蔚山広域市(中区)

1922年玉橋市場(オッキョシジャン)として誕生して以来、80年以上もの間、この場所で人々の哀歓とともに時代を歩んできた蔚山(ウルサン)中央市場。この蔚山中央市場は、お客様のご満足を第一にお迎えする市場です。 世界的な不況の中でも、数多くのお客様のご利用とご愛顧を頂き、婚礼用品関連をはじめカーテン、食器、祭祀用品、衣類など多彩な商品を取り扱っている市場です。 韓国で最長を誇るアーケード施設がある蔚山中央市場では、毎週月曜日を除き、午後7時から夜中0時まで夜市場を開催しています。およそ30ほどのグルメをご用意、ファミリーレストランでの経験があるシェフ、料理学校講師、そして未来を担う若手シェフが味を競い合っています。


全羅南道(潭陽郡 )

古宅ハノゲソはアジア初のスローシティに指定された潭陽郡昌平面のサムジネ村にある伝統家屋です。庭を中心として古宅やピョルチェ(離れ家)、サランチェ(別棟)、アンチェ(母屋)が配置されており、昔の田舎の情趣が感じられる15室の客室が用意されています。周辺観光地には瀟灑園や松江亭、竹緑苑、潭陽メタセコイアキルなどがあります。


大田広域市(中区)

太平(テピョン)伝統市場は、大田(テジョン)広域市中区(チュング)太平1洞にある在来市場で、1980年代に開設され現在に至っています。 近年、大田広域市中区庁により伝統市場の活性化事業を積極的に展開、市場を訪れる人々の増加を目的にアーチ型の広報オブジェを設置するなど、伝統市場の新たな跳躍を図っています。 太平伝統市場にはおよそ118の店舗ががあり、各店舗の情報は公式ホームページでご確認いただけます。


全羅北道(全州市 )

1979年、全羅北道(チョルラプクド)全州市(チョンジュシ)八福洞(パルボクドン)に設立されたSOREX(ソレックス)の工場は、韓国でカセットテープが普及しはじめた時期にカセットテープを製造、アジア各国に輸出していた場所。 しかし、新しい音楽媒体・CDの登場によりそのマーケットは縮小、工場は閉鎖に追い込まれました。工場閉鎖から25年間、新しい家主も決まらないまま忘れ去られていたこの工場は、芸術の力で、日の目を見ることになり、新たな芸術を生み出す文化プラットフォーム・八福芸術工場として再スタートを切りました。 80年代SOREXブランドのカセットテープを製造し、大韓民国全国、そしてアジア各国に出荷・輸出したように、工場から再生した八福芸術工場は、現在、地元・全州(チョンジュ)の芸術的生命力とその復元力を、芸術家に託す実験的芸術創作の拠点空間として生まれ変わっています。 ここ八福芸術工場はやがて、あらゆる芸術家にとって心の故郷となることでしょう。 [出典:八福芸術工場]


忠清北道(清州市 )

