想的な雰囲気です。 海抜834メートルの仲美山は、日の出を見る場所としても有名で、毎年多くの山岳家が訪れます。山には針葉樹林がぎっしりと立ち並び、春から秋までは空も見渡せないほどです。仲美山自然休養林はソウルの近くにありながら、白雲山、有明山、龍門山などの高い山に囲まれ、静かな山里に来ているかのような気持ちにさせてくれます。 休養林の中には4人部屋、7人部屋、16人部屋のさまざまな大きさの丸太の家や、オートキャンピング場が自然と調和しながら設置されています。休養林の中心部には森の散歩道が整備されており、山林体験や学習にも利用できます。 休養林の位置する楊平郡は人と自然が調和するところです。環境に優しい都市として、マンションではなく田園住宅やペンション団地が建てられ、周りには仲美山天文台、野花樹木園、李恒老の生家、龍門寺などの観光地もあります。


全羅南道(谷城郡 )

道林寺は新羅時代に造られ1984年全羅南道文化財資料第22号に指定された寺院です。谷城邑から南西に約4キロ離れた月峯里、動樂山の山並みにある兄弟峰の中腹に位置しています。新羅時代、武烈王7年(660年)に元曉大師が四佛山の華嚴寺から移り住んだといわれています。現在寺院内には法堂である普光殿をはじめ應眞堂、地藏殿、藥師殿、七星閣、寮舍寨などがあり肅宗9年(1683年)に造られた道林寺掛佛が所蔵されています。


江原道(鉄原郡)


全羅北道(扶安郡 )

全羅北道の西・西海(ソヘ)の古群山(コグンサン)群島や蝟島(ウィド)沖に向かって突出し延々と99kmに及ぶ海岸線、北にはセマングム干拓地、南はコムソ湾に囲まれた辺山半島(ピョンサンバンド)。 この辺山半島は自然に恵まれた景勝地として有名で、辺山半島国立公園に指定されています。このうち内側の山岳地帯を内辺山(ネビョンサン)、外側の海に面している山々を外辺山(ウェビョンサン)と呼んでいます。内辺山の中心は辺山半島の最高峰である倚上峰(ウィサンボン)(標高509m)をはじめ南西側の双仙峰(サンソンボン)や落照台(ナクチョデ)、月明庵(ウォルミョンアム)、蓬莱九曲(ポンネクゴク)、直沼(チクソ)瀑布などがある一帯です。 辺山の山々は昔から楞伽山(ヌンガサン)、瀛洲山(ヨンジュサン)、蓬莱山(ポンネサン)などとも呼ばれており、 朝鮮八景または湖南五大名山のひとつとして数えられてきました。辺山の幾重にも重なった山々や谷は海抜400メートルから500メートル程度とあまり標高は高くなく、 奇奇妙妙なる山形は深山幽谷をほうふつとさせ、特に落照台からの絶景・月明落照(ウォルミョンナクチョ)は辺山の風景のなかでも最も秀でた風景を誇ります。


済州道(済州市 )

楸子島はひとつの島ではあれいません。人の住む4つの島と8つの無人島が楸子島と呼ばれています。楸子島のふたつの島、上楸子と下楸子の山を越えていく済州オルレのでは楸子島の秘境を見ることができます。


慶尚北道(漆谷郡 )

漆谷護国平和記念館(チルゴクホグクピョンファキニョムグァン)は6・25戦争(朝鮮戦争)中に起きた幾多の戦闘のうち、55日間の洛東江防御線戦闘により形勢逆転し、大韓民国を守り抜いた、その洛東江防御線戦闘における最大激戦地である漆谷に位置した記念館です。地上4階・地下2階の建物と広い屋外記念館にさまざまな記録や遺物が展示されており、リアルに作られたジオラマと体験施設を通じて護国・安保の意識と愛国の精神を涵養する護国平和体験の空間となっています。 開館日 2015年10月15日


江原道(三陟市)

天恩寺(チョヌンサ)は、李承休が韓民族の大敍事詩である帝王韻紀を執筆した場所です。創建の歴史は、758年にインドからやって来た3人の僧侶である頭陀三仙が白い蓮の花を携えてやって来て建てたといわれています。その後、829年に梵日国師が極楽宝殿を建立したことで寺としての基盤が築かれました。高麗の忠烈王の時代に李承休が改修し、ここで大蔵を全て読んだということで看蔵庵と呼ばれ、そして朝鮮の宣祖の時には西山大師が寺を再建し、黒岳寺と名づけました。1899年には李成桂の4代祖の墓である穆祖陵が未老面活耆里につくられ、この寺を願堂寺刹として「王からの恩恵をあずかった寺」ということで天恩寺と呼ぶようになりました。 韓国戦争(朝鮮戦争)の際に焼失してしまいましたが、1983年にムン・イルボン僧侶が再建しました。境内へと続く砂利の小道の両側には桜の木が植わっており、春になると桃色の桜の花が満開に咲き誇ります。


京畿道(竜仁市)

Korea Golf & Art Village内のKOREA COUNTRY CLUB(コリアカントリークラブ/コリアゴルフ場)は、ソウル江南から30~40分という好立地以外にも夜間の照明施設および電磁誘導式5人乗りカートなど、最上の施設とカスタマサービスを誇る名門ゴルフクラブとして人気です。また、9ホールの増設によって、さらに良いサービスを提供できるようになりました。コースはアップダウンがほとんどありませんが、中央には大きな池があり、4つのホールがアイランドグリーンとなっています。その他、各ホールには特定の樹木が植えられており、それぞれに個性を持たせています。また、各種プロ・アマゴルフ大会を誘致し、常に最高のフィールドコンディションを維持するために徹底したコース管理をおこなっています。