京畿道(平沢市 )

平沢港国際旅客ターミナルは京畿道平沢市にある港湾です。地理的に唐津郡と西海大橋に連結しており、その基盤施設が華城市まで拡大しています。平沢港の管理のために、京畿平沢港湾公社がつくられて、運営中です。


慶尚北道(尚州市 )

洛東江 擎天台擎天台(ギョンチョンデ)は、岩の絶壁と古い松の木が絶景を織り成しているところで、「天が自ら舞い降りてきた場所」という意味を込めて「自天台」とも呼ばれていたほどです。しかし、朝鮮時代の学者である蔡得沂が「大明天地 崇禎日月」という文字を刻んで以来、現在の擎天台と呼ばれるようになりました。蔡得沂がこの地に建てた亭子(あずまや)である舞雩亭が岩の絶壁の上に建っています。擎天台内には、展望台や人工滝、擎天台子どもランド、キャンプ場などがあります。擎天台の入口から坂を越えて洛東江の川沿いに出ると、その道沿いに食堂や売店が並んでいます。何よりも擎天台の絶壁の上から見下ろす洛東江の風景が壮観です。擎天台にまつわる逸話 擎天台は、祈雨祭を行う場所としても利用されたと言われており、朝鮮時代の将軍 鄭起龍はこの地で空から舞い降りてくる龍馬を得たという伝説もあります。鄭起龍が岩を砕いて馬の飼い葉桶として使ったとされる遺物も残されています。尚州はソンビ(昔の学者)たちの会合場所であったことでも知られており、彼らもよく擎天台を訪れたと言われています。擎天台にある展望台からは遠くに主屹山(1106メートル)と鶴駕山、洛東江と白華山などを眺めることができます。展望台へと上がって行く登山路は松の森道となっており、山林浴を楽しむのにもぴったりです。また、周辺には慶尚北道記念物第25号に指定されている伝沙伐王陵と伝古寧伽倻王陵(慶尚北道記念物第26号)、忠義祠など文化財も多くあります。


済州道(済州市 )

「別防鎮」は済州市旧左邑(クジャウプ)下道里(ハドリ)にある朝鮮時代の鎮で、1973年4月3日済州特別自治道記念物第24号に指定されました。 済州道には高麗時代から東部と西部の海岸に石城を築き軍人らを駐屯させ外的の侵入に備え、禾北鎮, 朝天鎮、別防鎮、涯月鎮、明月鎮、遮帰鎮、 摹瑟鎮、 西帰鎮、水山鎮という9つの鎮を作りました。


全羅南道(求礼郡 )

全羅南道求礼郡土旨面五美里に位置する雲鳥楼(ウンジョル)は、重要民俗文化財第8号に指定されています。 1776年、朝鮮第21代王・英祖の時代に三水府使だった柳爾冑が建てた家屋で、元々78間ある豪邸でしたが、現在は63間が残っています。雲鳥楼の宅号は「雲の中の鳥のように隠れて住む家」という意味で、陶淵明の「帰去来辞(官を辞して帰郷し、自然を友とする田園生活に生きようとする決意を述べたもの)」という七言律詩から頭文字だけを取ったと言うことです。


済州道(済州市 ) , 구 제주

「耽羅国立春クッノリ」は、立春の日に済州市牧官衙址一帯で官吏やムーダンがともに行った一種のクッノリです。このクッノリは春の始まりと同時に1年の豊作を祈願するもので、一種の豊年祭といえます。済州で立春は春の始まりであり、新しいスタートを意味します。今日の立春クッノリは立春クッの原型を再現したもので、済州の代表的なクッノリである農耕儀礼や立春を迎えるクッ、立春仮面クッノリなどさまざまな民族ノリや公演が繰り広げられます。


慶尚北道(亀尾市 )


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大興寺(テフンサ)は百済聖王22年に阿道和尚により創建されたと伝えられており、戦争をはじめ3つの災いが及ぶことができない所(三災不入之処)であると西山大師が伝え、遺言と衣鉢をこの場所に保管するようにしました。境内にある表忠寺と韓国のお茶文化が生まれた一枝庵などでは草衣禅師と秋史金正喜などの足跡を辿ることができます。境内には大雄宝殿、枕渓楼、冥府殿、応真堂、千仏殿、千仏像、表忠寺、大光明殿、一枝庵、北弥勒庵、聖宝博物館などがあります。大興寺には国宝第308号である大興寺北弥勒庵磨崖如来坐像の他、西山大師遺物館には宝物88号である塔山寺銅鐘などの多くの遺物が展示されており、韓国最大の浮屠殿には西山大師の浮屠などがあります。