江原道(高城郡)

1958年、筋肉学を専攻したピエール・ダルファンにより考案されたフダルファンタッチを使用した顔面非対称トリートメントと、最上のエッセンスとコスメティックテクノロジーなど、東西洋の様々なプログラムを体験できます。また、テラピスト全員が関連学科出身で、肌の美容に関する国家資格所持者です。 


京畿道(南楊州市) , 南楊州

京畿道南楊州市榛接邑富平里にある光陵(クァンヌン)は朝鮮第7代世祖(1417-1468、在位期間:1455-1468)とその妃、 貞喜王后(1418-1483)尹氏の陵です。 光陵は王と王妃をそれぞれ別に奉安しました。左の封墳が世祖の陵で、右の封墳が貞喜王后の陵です。二つの稜の中間地点に一つの丁字閣を立てる形式で造られました。世祖は世宗と昭憲王后の間に生まれました。文宗が死に幼い甥の端宗が王位につくと1453年、癸酉靖難(政権を奪い取る目的で反対派を厳しく取り締まった事件)を起こし朝鮮7代王に即位しました。光陵周囲にはさまざまな生物の自生する森が形成されており、山林庁の研究機関が管理を行い、樹木園を造成しました。光陵は天然記念物第11号に指定されているキタタキの生息地として有名です。また、稜の周辺の森はチョウセンマツやモミ、マツ等の老木が広がり、ドライブコースとしても知られています。


京畿道(華城市)

京畿道華城市にあるパラン食塩温泉は、塩分の入った食塩泉。地下860mから湧き出る塩化物泉は、中生代の恐竜の残骸や地殻変動により、地中に溜まった古代の海水が混ざった化石海水であると推定されています。 ナトリウム、カルシウム、フッ素イオン、鉄など、健康に効く16種のミネラル成分を含有し、さらっとした感触が特徴です。また、石鹸の泡が立ちにくく、塩分が汗の蒸発を防ぐため、湯冷めしにくく、保温効果に優れていることで知られています。ロビーに食塩泉が湧き出るコーナーが設けられており、飲んだり、持ち帰ることができます。露天風呂は夏季のみ入浴可。


全羅北道(茂朱郡 )

茂朱九千洞・徳裕山国立公園内の茂朱リゾート付近に位置しており、ペンションの前には渓流があり、裏には美しい徳裕山が広がるなど、自然の美しい場所にあります。茂朱リゾートから車で7分のところにあり、徳裕山渓谷に沿っての登山など、レジャースポーツが楽しめます。屋外バーベキューや炊事ができ、企業や団体のワークショップ、家族連れの宿泊、合宿なども可能です。


京畿道(安養市)

サムウォンプラザホテル安養市内のショッピングメイン・ストリートのメッカにある新しいスタイルの一級ホテルで、ビジネスのための 最適の宿泊施設です。


済州道(西帰浦市)

大侑ランド(テユレンドゥ)は、1年中狩猟を楽しむことができる常設狩猟場です。また狩猟免許がない初心者でも狩りを楽しめます。ゆえに観光客が実質的に狩りを楽しめる唯一の狩猟場といえます。狩りに出る前に、必ず安全教育を実施し、4人で1チームで、ガイドが同伴します。100万坪の大草原にあるここは1年中いつでも狩りを学ぶことができます。特に、石畳の道といばらの薮をかき分けて楽しむキジ狩りは海外まで知られているぐらい有名です。狩猟場の外に野外射撃場も備えられており、拳銃から猟銃、クレー射撃に至るまで好きな銃を選び射撃練習もできます。射撃が終わった後、食堂では、部分別に手作りで揚げられたから揚げ、濃い肉のスープで薄切りの胸肉をさっとゆでて食べるシャブシャブを食べることができます。


慶尚南道(咸陽郡 )

上林公園は川岸と河川敷を保護するために作られた保安林で1,200年余りの歴史を持つ人工林です。咸陽では「故郷を忘れても上林は忘れない」という言葉があるほど上林公園は咸陽を代表する見所です。また、天然記念物第154号に登録されています。


ソウル(鍾路区) , 大学路・城北洞

韓国式洋食レストランです。代表的なメニューは手作りロースカツです。この店はソウル特別市のテハンノに位置した和食専門店です。


忠清北道(報恩郡 )

報恩は、隣接している槐山エリアと同じく山地が多いエリアです。三国時代の角逐の場だった忠清北道には、比較的山城が多く、その中でも韓国で一番立派な山城と言われているのが、この三年山城です。三年山城は、新羅慈悲麻立干13年(470)に建て始め、わずか3年で城を完成したことからその名がついたと言われています。その後、 炤知麻立干8年(486)にシルチュク将軍が、3千人を動員して改築したという記録が残っています。新羅が、西北地方で勢力を拡大するのに一番重要な前哨基地だったと考えられており、三国統一戦争の際、太宗武烈王(654~661、在位)が、唐の国使臣王文度をここで迎えたと言います。高麗太祖王建(918~943,在位)が、この城を占領しようとして大敗した場所です。韓国の一番代表的な石垣山城として評価されており、城の周りの長さは、約1.7㎞で、城壁の高さは13m、幅は8~10mです。この城には、西門•北門•東門跡があり、城壁のところどころには、曲城があり韓国の古代建築城法研究において非常に重要視されています。城内には、アマジと言う巨大な池があり、この周辺の岩壁には、玉筆、有似岩、アマジなどの字が刻まれていますが、金生の筆記体だと考えられています。


全羅南道(珍島郡 )

1929年ごろ金海金氏が済州島を訪れる際、この島がティブル(茅)で覆われていたことからティソム(茅島)と呼ばれるようになりました。茅で屋根を葺いた家が多かったことからティソムと呼ばれたという説もあり、現在では島名が漢字で表記し茅島(モド)と呼ばれています。