釜山広域市(機張郡)

1967年に旧・迎賓フェッチプとして営業をはじめた「コモクトンネ」は、七岩里の刺身屋としては元祖といえます。現在も変わらぬ味を提供しており、長い伝統を誇るアナゴの味を堪能できるお店です。


ソウル(中浪区)

忘憂里(マンウリ)公園は、東亜日報1933年2月2日付記事「弥阿里(ミアリ)共同墓地がしばらくして満杯となることに備えて、京畿道(キョンギド)忘憂里の林野およそ70万坪を京城府の共同墓地として決定した」、同1935年10月24日付記事「梨泰院(イテウォン)の共同墓地を宅地化するため、37,000基あまりのうち縁故者がある墓は忘憂里に移葬し、無縁故の墓は新寺里(シンサリ)で火葬することとした」という当時の新聞記事からも分かるように、忘憂里の忘憂山を1933年から現在のソウル市の共同墓地として利用したのがその始まりです。 その40年後の1973年3月25日には、およそ28,500基の墓で一杯となり、墓を増やすことは禁じられ、改葬や埋葬された遺骨を整理した結果、2018年12月現在で7,425基まで減り、今後も墓の数は減少していくものとみられます。 ちょうどこの改葬を行った時期に、韓国を代表する著名な独立運動家・島山(トサン)安昌浩(アン・チャンホ)、 植民地時代に東亜日報社長を務め教育家・政治家などとしても活躍した古下(コハ)宋鎮禹(ソン・ジヌ)、国楽の名唱・林芳蔚(イム・パンウル)、愛国志士・趙鐘完(チョ・ジョンワン)、独立運動家・朴賛翊(パク・チャニク)、文学評論家・白大鎮(ペク・テジン)などの墓も改葬され、国立墓地や市立公園墓地に埋葬されました。 1992年2月にはここに眠っていた児童文学者・方定煥(パン・ジョンファン)、言論人・呉世昌(オ・セチャン)、僧侶で詩人の韓龍雲(ハン・ヨンウン)、独立運動家で政治家の曺奉岩(チョ・ボンアム)、医師で国語学者の池錫永(チ・ソギョン)、独立運動家・文明煊(ムン・ミョンフォン)、言論人で政治家としても活躍した張徳秀(チャン・ドクス)など7人の年譜碑を地元・中浪区(チュンナング)により散策路を中心に建立、続いて1998年2月には、詩人・朴寅煥(パク・イナン)、学者・言論人の文一平(ムン・イルピョン)、教育者・徐丙浩(ソ・ビョンホ)、独立運動家・徐東日(ソ・ドンイル)、独立運動家・呉哉泳(オ・ジェヨン)、独立運動家・徐光朝(ソ・グァンジョ)、独立運動家の劉相奎(ユ・サンギュ)、医師で独立運動家の呉兢善(オ・グンソン)など8人の年譜碑が追加で5.2Kmの散策路に建てられました。 これまで忘憂里市民公園には、3.1独立運動を主導した万海(マンへ)韓龍雲などをはじめとした17人の著名人が埋葬されている墓地として知られていましたが、各マスコミの人名録や独立有功者功勲録を中心にソウル市施設管理公団葬墓文化センターの故人検索を元に、墓をひとつひとつ実際に確認し、17人以外にも小説家・桂鎔黙(ケ・ヨンムク)をはじめ10人の著名人が埋葬されていることが新たに分かりました。 <出典:ソウル市中浪区庁>


慶尚北道(高霊郡 )

ケシル村は朝鮮時代中期、嶺南士林派の宗祖である佔畢斎・金宗直(キム・ジョンジク)先生の子孫が作り上げた善山金氏(ソンサン・キムシ)の集姓村です。 およそ360年の伝統を受け継ぐ村で、民俗資料62号佔畢斎宗宅、文化財資料第111号道淵斎(トヨンジェ)、市道有形文化財第175号佔畢斎文集冊板及び彛尊録などの文化財を保存しています。 ケシル村にはおよそ60世帯がいまもなお住んでおり、土塀や韓屋を復元・補修しつつ韓屋村を今に伝えています。 村の共同運営により、韓屋宿泊体験、農産物栽培、伝統礼節及び伝統遊びなどの体験プログラムを実施しており、訪れる人々に農村体験の場を提供しています。 ハドン宅(ハドンテク)は梅室と竹室の2室がある韓屋です。梅室には台所とトイレが完備しており、竹室は外部共用トイレと台所を利用できます。きれいに手入れされた中庭やこじんまりとした韓屋の趣が感じられる素晴らしい韓屋です。 ケシル村の韓屋体験はケシル村営農組合法人が一括管理・運営しています。


全羅南道(潭陽郡 )

