全羅北道(高敞郡 )

高敞支石墓博物館(コチャンゴインドルバンムルグァン)では、青銅器時代の各種の出土品や生活像、世界の支石墓文化を一目で見ることができます。常設展示館は、全体の展示空間に対する観覧情報と象徴展示空間で構成されています。テーマ展示室の展示内容をかいつまんで象徴展示とし、展示内容に対する関心や興味を起こさせます。象徴物の横には案内所や情報検索システムを設置し、写真情報を提供しています。展示館3階の体験空間では、火おこしや岩刻画描き、支石墓づくりなどを体験してみることができます。また、竪穴式住居の内部の模型が実物大で作られており、写真を撮ることのできるフォトゾーンが用意されています。展示館外部の広い野外空間には高敞青銅器時代の生活像を体験してみることのできるテーマ空間が造成されています。古代の生活像が見られる先史村と、支石墓の石を運んでみる石曳き体験コーナー、墓祭について知ることができる展示コーナーがあります。


慶尚南道(統営市 )

統営海底トンネルは統営と弥勒島をつなげるために建設された海底トンネルです。1931年から1932年まで1年4ヶ月にかけて長さ483m、幅5m、高さ3.5mで造られた東洋で最初の海底トンネルです。弥勒島は満ち潮の時には島になり、引き潮の時には歩いて行き来をすることができましたが、日帝強占期に日本の漁民たちが移住してきたことにより、移動に便宜を図るために海底トンネルを造ることになりました。トンネルの両側の入口に書いてある「龍門達陽」という文字は「島と陸地をつなげる海底道路の入口の門」という意味です。統営市内堂洞側のトンネルの入口に観光案内所があり、トンネルの内部には統営の観光名所を紹介するパネルが展示されています。    


慶尚北道(安東市 )


江原道(平昌郡)

江原道 平昌郡 大関嶺のアルペンシアリゾートビレッジ内にある「ホリデイ・イン アルペンシアリゾート平昌リゾート」は、ホテル&スパをコンセプトに構成された特2級ホテルです。総214室の客室を持つホテル本棟、客室ごとに高級スパ施設があるホテル別棟、カンファレンスセンターとして構成されています。2,200人を収容できる韓国最大規模の自然の中のビジネス空間であるカンファレンスセンターは、8個の同時通訳システムを持ち、大宴会場、劇場式の講堂など13室の会議室や宴会場があります。アルペンシアスパは最高級のスパ施設を持ち、専門セラピストの世界レベルのスパトリートメントやマッサージプログラムやサービスを受けられます。全てのトリートメントルームのマッサージテーブルは自然採光を利用した露天スパのようになっていて、特別な日のためのカップルスパ、ゴルフスパ、妊婦のためのスパなど多様なプログラムで生活に活力をプラスしてくれる新しいライフスタイルを提案しています。


忠清南道(扶余郡 )

「ロッテ扶余リゾート」は、敷地100万坪に文化と歴史体験、癒しと休養、スポーツとエンターテイメントなどファミリーで楽しめるテーマリゾートです。 環境の面から既存の扶余や近隣の公州地域に残された百済遺跡地に忠清南道が造成した歴史再現村と百済歴史文化館の連携として百済歴史文化観光団地が完成しました。


忠清南道(扶余郡 )

扶余には百済時代の古墳が点在しています。その中でも百済の王陵と伝えられている陵山里古墳(ヌンサルリ・コブン)は、規模が大きい数個の墓から成っており、保存状態が非常によい古墳です。古墳群の入口にある百済古墳模型展示館では、百済の古墳が実物大や模型で展示されており、百済の墓地を一目で見渡すことができます。そこから5分ほど内部に入って行くと、南向きにお椀を伏せたような古墳7個が、慎ましやかにその姿を見せています。古墳を横から見ると全て円形古墳で、内部は穴式石室墳になっています。陵山里古墳の1号墳では、百済の古墳ではほとんど目にすることができない四神図壁画が発見されました。古墳の内部に壁画を描くことは高句麗の文化で、壁画が描かれた時期に高句麗と百済の文化交流が活発に行われていたという事実を推測することができます。


全羅北道(群山市 )

仙遊島(ソニュド/ソンユド)はおよそ20の島々からなる古群山(コグンサン)列島の中央に位置し、群山(クンサン)港から約50キロメートル離れた離島です。西海(ソヘ)海域で最も人気の高い避暑地のひとつでもあります。 2017年12月、新侍島(シンシド)から巫女島(ムニョド)、仙遊島、壮子島(チャンジャド)を結ぶ古群山連結道路(総延長8.77km)が全面開通し、船に乗り往来していた古群山列島の島々は車で20分ほどで行き来できるようになりました。この連絡橋の開通により夏休みシーズンには多くの観光客が訪れるようになりました。 仙遊島及びその周辺の島々を旅する際に基点となるのが仙遊島の鎮里(チルリ)村です。素晴らしい砂浜で「明沙十里」とも言われる仙遊島海水浴場に隣接しており、同じ全羅北道(チョルラプクド)にある馬耳山(マイサン)のようにそびえる岩山・望主峰(マンジュボン)が目の前に見える村です。 学校、民泊、食堂、レンタル自転車店、商店、ノレバン(カラオケ)、キャンプ場などが軒を連ね、夏休みシーズンには村中がにぎやかになります。そんな喧騒から離れたいという方には自転車を借りて、物静かな雰囲気の漁港や村がある巫女島(ムニョド)や壮子島(チャンジャド)へ渡ってみたり、 望主峰の向こうの田越里(チョノォルリ)まで足を伸ばすのがおすすめです。田越里には大変広い葦原や景色の素晴らしい波に洗われた丸石が一面に広がる海岸があり、一見の価値ありです。 仙遊島には仙遊八景があります。その中でも飛びぬけて美しい絶景である望主峰は仙遊島のシンボルに他なりません。頂上に上ると仙遊島周辺の島々や海原が目の前に広がり、整然と眼下に広がる明沙十里海水浴場や海原に雁が舞い降りたような形で現れる砂州・平沙落雁(ピョンサナガン)の全景も大変よく見えます。 華麗さを超越し荘厳をも感じる仙遊島の日没は望主峰山頂のみならず仙遊島海水浴場などどこから眺めても大変感動的な風景です。


