慶尚北道(慶州市 )

慶州スイートホテルは現代的なライフスタイルのあなたにぴったりの休養リゾートです。 ご宿泊のお客様ひとりひとりの独立した自由な空間を確保し、かつ上品な色調の落ち着いた客室、各種ビジネスのための施設、そして自然と調和したパークゴルフ場も完備し、最上のサービスをご提供します。


京畿道(楊平郡) , 楊平

70年の伝統を誇る楊平初の中国料理店です。現代風のフュージョン料理よりも正統派中華料理に力を入れています。手頃な値段でボリューム満点の料理を提供している他、広い駐車場を有しています。ソウルから店までは30~40分ほどかかります。


慶尚南道(密陽市 )

慶尚南道、密陽市と蔚山市蔚州郡の境に位置する載藥山(高さ1,108m)は全体的には緩やかな傾斜ながら頂上付近一帯は巨大な岩壁が多く、その景観の美しさから三南金剛と呼ばれています。載薬山を中心に主峰である須彌峯、獅子峯、陵洞山、神仏山、鷲棲山へ続く尾根の辺り、海抜800mのひらけた所に“獅子の平”と呼ばれる一面のススキ畑が広がっています。獅子の平は韓国に存在するススキ畑の中で一番広い場所として知られています。どこまでも続くその風景は感動的で載薬八景の1つに選ばれています。秋の風に揺れるススキの姿はまるで広い海を見ているかのようで、この載薬山、獅子の平は嶺南アルプス一帯で最も人気のある登山コースです。また、西側の麓にある有名なお寺である表忠寺をはじめとし、付近には内院庵、西上庵などのお寺に高さ20mの滝2つが連なっている層層瀑布と黒龍瀑布、虹のかかる高さ25mの錦江瀑布などたくさんの名所があります。 北側にある天皇山の渓谷には夏でも谷間に氷が凍る天然記念物 第224号に指定されているオルムゴル(氷の谷)があり嶺南地域のお出かけコースとして季節を問わず人気があるところです。


慶尚北道(聞慶市 )

仙遊洞溪谷(ソニュドン・ケゴク)は古い松と岩壁が調和をなしている九つの曲がった溪谷で仙遊九曲と呼ばれています。 溪谷の巨大な岩石は自然に重なったものだがわざわざ積み重ねたもののように感じられます。昔 神仙が降りてきて遊んだこの溪谷は白い岩盤が河川の底をなし、並んだ 岩壁の間を澄んだ水が四季を通じて流れています。水流が巨大な岩石の上を流れる美しい風景を作っています。 仙遊洞 下流には七愚亭が建てられていて1927年この地域出身の愚隱, 愚石 等 愚字の号を持つ7人の志を合わせて建てた亭子です。.亭子の名前は朝鮮 義親王(1877~1955)が付けたという説もあります。この渓谷に沿って行くと時々亭子も見え岩に字が書かれているのも見ることが出来ます。それ程この渓谷の美しさが人々から愛されてきたためです。


慶尚北道(栄州市 )

ムソム一本橋は、国土海洋部が選定した「韓国の美しい道100選」のひとつであり、消えゆく韓国の伝統文化を継承・発展させるために「ムソム一本橋祭り(ムソムウェナムダリチュッチェ)」は、慶尚北道栄州市水道里伝統村で毎年10月に開催されています。


忠清南道(唐津市)


京畿道(加平郡)

プチフランス全域に照明を設置して夜間公開をする光祭りで、童話のような雰囲気を演出します。クリスマスツリーをはじめ、星の王子様の童話の世界をそのまま再現したような照明が設置され、まるでおとぎ話の世界を旅するかのうような楽しみを味わうことができます。


仁川(江華郡) , 江華島

ヨモギで美しさをつくっていく所を意味するアルミエは江華島のヨモギをテーマとしたテーマパークです。韓国ではヨモギが体にいいとして様々な用途に使われています。韓国で一番の江華ヨモギは西海の海風と霧に恵まれていることからペパ―ミントの香りがして、昔から漢方効果があると知られています。江華で生産されたヨモギの加工、研究、融通、農村観光をone-pass化したアルミエワールドです。


慶尚北道(盈徳郡 )

「コレブル海水浴場(コレブルヘスヨクチャン)」は、盈徳から北側に24キロメートルを中心とした寧海面の大津海水浴場に近い海水浴場で、鬱蒼とした松林に囲まれています。黄金色の砂粒は大きく、体につかないため、昔からここで砂風呂をすると心臓や循環器系の疾患に効果があるといわれています。砂浜が8キロメートルにもなることから、大津海水浴場とともに東海の名所20里と呼ばれています。長く白い砂浜、浅い水深、きれいなエメラルド色の海、鬱蒼とした松林がつくる涼しい日陰は、家族で楽しむ避暑地として最適です。また、海水浴場内には、シャワー室、トイレ、給水場、売店、駐車場などの便利な施設も揃っています。


京畿道(南楊州市) , 南楊州

京畿道南楊州市榛接邑富平里にある光陵(クァンヌン)は朝鮮第7代世祖(1417-1468、在位期間:1455-1468)とその妃、 貞喜王后(1418-1483)尹氏の陵です。 光陵は王と王妃をそれぞれ別に奉安しました。左の封墳が世祖の陵で、右の封墳が貞喜王后の陵です。二つの稜の中間地点に一つの丁字閣を立てる形式で造られました。世祖は世宗と昭憲王后の間に生まれました。文宗が死に幼い甥の端宗が王位につくと1453年、癸酉靖難(政権を奪い取る目的で反対派を厳しく取り締まった事件)を起こし朝鮮7代王に即位しました。光陵周囲にはさまざまな生物の自生する森が形成されており、山林庁の研究機関が管理を行い、樹木園を造成しました。光陵は天然記念物第11号に指定されているキタタキの生息地として有名です。また、稜の周辺の森はチョウセンマツやモミ、マツ等の老木が広がり、ドライブコースとしても知られています。