ソウル(西大門区)

「シェフのグクスジョン(シェプエグクスジョン)」は、誰でも気軽に訪れることができる麺料理屋をテーマとしています。メインの麺料理以外にもチヂミや丼物などのメニューも用意されているため、老若男女問わず一緒に食事を楽しむことができます。プロのシェフにより作られた麺料理は、高級感がありながらも低価格なため、誰でも気軽に味わうことができます。また、積極的に新メニューの開発を行なっており、多様な顧客のニーズにも応え続けています。 


仁川(中区)

仁川中区のe-ホテルは、沿岸埠頭のすぐ前に位置しており、島への旅行を計画した旅行客が一度ぐらいはお泊りになるところ。 埠頭の前に立ち並んでいる刺身屋では、新鮮な活魚の刺身が味わえる喜びを与え、なおすぐ前で運行されている遊覧船は島への旅行までは計画してない旅行客たちに海への短い旅行の気持ちを感じさせてあげると思う。 そして仁川旅客ターミナルでは白翎島、延坪島、芍薬島向けの旅客船が定期的に運航される。


仁川(江華郡) , 江華島

伝燈寺(チョンドゥンサ)は、江華島の南側、鼎足山に位置する千年古刹です。高句麗の阿道和尚が建てたと伝えられており、高麗の忠烈王(在位:1274-1308)の貞和王妃が仏殿に玉燈を献納して以来、伝燈寺と呼ぶようになりました。 伝燈寺は大雄殿(宝物第178号)と薬師殿(宝物第179号)をはじめとし、見どころの多い寺です。特に、大雄殿には他の寺では見られない珍しい彫刻があります。軒下の裸体女人像と柱の上の人物彫刻がそうです。この人物彫刻には伝説があります。昔、大雄殿を建てる時に棟梁がふもと町の酒場の女性に心を奪われ、稼いだ金を女性に全部やったのに逃げられました。それで棟梁は病気になり、その仕返しに女性の裸の姿を徹夜で彫って、重い軒を支えさせたということです。 もう一つの見どころである薬師殿は、建物の中の彫刻が美しいことで有名です。天井は井の字型に設計し、その周りは豪華な彫刻と彩色を加え、蓮の花や飛天などが彫られています。寺の庭には中国、宋の国の梵鐘があります。全体の高さ1.6m、口径1mほどの小ぢんまりした鐘です。 伝燈寺は境内だけでなく、周囲の景観が美しいことで有名です。特に海が見下ろせる伝燈寺での朝夕の景色はたいへん壮観で、ここからの日の出は全国的に有名です。また、竹林茶院という喫茶店がありますので、疲れたときはここでちょっと一休みしてみるのもいいでしょう。


慶尚北道(慶州市 )


京畿道(水原市) , 水原


江原道(束草市) , 束草・雪岳山

江原道束草市尺山温泉地区に位置した尺山温泉休養村は名山である雪岳山と碧い東海海の間に位置しており、 地下4000mで形成された53℃の温泉水が湧出する温泉を運営してある雪岳山国立公園温泉休養地だ。 客室はベッドとオンドルと区分されており、ダブルベッド、ツインベッドなど多様なタイプで用意している。 各客室ごとに家族で利用できる施設を備えた風呂が整っており、暖かい温泉水を利用したお風呂も可能である。 また、温泉浴ができる銭湯施設と無公害の大豆料理専門の温泉食堂も一緒に運営している。 その他に企業研修やセミナー、婚約式、誕生祝い、同窓会など各種宴会や催し物が可能な宴会場や地域特産物のコーナー、マッサージ室などを利用することができる。


京畿道(坡州市 ) , 坡州(ヘイリ村)

世界民俗楽器博物館は国内で最初の世界の民俗楽器を集めた専門博物館です。アフリカの打楽器やイスラム、北東アジア、南太平洋に浮かぶ島など約70ヶ国500点以上の楽器を保有しています。ここでは楽器を見て実際に触って演奏することができばかりでなく、楽器を深く学ぶことができる文化芸術体験の空間でもあります。また、地域文化の理解を助けるために各地域の伝統的な衣装を着た人形や絵画などが並んでいます。


仁川(中区)

1957年に開業したお店で、この通りでは老舗の中華料理店として知られています。唐辛子入りチャジャン麺やなまこの揚げ物が人気メニューです。


済州道(西帰浦市) , 서귀포

中文海水浴場のすぐ側に作られた済州島ハイヤットリージェンシーは1985年に国内唯一のアトリウム様式で設計され、建物が吹き抜けの構造のためどの階からでも天井の先に済州島の空を見ることができるようになっています。


釜山広域市(中区) , 海雲台

チャガルチ市場は、釜山の代名詞と言っても過言ではないほど有名な水産市場です。チャガルチという地名はチャガル海岸からきているという説と、活魚の中でもチャガルチ(スズキの仲間)という魚を多く取り扱っていたからという説があります。チャガルチ市場の通り沿いでは各所でサバ、ホヤ、クジラなどを売る姿を目にすることができます。1980年創業の「新東亜水産物総合市場」1階では活魚の販売を行っており、新鮮な刺身を味わうこともできます。2、3階には乾物や海産物の販売、刺身店があり、新しいチャガルチ市場の名物として話題となっています。 チャガルチ市場周辺が現在のように発展したのは1889年に日本が自国の漁師を保護するため、近くに釜山水産株式会社を建てたのが始まりです。その周辺に商人達が集まりだし、チャガルチ市場の商人達も徐々に近代化を模索することになっていきました。1922年になると、釜山漁業共同組合が南浦洞に建物を建て、委託販売事業を始めたことによりチャガルチ市場の商人達が集まってきました。これにより、釜山の魚市場は北港の釜山水産株式会社と、南港の釜山漁業委託販売場に二分されましたが、その後釜山水産株式会社は韓国最大の魚市場である現在の釜山共同魚市場へと発展し、南港に漁に出ている零細漁船の漁獲物を取り扱う零細商人達が釜山漁協委託販売場の周辺に集まり、現在のチャガルチ市場となりました。