江原道(束草市) , 束草・雪岳山

江原道束草市にあるベニキアホテル山と海大浦港は、客室の窓から海と雪岳山が一望できる自然豊かなホテルです。くつろげる客室と広々としたロビー、スカイラウンジやカフェなどが完備されています。


京畿道(竜仁市) , 龍仁

京釜高速道路、嶺東高速道路の新葛分岐点の付近に位置しているので高速道路からアクセスしやすく、エバーランドや韓国民俗村、京畿道国楽堂、ナム・ジュン・パイク・アートセンター、京畿道博物館が徒歩2分のところにあります。ホテル前には烏山川が流れており、散策、ジョギング、サイクリングのようなレジャースポーツを楽しむのに適しています。


ソウル(瑞草区) , 江南・三成(COEX)

南部ターミナル、京釜高速道路瑞草ICと南部循環道路などが隣接しており観光客はもちろん、ビジネスマンにもお勧めで、韓国人のためのオンドル部屋をはじめとして60余りの快適で洗練された客室だけでなく、多忙なビジネスマンのためのお粥専門店とコーヒーショップ、1日のストレスを癒すルームクラブなどの付帯施設が備えられています。


全羅南道(高興郡 )

羅老宇宙センターの正面入口にある宇宙科学館は宇宙センターを訪問する人達のための施設で、大韓民国が開いていく宇宙時代のビジョンを提示するための造られた宇宙科学専門展示館です。87,000平方メートルの敷地面積に32種の動く体験展示物を含む90種類以上の展示品があり、3D立体映像館、4Dドーム映像館、企画展示室、カフェテリアなどの施設を備えた21世紀の大韓民国宇宙開発に対する広報および宇宙科学教育の場所としての役割を果たしています。


ソウル(鍾路区) , 仁寺洞・鍾路

ソウル市の中心である鍾路3街に位置するGSホテルは、きれいで安らかな休息の場所を目指し、旅行客に最上のサービスを提供しています。ロビーにあるフリーバーでは、トーストやコーンフレークなどの簡単な朝食サービスがあります。GSホテルは、鍾路3街駅と乙支路3街駅の真ん中に位置しており、アクセスがよく、景福宮、昌徳宮の後苑、ソウルタワーなどの観光地や免税店、南大門市場、明洞、東大門市場、博物館や仁寺洞などからも近くて便利です。


光州広域市(西区)

文化と芸術の都市、光の村光州の新生活中心地、尚武地区にあるフィレンチェ観光ホテルは、光州で出会う小さなヨーロッパで、都会の中の品格ある休息空間として位置づいています。 豊かな生活の余裕が感じられるよう、最新施設の客室は、ヨーロッパ風の現代的ながらもソフトさを強調したインテリアで、快適な休息とリフレッシュの時間を満喫するのに十分です。また宴会場ムグンファホールは、人生の喜びを共にする大切な集まりと高級なビジネスの集まりにぴったりです。


釜山広域市(東莱区)

