京畿道(利川市)

ソウルから約40分のところにある「芝山(チサン)メイプルコンドミニアム」は、地上4階・地下1階建て、客室55室を有し、企業の研修および青少年キャンプ施設をはじめとする、さまざまな施設を備えています。


釜山広域市(水営区)

釜山広安里にあるホテルキャッスルビーチは、海と広安大橋が一目で見渡せる風景が美しいホテルです。また、親切なサービスと高級な施設を備えた洋食レストランと、日本食レストラン(刺身屋)、カラオケ、韓食レストラン、コーヒーショップがあり、快適で高級な客室は、我が家のようにくつろげます。


慶尚南道(河東郡 )

慶尙南道 河東郡 岳陽面は、韓国の代表的な名山である智異山と、澄んだ水の蟾津江をいだいており、遠くの智異山の三神峯から流れおりる山脈が二つに分かれ、平野と村々を抱きかかえています。河東郡 岳陽面は茶と文学があり、その香りは都市に住む人々に郷愁を思いおこさせます。山の麓にある野生茶畑は1300年を越え、昔から河東の緑茶は王の緑茶として有名でした。また、朴景利の大河小説「大地」の舞台として有名で、崔参判宅、平沙里公園のような有名な名所の他にも隠れた名所や話があります。2001年から毎年秋に「土地文学祭」が開かれ、文化財は河東姑蘇城(史跡第151号)があります。このような点から河東郡 岳陽面は、2009年に煩雑な都心から抜け出し、ゆっくりと生きる事の美学を追求する「スローシティ(Slow City)」に韓国で5番目に指定されました。お茶の栽培地として、世界で初めてスローシティに指定され、河東の緑茶は2009年から世界スローシティ連盟総会の公式指定特産品になりました。


仁川(西区) , 仁川市街地

京仁アラベッキルのアラ仁川旅客ターミナル正西津一帯で正西津日の入祭り2015が開催されます。西海の新しい日の入りの名所である正西津の誕生を祝い、正西津を仁川を代表する日没の名所及び秋の観光コンテンツとして 定着させようと企画されたイベントです。京仁アラベッキルのアラ仁川旅客ターミナルのアラビッ島正西津一帯で式前公演と 共に正西津石碑除幕式、日没カウントダウン、有名芸能人が出演する正西津コンサート、花火など、様々なイベントが企画されています。


慶尚南道(統営市 )

2007年11月23日-統営市 霧田洞ターミナルを最後に新しい新都市、統営市 光道面 竹林洞に移転、拡大リニューアルし現在まで19の路線で高速バス、市外バスターミナルを運営しています。※ Gbus(全国市外バス案内) +82-2-2082-2637 www.gbus.co.kr


京畿道(楊平郡) , 楊平

京畿道の楊平郡にある山陰自然休養林は、2,140haにもなる広大な地に生い茂る森です。所々に美しい渓谷があり、素晴らしい景観が自慢です。林道、ウッドデッキ、ウォーキングコースがきれいに整備されており、自然休養林内のトイレや流し台、シャワー室などの施設も整っています。デッキの数も多く、キャンプ族からの人気を集めています。また、「森体験教室」が開かれており、解説者の説明を通して、森に関する様々な情報を知ることができます。休養林内にある森の中の家(32,000ウォン~70,000ウォン)、休養館、修練場(32,000ウォン~55,000ウォン)、野営デッキ(4,000ウォン)などの利用をご希望の方は、前月3日に先着予約となっています。+82-31-774-8133 (韓国語)


慶尚南道(河東郡 )

梅岩茶文化博物館のはじまりは、1963年、故・カンソンホ卿が茶園を建てたことに遡ります。単純に遺物を展示した博物館ではなく、参加者がお茶を見て、触れて、体験することでより深く理解できる機会を提供することを目的としています。 *開館日:2000年5月21日


忠清南道(舒川郡 )

韓国で唯一、日の出と日の入りを同じ場所で見ることのできる場所です。毎年、年末になると西海岸に沈む日の入りで日の出を1ヶ所で見るために各地域から多くの観光客たちが集まります。


大邱広域市(南区)

すべての料理が手作りで、50年余りの伝統を持つお店です。 大邱広域市のナム区に位置したピョンヤン冷麺専門店です。おすすめはピョンヤン冷麺です。


釜山広域市(金井区)

釜山の金井山(クムジョンサン:801.5m)の頂上に位置する金井山城(クムジョンサンソン)は、本来は東莱山城でしたが現在は金井山にあるということで金井山城と呼ばれています。金井山城 は長さ17,377km、城壁の高さ1.5m~3m 程で国内では最も規模が大きい山城。現在は約4kmの城壁だけが残っています。 築城年代は正確な記録がありませんが、 位置や規模からみて三国時代(高句麗、百済、新羅の3国が争っていた時代)に築城されたものと推測されています。現在の山城は肅宗(1703年)の時に作られたもので壬辰倭乱(1592-1598)の後日本の再侵入に備えて石を積み重ね始め1707年に建て直されたもの。1940年代には山城が荒廃しましたが、1971年、史跡第215号に指定された後、2年に渡り東、西、 南門を復元、現在も復元事業が進められています。山城には城門の上に建てた楼閣である門楼と遠くを見張るための楼閣である望楼があります。 金井山城は泉水がとても多く花崗岩地帶からは洞穴と大小の峰を見ることが出来ます。