* 災いを救った幢竿、龍頭寺址鉄幢竿 * 1962年12月20日、国宝第41号に指定された清州(チョンジュ)龍頭寺址(ヨンドゥサジ)鉄幢竿(チョルダンガン)。 花崗石で作られた基礎となる支柱は高さ4.4m、その上に立てられた鉄幢竿の高さは12.7m、繋ぎ合わされた鉄幢竿ひとつひとつを構成するそれぞれの鉄筒の高さは63cm、鉄筒の直径は40cmとなっています。 幢竿(タンガン)は寺で祈祷や法会などが行われる際に掲げる旗・幢を挿す柱のことをいいます。 新羅時代以降、寺を建立する時にはこの幢竿が数多く設置されましたが、現在ではほとんどの場合、石で作られた支柱を残すのみとなっており、旗を挿す部分の幢竿は無くなってしまっています。 鉄幢竿としては宝物第256号・公州(コンジュ)甲寺(カプサ)の鉄幢竿や京畿有形文化財第39号・七長寺(チルジャンサ)幢竿、そしてこの龍頭寺址鉄幢竿の三つを残すのみとなっています。 幢竿の支柱は花崗石で作られ、二つの支柱が向かい合って立っています。その間に円筒形の20の鉄筒を縦につなぎ合わせ鉄製の幢竿を作り、立てました。 石造りの二つの支柱の外側の中央には縦にくっきりとした線を刻み込み、単調にならないように変化を与えたデザインとなっており、また支柱の一番上には幢竿を固定する仕掛けを設け、幢竿がゆれないよう工夫が凝らされています。 特に鉄幢竿の下から三つ目の鉄筒に鉄幢竿を立てた経緯やその過程が刻まれています。 この銘文によれば962(高麗光宗13)年に建立され、元々幢竿は30の鉄筒を繋げて作られていたということです。 * 龍頭寺址鉄幢竿にまつわる言い伝え * 鉄幢竿にはこんな逸話が後世に伝えられています。 その昔、清州は洪水が頻繁に発生し、庶民が度々被害を被っていました。そんなある日、とある占い師が大きな帆柱を立てれば、このあたりが船の形になり災難を逃れることができると語り、その言葉をきいた人々は帆柱の役目を果たしてくれる幢竿を立てました。 すると立てるやいなや、それ以降清州の町を洪水が襲うことはなくなりました。この時から人々は清州を舟城(チュソン)と呼ぶようになったといいます。


全羅南道(木浦市 )

2012年に完工した木浦大橋(モッポテギョ)は、全長4,129m、幅35m~50mの往復4車線の車道があり、木浦北港と高下島(コハド)を結ぶ橋梁です。 夕方になると飛翔する鶴の翼のように美しい木浦大橋と夕陽があいまり、素晴らしい風景となります。 木浦大橋は、木浦市内を走る国道1号線の自動車専用の橋梁で、木浦市内の陸地側・竹橋洞(チュットドン)と儒達洞(ユダルドン)、高下島、そして今では高下島と陸続きとなっている許沙島(ホサド)を結び、木浦新外港や西海岸高速道路とつながる木浦の交通の要所です。 主塔と斜張橋のケーブルの形は、木浦の市鳥となっている鶴が二匹、木浦の海に飛んで行く姿を形状化したものです。


慶尚北道(清道郡 )

雲門山(1,188m)は嶺南アルプスを形成している1,000級の7つの山のひとつです。山勢が雄大で木々が生い茂っており登山客が多く訪れる山です。頂上からの展望は南側の向かい側に天王山のススキ畑が見え、東側には加智山に続く稜線が見えます。ここには雲門寺をはじめ、大小様々な寺や庵子があります。 雲門寺 雲門山の北側の麓にある寺院で新羅真興王18年(557年)に神僧が創建し、円光法師、宝襄国師、円應国師、一然禅師が続いて修復をしてきました。壬辰倭乱の時に一部の建物が焼失しましたが、五百羅漢殿、観音殿などが昔の姿のままで保存されています。ここには宝物第193号である金堂前石燈をはじめ、7点を保管しています。すべて新羅・高麗時代のもので由緒正しい場所です。


全羅南道(海南郡 )

全羅南道海南の頭輪山のふもとにある薛芽(ソラ)茶園は、茶文化を守ろうとする人々によってつくられたところです。ここの主人が1996年に海南の大興寺で出会った僧侶から「地元の茶文化を受け継ぐ人がいない状況を懸念している」と聞き、これをきっかけに茶園が始まりました。一緒に茶を学んでいた9人が海南に集まって茶畑をつくり、家を建て、茶に関心のある人々が薛芽茶園に訪れるようになりました。遠くから訪れた人が泊まるところがなかったため、石の家や土の家、アースバッグハウスなど、8棟の家屋を作り上げました。韓屋は2003年に文化空間とともにつくられ、そのうち3部屋を韓屋ステイとして運営しています。