全羅南道潭陽郡昌平スローシティ内に位置する「メファナムチプ(梅の木の家)」は韓屋体験宿泊施設です。 宿泊料には朝食が含まれており、ヌルンジ(おこげ)と季節の食材を使った手作りのおかず、養鶏場から直送した卵で作ったたまご蒸しなどが提供されます。 オーナーは農村教育農場をともに運営しており宿泊客は体験料が割引になります。また、予約時に問い合わせれば農場散歩、卵収穫、犬と散歩なども楽しめます。


全羅南道(木浦市 )

* 高下島展望台 名将・李舜臣(イ・スンシン)公が鳴梁大捷(ミョンニャンデチョプ=1597年)の海戦で日本に勝利し、その後106日間にわたり李舜臣率いる水軍の艦隊を整備するため駐屯した高下島(コハド)。 その李舜臣公の功績と志を称えるため、「板屋船模型」十三隻を格子型に組み上げたような形の建物を建て展望台にしたのが、ここ高下島展望台です。 * 高下島海岸デッキ 高下島海岸デッキは、総延長1080mの全区間が海の上に設置された遊歩道です。 高下島海岸デッキからは、高下島の海岸にある自然の絶景・海食崖や木浦の海辺を眺められるほか、涼しげに広がる木浦の蒼い海原、標高228Mの木浦を代表する儒達山(ユダルサン)、多島海の関門であり浪漫の港・木浦港(モッポハン)、そして沈む夕陽が美しく夜景の名所でもある木浦大橋の風景もお楽しみいただけます。 海の上を歩いているかのような海辺の道・高下島海岸デッキ。美しい自然の風景、そして海岸の絶景を海と陸地から同時に鑑賞できる高下島ヨンオルムキル海岸デッキにぜひお越しください。


慶尚北道(蔚珍郡 )

慶尚北道蔚珍郡白岩温泉観光特区内にある白岩スプリングスホテルは由緒あるホテルです。 1930年、白岩旅館として開業し、その後ペクチョンホテル、スプリングスを経て現在の白岩スプリングスホテルとなりました。 周辺に越松亭、望郷亭、聖留窟など主要観光スポットが30分圏内にあり、ホテルの後方には白岩山が聳え、素晴らしい登山コースもあります。 また原始林に近い神仙渓谷もあり、一年を通じて登山客や観光客がひっきりなしにやってきます。客室は韓室と洋室があり、部屋のタイプや大きさも多彩で、御予算と好みに合わせてお選び頂けます。 白岩温泉は平均水温50度の天然のアルカリ性温泉で、ラジウム成分を含み自律神経機能強化、心臓及び中風、肝機能回復に効果があると言われています。


京畿道(安城市)

家畜と共感する農場体験安城ファームランドは牧場生活を体験できる場所です。牛・羊・ガチョウ・豚・ロバなど25種類の家畜を触ったり、餌をあげたりでき、動物たちと仲良くなれる場所です。様々なプログラムのほか、遊戯施設、アトラクション施設などもあり、お子様連れでのご利用におすすめの場所です。


全羅北道(高敞郡 )

店名にある「風川」とは地名ではなく、潮の満ち干きが激しい西海岸や南海岸に接した川の中でも、淡水と海水が出会う場所を指す言葉です。このような場所は波が立ちやすく、強い風が吹くと言うことから「風川」と呼ぶそうです。高敞の干潟風川ウナギは、風川で獲れるウナギ料理店の中でも、全羅道で一番有名です。海水と淡水が出会う干潟でエサを与えずに育てたウナギなので、他のウナギに比べて優れて歯ごたえが良いのが特徴です。干潟で獲れた脂ののった淡白なウナギを、適度に甘辛い醤油のたれにつけて食べると、お口の中に美味しさが広がります。


全羅北道(群山市 )

全羅北道(チョルラプクド)群山市(クンサンシ)中央路(チュンアンノ)にある李盛堂(イソンダン)は大韓民国でいまなお残る最古の老舗製パン店です。李盛堂を代表するパンはアンパンと野菜パン。毎日決まった時刻に焼きたてのパンが店頭に並びますが、この人気の2つのパンを買い求める客で別途行列ができるほど人気があります。行列が長くなると、1人当たり購入できるパンの個数制限が行われることもあります。この人気のパン以外にも、サンドイッチやミルクシェイクなども人気を博しています。


江原道(三陟市)

「濬慶墓(チュンギョンミョ)」は、三陟市 未老面 活耆里にある朝鮮1代目王の太祖の5代祖の墓で、陽茂将軍の墓として1899年に永慶墓と共に修築され祭閣と碑閣が建てられました。特に、周辺には青々とした松林が広がっており、森林浴を楽しむのにも最適で、近くには観光農園もあります。毎年4月20日には全州李氏の一族により祭祀が執り行われます。