京畿道(広州郡)

山城西側の守御将台は、南漢山城4奨台の1つで、仁祖2~4年(1624∼1626)の間に軍事的な目的で建てられた楼閣です。守御将台とは、要塞の守りを担当する守御士が軍を指揮・命令する場所です。この守御将台は、仁祖14年(1636)年丙子の乱の際に、仁祖が直接守城軍を指揮しながら清太宗率いる12万の大軍と45日間交戦した場所で、交戦の末、三田渡で屈辱的な降伏を迫られたとされています。


ソウル(鍾路区) , 仁寺洞・鍾路

ワッフルも有名なお店です。代表的なメニューはアメリカーノです。この店はソウル特別市のテハンノに位置したカフェ(コーヒーショップ)です。


江原道(寧越郡)

朝鮮王朝500年の中で一番悲しい歴史を持つ第6代王の端宗(1441∼1457)は、 12歳の若さで王座につきましたが、叔父の首陽大君(世祖)に王位を簒奪されました。その後、寧越の清冷浦に流刑になり、觀風軒で毒薬を食して17年の短い人生に幕を閉じました。 寧越の人たちは、この歴史の化身である端宗の彷徨う魂と忠臣たちの魂を慰労するために 端宗文化祭を毎年開催しました。1967年に始まり今年で44回目を迎える歴史と伝統を誇る祭りの端宗文化祭は、全国で唯一の王陵で祭祀をあげる行事で、端宗の魂が眠る 荘陵、觀風軒、東江際で開催されます。 2007年に端宗崩御550年として初めて行われた「端宗国葬」は、寧越郡だけの独自の文化コンテンツとしてブランド化し、全国的な文化行事を発展させるために専門家の徹底した考証を経た国葬を準備しています。


慶尚北道(高霊郡 )


全羅北道(淳昌郡 )

剛泉山は1981年1月7日に全国で最初に郡立公園に指定されました。淳昌邑から10kmほどの距離にある高さ583.7mの剛泉山は、湖南の小金剛とも呼ばれるほど至る所に珍しい形の峰がそびえ立っており、大小の岩の間に滝ができており、渓谷と渓谷を覆うように青々とした森が広がっています。また、剛泉寺や剛泉山五重石塔、三印台などの文化遺跡も至るところに散在しています。 古寺の剛泉寺と三印台の間を通り、興化亭の横の道を歩いて行ったところに高さ50m、長さ75mの釣り橋が架かっているのが見えてきます。橋を渡り展望台に上がると秀麗な剛泉山の景色を一望することができます。流れる水の音や小鳥のさえずりを聞きながら3~4分ほど歩いて行き右に曲がると、8合目付近の高さ300mの地点に大きな貯水池があります。再び渓谷に沿って山を登っていくと400mの頂上に至ります。この渓谷に沿って植えられている紅葉の木は品種改良されたものではない天然の紅葉の木で葉が小さく色も美しく、また霜にも強く紅葉期間も長いため、冬に渓谷に沿って色づく紅葉はまさに壮観です。


京畿道(南楊州市) , 南楊州

京畿道南楊州市榛接邑富平里にある光陵(クァンヌン)は朝鮮第7代世祖(1417-1468、在位期間:1455-1468)とその妃、 貞喜王后(1418-1483)尹氏の陵です。 光陵は王と王妃をそれぞれ別に奉安しました。左の封墳が世祖の陵で、右の封墳が貞喜王后の陵です。二つの稜の中間地点に一つの丁字閣を立てる形式で造られました。世祖は世宗と昭憲王后の間に生まれました。文宗が死に幼い甥の端宗が王位につくと1453年、癸酉靖難(政権を奪い取る目的で反対派を厳しく取り締まった事件)を起こし朝鮮7代王に即位しました。光陵周囲にはさまざまな生物の自生する森が形成されており、山林庁の研究機関が管理を行い、樹木園を造成しました。光陵は天然記念物第11号に指定されているキタタキの生息地として有名です。また、稜の周辺の森はチョウセンマツやモミ、マツ等の老木が広がり、ドライブコースとしても知られています。


慶尚南道(昌原市 )

馬山(マサン)は韓国の菊花栽培の歴史ある場所で、1960年に檜原洞という地域一帯で6つの農家が全国で初めて菊の商業栽培を始めました。以降、発展をくり返し、現在では全国の菊花栽培面積の13%を占めている場所で、自他ともに認める菊花産業の中心地です。菊花栽培に適した土質と温暖な気候、先端養液栽培の技術の導入などで優れた品質を誇る馬山菊の素晴らしさを国内外に広報し、菊花消費を促進するため2000年から菊花祭りを開催しています。カゴパ菊花祭りは菊香大典、展示イベント、文化行事、特別イベントなどに分かれており、さまざまな見物や体験行事が準備されています。


江原道(襄陽郡)

休休庵(ヒュヒュアム)は建てられてまだ10年ほどしか経っていない寺院です。寺の裏側から海を見下ろすと、亀の形をした広い岩と、横たわる仏様の形をした岩があり、亀の形をした岩が仏様に向かってお辞儀をしているような姿に見えます。仏様の形の岩の右にある絶壁の上には、チュン岩とよばれる大きな岩が2つ並んでおり、木魚を置いたまま下の仏像に向かって合掌し、お辞儀をしている僧侶のような形をしています。