全羅北道(扶安郡 )

「扶安映像テーマパーク」は扶安郡辺山面格浦里一帯の土地(148,400m²)に民俗村(89,696m²)とサンセットパラダイス(58,704m²)を備えた映像テーマパークです。 民俗村は歴史的な考証を徹底的に行い王宮(景福宮)を再現し、瓦屋根の村(両班家、書院、書堂、伝統茶屋)や平民村(陶窯村、韓方村、木工・韓紙工芸村など)、市場通 り、放牧場、蓮池、城郭などを建立し、「不滅の李舜臣」などの撮影地として有名になりました。また、映画「王の男」などの撮影地としても有名です。今後、「サンセットパラダイス」に室内スタジオを建立し、撮影から編集までの全てができるようになり、宿泊施設なども完備される予定です。


大邱広域市(達城郡)

南平文氏の中始祖として知られる三憂堂文益漸の子孫が大邱に入郷したのは500年前と伝えられており、ここ仁興に定着したのは彼の18代目にあたる仁山斎文敬鎬(1812~1874)の時です。彼は文一族の村を作る計画を立て、元来高麗の大刹である仁興寺があった場所に敷地を構え、今日の仁興村を新たに形成したと言われています。先祖代々からの居住地に最初に建てた建物は1820年前後に建てられた斎室、龍湖斎(ヨンホジェ)であり、現在の広居堂のある場所にあたります。邸宅として使用し始めたのは1800年代後半であり、最初は藁ぶき屋根でしたが、その後100年の年月をかけて今の居住地が形成されました。現在70軒あまりの瓦屋根の家が一ヶ所に整然と並ぶこの村は、建築年代は200年未満でありながら、伝統的な嶺南地方の両班家屋の型を守っており、世居地の構成や周囲の景観との調和は、他では見ることのできない村であると言えます。


済州道(済州市 ) , 구 제주

高内浦口を出発し、海岸に沿って旧厳里(クオムニ)まで続きます。一部の海岸道は細い散歩道で、一部は海沿いの道、一部は海岸道路に沿って行きます。広い塩ビルレ(平たくて広い岩を称する済州語)が広がる旧厳浦口(クオムポグ)を過ぎると、道は内陸へと向かいます。やや高くそびえ立っている水山峰(スサンボン)に向かって、村と畑の道を通り過ぎて行き、水山峰(スサンボン)のふもとを回ると、大きな黒松がある水山(スサン)の広い貯水池に出ます。貯水池の堤防を歩いて村を通り抜けると、背の高い木々が並ぶ昔の土城、ハンパドゥリに辿りつきます。城を通り抜けると、美しい森の道や渓谷の道が迎えてくれ、森を抜けるとゴールの光令(クァンリョン)です。


釜山広域市(西区)

松島(ソンド)龍宮吊橋は、岩南公園とトン島を結ぶ吊橋です。全長127メートル、幅2メートルで、橋を渡りながら大海原や奇岩断崖の絶景を眺めることができます。 休業日 第1・第3月曜日、ソルラル・秋夕当日 ※悪天候(強風、大雨など)の場合は通行できないことがあります。 利用時間 3月~9月:9:00~18:00(入場は17:30まで) 10月~2月:9:00~17:00(入場は16:30まで) 入場料 一般1,000ウォン


全羅南道(潭陽郡 )

歌辞文学館は肥沃な平野と美しい自然、そして数多くの文化遺産を保存・伝承してきた由緒深い故郷、全羅南道潭陽にあります。 朝鮮時代、学問が主流を成していた時代に国文(韓国語)で詩を制作しましたが、その中でも「歌辞文学」が大きく発展し、花を咲かせました。チョン・チョル以外にも7人の作家などの18編の歌辞が伝承されており、潭陽を歌辞文学の産地と呼んでいます。 潭陽郡ではこのような歌辞文学に関する文化遺産の伝承・保全と現代的な継承・発展のために歌詞文学館を建立しました。本館と付帯施設からなる歌詞文学館は、歌辞文学の資料を始め、ソン・スンの「傘仰集」やチョン・チョルの「松江集」など貴重な遺物や図書が展示されています。付帯施設には物産品展示場や伝統茶屋があります。 周辺の名所には「息影亭」や「瀟灑園」などがあり、歌詞文学創作の土台となっています。


全羅北道(井邑市 )

井邑詞公園は全羅北道井邑市市其洞にある公園で、井邑詞は5つ存在する百済歌謡の中で唯一残っている百済歌謡で、ハングルで記録されており、現在まで伝わる歌謡の中で最も古いです。公園には、井邑詞の歌詞に登場する帰らぬ夫を待ちながら石になってしまった女性の像があります。この他にも、井邑詞碑をはじめとし、祠堂、井邑詞芸術会館、井邑詞国楽院、市立図書館、野外公演場などがあります。公園内にある望夫石は、高さ2.5mの花崗岩の石造で1986年12月に建てられました。望夫像は、少し長めのチョゴリを着ており、両手を合わせて立っている百済の女性を表現しています。祠堂には夫の帰りを待ちながら望夫石になってしまった女性を称え、毎年祭礼が執り行われます。


