ソウル(江南区) , 江南・三成(COEX)

さまざまなブランドのジュエリーやウォッチなどとの出会いの場となる「韓国ジュエリーフェア」は、徹底した保安管理のもとで特別運営される名品館、アート&ジュエリー、デザイナー館、ジュエリー・ファッションショー、ジュエリー・オークションなどの多彩なコンテンツで構成されています。また、外国人訪問客のためのコンシェルジュ・サービス、VIPラウンジ、通訳、Tax Refund(事後免税)制度などのサービスが用意されています。


京畿道(坡州市 )

ヒルズ・ホテルは京畿道坡州市の統一東山に位置しており、天然大理石で造られている客室は大理石の長所である湿度調節が自然に行われ、常に快適な環境を維持させるようにすることで旅行客の健康まで考えた。 高級な寝具や大型バスタブに至るまで、お客様が安らかに休めるように最善を尽くしている。 体が癒される空間はヒルズ・ホテルであるなら、周りの美しい景色は心を安らかに癒してあげるのに十分である。


京畿道(竜仁市) , 龍仁

美しく幻想的なイルミネーションでロマンチックな雰囲気を演出する「ロマンチックイルミネーション」が、2016年11月12日(土)から2017年3月1日まで110日間開催されます。


釜山広域市(金井区)

釜山の金井山にある梵魚寺(ポモサ)は、海印寺と通度寺 と合わせて慶尚道を代表する3大寺院に数えられています。梵魚寺のテンプルステイは、参禅を重視しており、体験型テンプルステイでは礼仏、108拝、茶道、参禅などがプログラムに組まれています。休息型テンプルステイでは参禅、僧侶との茶談など休息をとりながら修業を気軽に体験することができます。釜山市街地からも近いため、テンプルステイと合わせて釜山駅から循環運行するシティツアーバス等を使い、釜山観光も楽しむことができます。    


慶尚北道(安東市 )


全羅北道(鎮安郡 )

現在、銀水寺は曹渓宗団に属していますが朝鮮時代初期は上院寺と呼ばれ、朝鮮19代目王の粛宗の時に上院寺は無くなり寺址だけが残っていましたが、その後誰かが庵を建て正明庵と名づけました。正明庵が荒廃し無くなった後の1920年に再建され、この時に銀水寺と命名されました。銀水寺の名前の由来は、朝鮮1代目王の太祖がここを流れる水を飲んだ際に、水がまるで銀のように清くきれいであると言ったことから付けられたと言われています。 銀水寺には国内最大の法鼓(1982年作成)が所蔵されています。また、朝鮮初期に作成されたものと推測される石像の三神ハルモニ像が上院寺址から出土しました。さらに、銀水寺の境内には天然記念物の馬耳山ツルマサキ群落(天然記念物380号)と、銀水寺青実梨の木(天然記念物386号)の2つの天然記念物があります。梨の木の中でも特に味の良い実がなるという青実梨の木ですが、改良梨の流通により最近ではあまり見かけられなくなりました。 逆向きにできる氷柱は馬耳山の至るところで見られる光景ですが、特に銀水寺付近で際立っています。


忠清南道(扶余郡 )

扶余には百済時代の古墳が点在しています。その中でも百済の王陵と伝えられている陵山里古墳(ヌンサルリ・コブン)は、規模が大きい数個の墓から成っており、保存状態が非常によい古墳です。古墳群の入口にある百済古墳模型展示館では、百済の古墳が実物大や模型で展示されており、百済の墓地を一目で見渡すことができます。そこから5分ほど内部に入って行くと、南向きにお椀を伏せたような古墳7個が、慎ましやかにその姿を見せています。古墳を横から見ると全て円形古墳で、内部は穴式石室墳になっています。陵山里古墳の1号墳では、百済の古墳ではほとんど目にすることができない四神図壁画が発見されました。古墳の内部に壁画を描くことは高句麗の文化で、壁画が描かれた時期に高句麗と百済の文化交流が活発に行われていたという事実を推測することができます。


ソウル(鍾路区) , 仁寺洞・鍾路

熙政堂は正面11間、側面5間、単層八作瓦屋根の建物です。朝鮮時代後期に国王が日ごろから住んでいた場所です。昌徳宮の寝室である大造殿のすぐ前にあり、大造殿と同じ高さの基壇の上に建てられました。本来は昌徳宮の創建の時に建てられましたが1917年の火災で焼失してしまい、1920年に再建されて現在に至ります。度重なる消失と再建により建物の規模と用途は変わり続けました。正面9間、側面3間は居間となり、左右の韓国式の応接間と様式の応接間に分けられ、その周りに付け足された部屋は通路や小部屋として使用され、風呂や仕切り部屋などが造られました。熙政堂の内部の意匠は西欧的で室内の道具なども異国的、部屋の内外に取り付けられた電灯などは、大韓帝国の末期になってつけられたものでが、本来は宮殿の建物の規範によって建てられた建物です。    


ソウル(広津区)

260度パノラマ映像システムを活用した公演です。仮想の特急列車「WAPOP TRAIN」に乗車するという設定のもと、 K-POPライブショー、K-Cultureパフォーマンス、韓流ドラマ(K-DRAMA)を素材にしたO.S.T公演などを観覧できます。


慶尚北道(鬱陵郡)

独島博物館(トクト・パンムルグァン)は1995年に光復50周年を記念して、鬱陵島郡が提供した土地にサムソン文化財団が建物を建築しました。そして李鍾学初代館長が30年余りの間、国内外から収集、寄贈された資料を基に故・洪淳七隊長の遺品及び、独島義勇守備隊の同士会と青い独島を手入れする集まりなどの資料を添えて、1997年8月8日に国内唯一の領土博物館として開館されました。三峯島をモチーフにした博物館の建物は敷地8,068㎡(2,441坪)、延べ面積1,600㎡(484坪)の地下1階と地上2階建てです。1階の3つの展示室(第1、2常設展示室、企画展示室)中央ホール、2階の展示室(第3常設展示室)自然生態映像室・独島展望ロビーなどにより構成されています。1998年8月8日「博物館開館1周年及び李舜臣将軍殉国400周年」を記念して序幕された「独島博物館標石」を始めとして、野外独島博物院が作られ拡張され続けています。独島は西暦512年년(新羅・智證王13)以来、鬱陵島と共に于山国の領土として韓国の歴史と文化圏に編入された以降、現在まで韓国の固有領土です。過去において、独島は海の中の1つの小さな離島で、それほどの関心を向けられてはいませんでした。しかし、海洋依存度が段々と大きくなるにつれ、今日では政治・経済・軍事・学術など多方面からとても重要視されています。そのため、現在日本とその領有権において、民族の自尊心をかけた激しい葛藤が繰り広げられています。独島博物館は、独島および朝鮮海(東海)を囲んだ関連資料を発掘・収集・研究し、その結果を元に展示・管理・教育・広報することにより、日本の独島領有権主張を反論する資料と理論の土台を構築して、国民の領土意識と民俗意識を鼓舞させることが建立の目的であります。