釜山広域市(東莱区)

東莱邑城址(トンネウプソンジ)は、東将台(トンジャンデ)がある忠烈祠(チュンニョルサ)の裏山から馬安山(マアンサン)を通り、西将台がある東莱郷校の裏山までの丘陵地や現在の東莱(トンネ)市街地中心の平坦な地域を一部含む典型的な平山城の形式で築城した城郭址です。東莱邑城は山城や平地の利点の双方を持つ、代表的な邑城でした。 高麗時代末期から朝鮮時代初期に築き上げられたものとみられる東莱邑城は、1592(宣祖25)年の壬辰倭乱(日本でいう「文禄・慶長の役」)の際、この地域を治める東莱府使・宋象賢(ソン・サンヒョン)公をはじめとする軍・官・民あらゆる人々が渾然一体となり倭軍に立ち向かい、壮烈な戦いが繰り広げられた壬辰倭乱初期最大の激戦地でした。 壬辰倭乱以降放置されていた東莱邑城でしたが、1731(英祖7)年、東莱府使の鄭彦燮(チョン・オンソプ)が国の要である東莱の重要性を鑑み、壬辰倭乱当時の邑城よりもさらに大規模な邑城を築きました。この時築城した邑城が現在までその痕跡を残している東莱邑城です。 東莱邑城には東門、西門、南門、北門、人生門、そして暗門があり、それぞれの門には門楼もあります。 東門には志喜楼(チヒル)、西門には心成楼(シムソンヌ)、南門には無憂楼(ムウル)、暗門には隠一楼(ウニルル)と言われる楼閣があります。 また重要な門楼であった南門には翼城(イクソン)を設け、前面に洗兵門(セビョンムン)、後方に朱鳥門(チュジョムン)を置く二重構造となっているほか、西門・暗門・北門には敵からの攻撃から守るため城門の前方に半円形の城郭を設けた甕城(ウンソン)の形式となっていました。ほかにも東莱邑城には、城内の高台に設けた建物で将帥が敵の動きを監視したり兵を指揮する為の指揮台・将台(チャンデ)、望楼(マンヌ)及び15の堡楼(ポル)などもありました。 日帝強占期(1910~1945年)になると、市街地計画という名目で西門から南門にいたる平地にあった城郭が撤去されたほか、南門から東門に至る城郭のあった場所にも民家が建てられ、結果、馬安山を中心とする山地にのみ城郭の姿がわずかに残るだけとなりました。 2000年代以降、東莱邑城内の敷地で行われた様々な工事の際の発掘調査により、壬辰倭乱当時の城郭の痕跡(朝鮮時代前期の邑城)や壬辰倭乱以降築かれた平地に築城された城郭の痕跡、そして朝鮮時代末期に修築された城郭を確認することができました。 これら発掘調査により、東莱邑城全体の正確な範囲、規模などが分かり、東莱邑城研究に多大な貢献をもたらしました。 釜山広域市では現存する城跡を中心に、毀損あるいは放置されたままとなっている城郭については発掘調査とともに補修・復元を今度とも推進する予定です。 <出典:釜山文化観光>


全羅北道(鎮安郡 )

現在、銀水寺は曹渓宗団に属していますが朝鮮時代初期は上院寺と呼ばれ、朝鮮19代目王の粛宗の時に上院寺は無くなり寺址だけが残っていましたが、その後誰かが庵を建て正明庵と名づけました。正明庵が荒廃し無くなった後の1920年に再建され、この時に銀水寺と命名されました。銀水寺の名前の由来は、朝鮮1代目王の太祖がここを流れる水を飲んだ際に、水がまるで銀のように清くきれいであると言ったことから付けられたと言われています。 銀水寺には国内最大の法鼓(1982年作成)が所蔵されています。また、朝鮮初期に作成されたものと推測される石像の三神ハルモニ像が上院寺址から出土しました。さらに、銀水寺の境内には天然記念物の馬耳山ツルマサキ群落(天然記念物380号)と、銀水寺青実梨の木(天然記念物386号)の2つの天然記念物があります。梨の木の中でも特に味の良い実がなるという青実梨の木ですが、改良梨の流通により最近ではあまり見かけられなくなりました。 逆向きにできる氷柱は馬耳山の至るところで見られる光景ですが、特に銀水寺付近で際立っています。


ソウル(中区) , 乙支路・忠武路・南山

ソウル特別市中区退渓路(テゲロ)に位置するロワジールホテルソウル明洞は、地上18階地下7階の規模を誇る都心のホテルです。総客室数619室を誇り、スタンダートダブル/ツイン、スーペリアツイン、デラックスツインなど南山(ナムサン)とソウル都心を一望できるさまざまなタイプの客室があります。 ロビー案内デスクの向かいには無人ロッカーがありますので、ご利用いただければより便利に観光やショッピングをお楽しみいただけます。またビジネスのお客様向けにビジネスセンターのほか、セミナー室もご用意しております。 ロビー階には朝食をお楽しみいただける広いレストランやコーヒーを味わい憩いのひとときをお過ごしいただけるカフェもあります。ショッピングのメッカ・明洞の中心街にあり、ソウル地下鉄4号線明洞駅とも直結しており、どこよりもアクセスがよい便利なロケーションにあります。