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巨済捕虜収容所(コジェ・ポロスヨンソ)は1950年6月25日に韓国戦争の勃発により発生した捕虜を収容するために造られました。 中国共産党軍捕虜2万名、朝鮮人民軍捕虜15万名など最大で17万名の戦争捕虜を収容していました。1953年に休戦協定が締結されると捕虜収容所は閉鎖され、当時の建物の一部だけが残されましたが、1997年に韓国戦争を記憶し続けようという趣旨で巨済捕虜収容公園として造成されるにいたりました。公園には戦争に使われた戦車やトラック、当時の捕虜の生活を再現した展示物などがあります。この公園を一巡りするにはおよそ1時間が必要です。
徳裕山中心部の九千洞渓谷上流にある白蓮寺(ペンニョンサ)は、新羅の神文王の時に白蓮禪師が隠居していた場所に白い蓮の花が咲いたことから建てられたものであると伝えられおり、茂朱九千洞にあった14の寺院のうち唯一残っているものです。白蓮寺の入口にあるアーチ型の白蓮橋を渡り一柱門を通ると石の階段があり、その階段の上に大雄殿の建物が建っています。 その他の文化財では、梅月堂浮屠と静観堂浮屠、高麗時代に作られたとされる三尊石仏が有名です。
金日成の別荘として知られている「花津浦(ファジンポ)の城」は、1948年から1950年まで金日成と共産党の幹部がリゾートとして使用した建物です。花津浦の城の上がり口の階段には、1948年に当時6歳だった金正日がここで撮った写真や、金正日の家族が使用した応接セットなどの各種の遺品の模型が展示されています。花津浦の城の内部には、北韓関連の資料を始め、昔の別荘の写真、金日成の家族が使用していた応接セットなどの各種の遺品の模型が展示されています。
ELYSIAN江村カントリークラブ(エリシアンカンチョンカントリークラブ)は、江原道春川市南山面白にある27ホールのゴルフ場です。
全羅南道の順天市内にある興輪寺は、韓国の仏教曹渓宗華厳寺布教堂で市民の憩いの場である竹島峰公園に位置しています。1984年以前まで国弓矢場として使われていた所に新しく建物を移転し法堂を作り、釈迦牟尼仏を祀っています。近年作られた布教堂は城堡文化財などではありませんが地域に密着した存在で信者でなくても気軽に出入りすることができる所となっています。
釜山港沿岸旅客ターミナルは、釜山港にある旅客輸送用ターミナルで、釜山と済州を結んでいます。釜山駅と釜山港旅客ターミナルを循環する循環バスが運行されており、釜山都市鉄道「中央(チュンアン)駅」や「藍浦(ナンポ)駅」に隣接しています。
全長1.12kmを誇る丹陽江(タニャンガン)桟道は、これまで行くことができなかった南漢江(ナマンガン)縁の岩壁に張り出すように設置された遊歩道で、トレッキングのロマンや爽快なスリルを全身で体験できます。 丹陽江桟道からは南漢江の風景を一望でき、海外の有名観光スポットによくある桟道の韓国版ともいうべき散策路です。 近くには苔トンネル、満天下スカイウォーク、垂楊介先史遺物展示館、垂楊介光のトンネルなどの見どころも多く、観光・地質・歴史を同時に体験できる観光エリアとなっています。
韓国の無煙炭の生産の中心地だった咸白山のふもとにあるサムタンアートマインは石炭を運び出していた鉱山で芸術を生み出している文化芸術の空間です。全国的に文化芸術の空間はたくさんありますが、サムタンアートマインは実際に廃鉱をそのまま活用しているという店で特別です。1964年に開業し産業次代にのメッカとして反映し、2001年10月に閉業した炭鉱の躍動的でありながら、悲しい歴史のある場所です。
鉄原郡北方にあるこの白馬高地は韓国戦争(朝鮮戦争)当時、最も激しい戦場となった場所です。1952年10月6日空軍からの対空戦で10日間にわたる大血戦が繰り広げられた白馬高地戦闘は相互の砲弾落下30万発が炸裂し高地の所有者が24回も変わりました。この先頭で空軍は約14,000名あまりの死傷者を出したと言われています。砂埃と死体が入り乱れ悪臭が鼻を突き、砲撃などのせいで山が本来の姿を失ってしまいましたが、その姿がまるで白馬が寝そべっているように見えることから白馬高地と呼ばれるようになりました。