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ソウル特別市龍山区漢南洞にあるソウル中央聖院は1969年5月、パク・チョンヒ大統領の特別配慮で韓国政府が約5,000㎡にもおよぶ聖院の建設用の敷地を寄与し、サウジアラビアを始めとしたイスラム国家が聖院およびイスラムセンター建設費用を全額支援することで1974年10月に着工、1976年5月21日に開院した韓国で最初のイスラム寺院です。漢江と南山の中間地点にある中央聖院は1階に「韓国のイスラム中央会」事務室と会議室、2階に男性礼拝室(427㎡)、3階に女性礼拝室が設置されています。付属の建物であるイスラムセンターは本来、建坪1,362㎡の2階建ての建物として建設されましたが1990年7月20日にサウジアラビアの「イスラム開発銀行」からの増築費用3億5,000万ウォンの支援により、1991年11月に建て増し工事が行われて3階建ての建物となり、現在では子ども達の教育のための施設とイスラム文化研究所および学生会など傘下団体の事務室があります。
蔚山岩刻画博物館は2008年5月に蔚山岩刻画展示館としてオープンし、2010年5月から現在の名称に変更されました。博物館には盤亀台岩刻画や川前里刻石の実物大模型、岩刻画遺跡を紹介する立体映像施設、先史時代の生活が分かる各種模型や写真、子ども展示館、家族体験施設などがあります。
甘谷本堂は1896年に設立された100年以上の歴史がある場所です。初代イム・ガミルロ神父はパリ外邦伝教会の所属で1893年に敍品後、すぐに入国してその翌年である1894年に最初の本堂として神学堂があった由緒正しい驪州の教友村、プオンゴルに赴任されました。しかし本堂の司牧地が北側にあるということだけではなく、山地部落に続いており本堂を移転しようとしていたところ、司牧を訪問中、驪州を過ぎて長湖院に至った時に山のふもとに大宮殿のような家を見て、ここが本堂の司牧地として最も適していると直感しました。その後すぐにカミルロ神父は「聖母様、万が一、あの大宮殿のような家と山を私の所有にしてくださるのなら、私はあなたの卑賤の身となりましょう。そしてその従母が玫瑰聖母様となるでしょう」とお祈りをし、ブオンゴルに戻って玫瑰聖母様に願いました。当時、大宮殿のような家は明成皇后の又従兄弟である閔應植の家であり、1882年に壬午軍乱の時に明成皇后が非難した場所でもあります。1896年5月の聖母聖月に、すべての家の敷地と山を購入、玫瑰聖月である10月7日に本堂の設立に至りました。結局、ガミルロ神父が最初にお祈りをした通り、甘谷本堂を聖母に奉献し、ここが甘谷甘谷玫瑰聖母巡礼地聖堂となりました。
智異山は金剛山、漢拏山とともに「三神山」と呼ばれてきました。愚者でもここにいれば智者になれるということから「智異山」と名付けられました。智異山は韓国で2番目に高い峰である天王峰(チョナンボン / 1,915.4m)をはじめ、帝釈峰(1,806m)、般若峰(1,732m)、老姑壇(1,507m)など、10余りの峻峰が連なっています。天王峰から老姑壇までの主稜線は25.5㎞、智異山の周囲は320㎞ほどになります。
「ハンファリゾート平昌(ピョンチャン)」は、美しい自然のなかにあり、季節を越えた異国情緒ただようフェニックスパーク団地内に設けられた高品格コンドミニアムです。フェニックスパークでスキー、乗馬、水泳、登山といった約20種類のオールシーズンレジャースポーツを楽しめる他、さまざまな付帯施設の利用が可能です。 規模 ピンク棟:地下2階・地上14階 レッド棟:地下2階・地上20階
草島(チョド)は麗水(ヨス)から南西に77km、巨文島(コムンド)から北に18kmの地点に位置しており、周辺には大小の島が浮かんでいます。島に草が多いことから草島という名が付きました。島全体が山地となっており、中央には上山峰(サンサンボン)という山があります。大洞(テドン)、鎮幕(チンマク)、ウィソンの3つの村があり、島の北西側には大洞海水浴場、南西側には汀江(チョンガン)海水浴場があります。上山峰から眺める日の出や、鎮幕からモク島の間にできる海割れは、草島の自慢の観光スポットです。麗水から草島まで毎日1便の旅客船が運航しています。
京畿道南楊州市の天摩山のふもとにあるモンゴル文化村は、1998年に南楊州市とモンゴルのウランバートル市が締結した友好協力条約によって作られたところで、モンゴルの伝統文化や芸術に触れることができます。展示館にはモンゴルの伝統衣装や楽器、生活用品など、モンゴルの歴史や文化が分かる800点余りの様々な品が展示されています。また、320席余りの観覧席が設けられていて、様々なモンゴルの文化芸術公演を楽しむことができます。現在19人のモンゴル文化芸術団員が常駐して上演しており、モンゴル伝統の歌や踊りの他、楽器演奏、技芸、綱渡りなど、多彩な公演が見られます。
巨済島(コジェド)は秀麗な自然と歴史が調和した観光名所で、韓国で二番目に大きい島。長坪里から伸びた大橋をわたるとすぐの巨済島には南海の名所が集まっている所でもありますが、そのうち南海の金剛山と称される海金剛、夏には海水浴場として有名な鶴洞モンドル海岸、44,000余坪に3000種余りの樹木と地中海式の建物などが調和し韓国のパラダイスと呼ばれる外島海上農園などが人気です。壬辰倭乱(文禄の役1592)で初めて勝った玉浦海戦(1592.5.7~5.8)を記念して作られた玉浦大捷記念公園では忠武公(李舜臣)を称えるための祭礼行事が毎年開催されており、6・25(朝鮮)戦争国際連合軍側最大規模の捕虜収容所だった巨済島捕虜収容所も遺跡地として再現してあります。
麻谷寺(マコクサ)は新羅640年に滋装律師が創建した忠南の代表的な寺院。麻谷寺という名前は、普徹和尚が説法を聞くために集まった人々の姿が、渓谷をうめ尽くす麻畑のようだったということに由来しています。この寺を取り囲む周辺の山と水の景色は、太極のように曲線を描いており、朝鮮時代(1392‐1910)の幾度かに及ぶ大きな戦乱にも全く被害に遭わなかったのはそのためだと考えられています。明堂にふさわしく周辺の山並みがとてもきれいで、特に麻谷寺を取り囲む太華山とその合間を流れる太極川が美しい調和をなしています。春には大桜やシモクレンなどが満開に咲き誇る景色はまさに絶景で、この季節には花見客が多く訪れます。麻谷寺のなかで最も印象的なものは、金九先生(韓国の政治家・独立運動家)が植樹したイブキと5重の石塔です。五重の石塔の一番上の部分は、青銅製の円形の装飾が施されており、これはラマ教(チベットを中心として発展した仏教)様式の影響で、現在世界で3つしか残っていないとても貴重なものです。それ以外にも、大光寶殿やクッラック橋なども見所のひとつです。