慶尚南道(南海郡 )

1960年代頃にドイツに居住していた海外同胞が、祖国の近代化と経済発展に献身し、定住の支援のために生活の場を準備し、ドイツの異国文化や伝統文化芸術村と連携した特色ある観光地の開発のために2001年から天然記念物第150号がある南海郡の99,174m²(約30,000坪)の敷地に南海郡で約30億ウォンをかけ基盤を作り、約70棟が建てられるほどの宅地を分譲しました。 建築はドイツの同胞達が直接ドイツから材料を輸入し、ドイツの伝統住宅を建て、現在はその15棟ほどに同胞達が暮らしており、ドイツに居る間は観光客のための民泊として使用しています。ドイツ村の前には防潮魚付林が広がっており、南海岸で最も美しいと言われる海岸ドライブコース「ムルミ海岸道路」があります。


仁川(中区) , 仁川市街地

仁川を簡単かつ便利に旅行する方法、仁川市観光案内所を利用しましょう! 仁川を訪れる際、旅行をスムーズで快適にする最良の方法の一つは、仁川市観光案内所を利用することです。仁川市は市内に10か所の観光案内所を運営しており、旅行者に必要な情報やサービスを提供しています。 これらの観光案内所では、多言語対応の観光ガイドやパンフレットを提供しており、日本語、韓国語、英語、中国語で書かれた資料を揃えています。これにより、言語の壁を感じることなく情報を入手できます。 仁川国際空港の観光案内所は、年中無休で午前7時から午後10時まで営業しており、旅行者にとって非常に便利です。他の観光案内所は、韓国の祝日(旧正月・秋夕(チュソク)の連休)を除いて午前9時から午後6時まで営業しています。 各観光案内所では、外国人観光客に対して親切で詳しい観光地の説明を行っています。仁川を訪れる際には、観光案内所に立ち寄って最新の観光スポット情報や多様なサービスを利用し、より便利で充実した旅行を楽しんでください。 観光案内所では、文化体験、歴史的名所、ショッピングスポット、食事のおすすめなど、あなたの興味に合わせた情報を提供します。これにより、旅の計画が立てやすくなり、仁川での滞在がさらに楽しいものになるでしょう。 仁川を訪れた際には、必ず仁川市観光案内所に立ち寄りましょう。貴重な情報やサービスを得ることで、便利で楽しい旅行を実現できます。仁川の魅力を存分に味わい、素晴らしい思い出を作る旅のスタートはここからです! 仁川観光案内所のリソースと専門知識を活用して、ストレスのない仁川の冒険を楽しんでください。仁川のすべてを発見する旅が、ここから始まります!


江原道(鉄原郡)

江原道鉄原(チョルウォン)邑にあるこの労動党舎(ノドンダンサ)は1946年に完工された3階建ての建物で、韓国戦争が起きる前まで北韓の労働党舎として利用された場所です。現在この建物は、韓国戦争の時に受けた被害で建物全体が黒くなり砲弾の痕が残っています。こういった姿が訪れる人々に戦争の傷跡と韓半島(朝鮮半島)の分断の現実を思い起こさせる、平和のモニュメント的な意味を持つ場所となっています。現在ここは鉄原郡がDMZ(非武装地帯)観光コースの中のひとつとしてみることができ、毎年数十万人の観光客が訪れています。2001年2月に近代文化遺産に登録され、政府の支援を受けて保護されています。


江原道(原州市)

1984年12月に国立公園(クンニプコンウォン)に指定された雉岳山(チアクサン)は総面積182.1平米で、毘盧峰(1288m)が最高峰となります。雉岳山南の南台峰(1182m)から北側の三峰(1072m)に至る稜線の長さは24kmに達します。昔から高くて険しいことで有名な山である雉岳山は山並みが雄壮です。昔の名前は赤岳山でしたが、ヘビに食われようとしていたキジを助けた旅人が危機に遭うとそのキジが恩を返して命を救ったという伝説から雉岳山に代わりました。その伝説がある上院寺の南側には天然記念物である城隍林があります。西側には世尊台、万景台、戸岩・息子岩などがあり、戦乱の歴史がある領願山城、海尾山城、金頭山城などが見られます。主峰である毘盧峰周辺には耘谷・元天錫の魂がこもった石逕寺、立石台、神仙台、太宗台、老姑沼などがあり、その後にセリョム滝、梯子兵站、槍柄岩、などの優れた景色がつらなります。また毘盧峰のてっぺんには雉岳山の名物である3つの石塔(高さ10m)があります。亀竜寺は新羅の文武王(在位661〜681)の時代に義湘(625〜702)が建てた古い寺で、大雄殿(地方有形文化財24号)があり、周囲には亀竜滝、亀岩、虎岩、竜岩などがあります。雉岳山には昔から寺が多かったですが、現在は亀竜寺をはじめ8カ所が残っています。亀竜谷には樹齢数百年の松の木が生い茂り、山での伐木を禁止したという黄腸禁標が鶴谷に残っています。雉岳山は主な稜線西が急傾斜を成していて東は比較的緩慢な傾斜となっています。