忠清南道()

ここは大田・忠清道で最も有名な豚のカルビ(テジ・カルビ)のお店です。このお店の特徴は、炭火で焼いて出てくる豚のカルビです。洋服に焼肉のにおいが染みこまず、肉を焼くと苦労もいりません。他のお店と比べて甘さを抑えた味が特徴で、肉質も柔らかく、炭火の香りが溶け込んだカルビの味をご堪能いただけます。さらに、この店の大根入り水キムチのそうめん(トンチミ・クッス)は、豚のカルビと一緒に食べると、最高の逸品といえるでしょう。


慶尚南道(金海市 )


ソウル(鍾路区)

ソウル鍾路に位置したモーテルゼロは、鍾路5街駅から徒歩で10分の距離にあって大衆交通を利用する旅行客に便利である。 ソウルの有名観光地として景福宮、徳寿宮、南大門、東大門、仁寺洞などがある。またその周りの有名なデパートや店免税店などはショッピング天国で、おいしい食べ物で有名な周りのレストランもここを訪れた旅行客に新しい思い出になれると思う。


ソウル(鍾路区) , 仁寺洞・鍾路

韓屋体験ゲストハウス・風景(プンギョン)は2016年春にオープンしました。 青い松が描かれた外壁が趣あるゲストハウスです。閂(かんぬき)のある大門を開け中に入ると、風雅な中庭が目に入ります。木製の縁台と椅子はここ「風景」に泊まる宿泊客のいわば小さな応接間。 韓屋体験ゲストハウス・風景は韓室と洋室両方があるゲストハウス。韓室に馴染みがない外国からの宿泊客への配慮から洋室も準備しています。2つの客室にベッドがあり、朝食が提供されるキッチンにも食卓があります。 朝食は韓食で、オーナー自ら淹れてくれる伝統茶もあります。 夜は韓屋を管理する人はいなくなり、この韓屋の中には宿泊客のみとなります。知人同士で集まりゲストハウス全体を借り上げみんなで楽しい時間を過ごすのに最適です。


忠清北道(陰城郡 )

玫瑰博物館は甘谷聖堂内にあります。100年以上の悠久な歴史が自慢である聖堂として文化財に指定された大聖堂をはじめ、中部地方最初の石造建物である司祭館と多くの歴史的な史蹟および貴重なカトリック遺物がありましたが、放置されていました。100周年を記念して歴史的な遺物を整理して、現在は後世に残すため、また甘谷聖堂を訪れる人々に公開して教育の場として利用されています。


全羅南道(宝城郡 )

カンゴル村では「伝統家屋で過ごす特別な一夜」を体験することができます。行政区域上は全羅南道の宝城郡得粮面五峰里ですが、カンゴル村とも呼ばれ、体験村に指定されてからは得粮村とも呼ばれています。カンゴル村は光州李氏の集成村です。 朝鮮時代の韓屋村の姿が現在までそのままの形で残されている例は珍しく、このカンゴル村はそんな数少ない村のひとつです。この村の伝統家屋はほとんどが19世紀以降、光州李氏の一族が建てたものであり、30棟余りが村の裏山の五峰山を背にむつまじく寄り集まっています。村のあちこちには既に老木となった桜の木、木蓮、ざくろの木などが村を見守っています。家と家の間はツタと竹で覆われた石垣でつながっており、典型的な昔の村の雰囲気を残しています。


慶尚北道(青松郡 )

松韶古宅は、朝鮮・英祖(1694~1776 在位 1724~1776)の時代、沈琥澤(シム・ホテク)が建てた韓屋で、国指定の重要民俗資料第250号に指定されています。 松韶古宅はうっそうとした森に囲まれており、7つの棟に99の部屋があります。正門から入ると紅葉や松の木、花壇が中央にあり、大小のサランチェ(お客さんを迎える部屋)に分かれています。その後ろに典型的な「ㅁ」の形をした母屋があります。このように松韶古宅は、独立した空間が広いうえに区分されており、朝鮮時代の上流住宅の特徴をよく現しているといえます。 左側には離れが別にあり、古宅で一泊しようとする旅行客のためにきれいに補修されています。 ここでは伝統韓屋のひっそりとした雰囲気が味わえるだけでなく、チェギチャギ(羽蹴り)や投壷(トゥホ) などの5種類の民俗遊びも楽しめます。


忠清南道()

碑岩寺(ピアムサ)は京釜線の全義駅から南に10kmほどのところにあります。記録が残っていないため正確な創建年度を知ることはできませんが、一説では2000年前といわれています。また、忠清南道地方文化財に指定されている碑岩寺の極楽宝殿や三層石塔から、高麗時代中期に創建されたのではないかとも推測されています。 極楽殿の前にある高さ3mの三層石塔の上部から四面群像が見つかり、広く知られるようになりました。この石像のうち、国宝第106号の「癸酉銘全氏阿弥陀仏三尊石像」、宝物第367号の「己丑銘阿弥陀如来諸仏菩薩石像」、宝物第368号の「弥勒菩薩半迦石像」は国立中央博物館に保存されています。


京畿道(始興市)

月串(ウォルゴッ)の串(ゴッ)は「海に向ってひょこっと飛び出ている土地」という意味で、ここに住む人々の間では月串を通称「達月(タロル)」と呼んでいました。朝鮮時代には各道に水軍の陣地が設置されその水軍を統帥する大将・水軍万戸がこの場所にいたことからも軍事上の要所として重要視していたことがわかります。 1991年までは海洋資源の宝庫と呼ばれるほどの自然がたくさん残る干潟しかないところでしたが、始興市が564,938平方メートルに及ぶ干拓地埋立事業(1992年8月~1996年12月31日)を実施したことにより、この地域が新しい海洋レジャーのメッカとして脚光を浴び、刺身店や海産物店およそ230店舗をはじめさまざまな施設が立ち並ぶようになり活気づきました。 月串浦口の港は韓国の西海岸の特徴である潮の干満の差が激しいところで、主に満潮の前後に漁船が行き来しています。このような港が近くにあり、いつでも水揚げされたばかりの天然物の鮮魚を味わうことができるのも月串ならではです。数多くの刺身店がありますがどこに入っても店それぞれの特徴があり、また近くの魚市場ではいつも新鮮な鮮魚を買い求めることができ、価格や鮮度の面でも他の地域とは比較にならないほど安く鮮度も抜群です。そのため本物の刺身の味を知っている人の穴場的存在になっています。 ソウル汝矣島(ヨイド)から車で1時間ほどの距離で、豊富で新鮮な鮮魚を味わえる所・月串は都会生活でたまったストレスを解消し、リフレッシュしたい人におすすめしたい場所です。