東莱邑城址(トンネウプソンジ)は、東将台(トンジャンデ)がある忠烈祠(チュンニョルサ)の裏山から馬安山(マアンサン)を通り、西将台がある東莱郷校の裏山までの丘陵地や現在の東莱(トンネ)市街地中心の平坦な地域を一部含む典型的な平山城の形式で築城した城郭址です。東莱邑城は山城や平地の利点の双方を持つ、代表的な邑城でした。 高麗時代末期から朝鮮時代初期に築き上げられたものとみられる東莱邑城は、1592(宣祖25)年の壬辰倭乱(日本でいう「文禄・慶長の役」)の際、この地域を治める東莱府使・宋象賢(ソン・サンヒョン)公をはじめとする軍・官・民あらゆる人々が渾然一体となり倭軍に立ち向かい、壮烈な戦いが繰り広げられた壬辰倭乱初期最大の激戦地でした。 壬辰倭乱以降放置されていた東莱邑城でしたが、1731(英祖7)年、東莱府使の鄭彦燮(チョン・オンソプ)が国の要である東莱の重要性を鑑み、壬辰倭乱当時の邑城よりもさらに大規模な邑城を築きました。この時築城した邑城が現在までその痕跡を残している東莱邑城です。 東莱邑城には東門、西門、南門、北門、人生門、そして暗門があり、それぞれの門には門楼もあります。 東門には志喜楼(チヒル)、西門には心成楼(シムソンヌ)、南門には無憂楼(ムウル)、暗門には隠一楼(ウニルル)と言われる楼閣があります。 また重要な門楼であった南門には翼城(イクソン)を設け、前面に洗兵門(セビョンムン)、後方に朱鳥門(チュジョムン)を置く二重構造となっているほか、西門・暗門・北門には敵からの攻撃から守るため城門の前方に半円形の城郭を設けた甕城(ウンソン)の形式となっていました。ほかにも東莱邑城には、城内の高台に設けた建物で将帥が敵の動きを監視したり兵を指揮する為の指揮台・将台(チャンデ)、望楼(マンヌ)及び15の堡楼(ポル)などもありました。 日帝強占期(1910~1945年)になると、市街地計画という名目で西門から南門にいたる平地にあった城郭が撤去されたほか、南門から東門に至る城郭のあった場所にも民家が建てられ、結果、馬安山を中心とする山地にのみ城郭の姿がわずかに残るだけとなりました。 2000年代以降、東莱邑城内の敷地で行われた様々な工事の際の発掘調査により、壬辰倭乱当時の城郭の痕跡(朝鮮時代前期の邑城)や壬辰倭乱以降築かれた平地に築城された城郭の痕跡、そして朝鮮時代末期に修築された城郭を確認することができました。 これら発掘調査により、東莱邑城全体の正確な範囲、規模などが分かり、東莱邑城研究に多大な貢献をもたらしました。 釜山広域市では現存する城跡を中心に、毀損あるいは放置されたままとなっている城郭については発掘調査とともに補修・復元を今度とも推進する予定です。 <出典:釜山文化観光>


江原道(襄陽郡)

東海岸の三大海水浴場の一つである洛山海岸 (ナクサンヘビョン) は1963年に開場して以来、毎年夏になると多くの人々が訪れます。うっそうとした松林の奥の方に4キロメートルの白砂浜が広がっており、水深が1.5メートル ~ 70メートルと低めで、海水浴場としての条件も良いといわれています。さらに、海水浴場付近には関東八景の一つである洛山寺 (ナクサンサ) や義湘台 (ウィサンデ) などの観光地もあり、より一層人気を集めています。四季が美しい雪嶽山 (ソラクサン) も車で10分あれば行け、新鮮な海産物を楽しむことができる前津港 (チョンジンハン) も車で5分のところにあります。


江原道(原州市)

朴景利(パク・ギョンニ)文学公園は、小説『土地』の産室である朴景利の旧自宅を公園として造成したところです。敷地面積が3,200坪ほどあり、朴景利が『土地』を執筆していた旧自宅と庭園が当時のままに保存され、周辺には『土地』に出てくる背景をテーマにした3つの公園があります。


江原道(麟蹄郡)

百潭寺(ぺクタムサ)は、内雪岳にある代表的なお寺で、百潭渓谷の上方部に位置しており内雪岳を探訪する人々の目印にもなっています。新羅第28代真徳女王(在位647-654)の時代に慈蔵(590-658)によって建てられました。当初は寒渓寺と呼ばれていましたがその後、大青峰からお寺までの間に水たまりが100個あるということから百潭寺と名づけられました。数十回もの消失を繰り返してきましたが、1957年に再建され現在の姿に至っています。百潭寺は詩人であり独立運動家だった萬海・韓龍雲(1879-1944)が修行を積んだ場所としても有名です。また、全斗煥大統領夫婦はここで幽閉生活を送りながら懺悔をしたと言われています。百潭寺の前の渓谷の一角にある石の塔は、百潭寺を訪れた人々が願い事を込めて石を積んで行ったものです。