慶尚南道(居昌郡 )

慶尚南道居昌郡(コチャングン)ある鄭蘊(チョン・オン)先生宗宅は古い建築物の特異な構造を見ることができる韓屋です。四方が高い山に囲まれた盆地のため南向きにもかかわらず寒さが厳しく、北方で見られる形式である重なり屋根形態で造られ、雨がよく降るため雨よけのため眉毛屋根(庇屋根)もあります。 週末には家族連れの旅行客が、平日には研究団体がよく訪れます。 金猿山(クモォンサン/クムウォンサン)のトレッキングコースや夏の国際演劇祭が開かれる捜勝台(ススンデ)遊園地が1kmの距離にあり、憩いのひとときを過ごしたりや文化行事を楽しんだりすることができます。 母屋は家主の家族が生活をしている場所で、舎廊(サラン)チェと中門チェ、大門チェを客室として貸し出しています。団体のお客様の場合は舎廊チェ全体を借りることができます。


全羅北道(扶安郡 )

西海扶安で獲れるハマグリは、この地方の特産物として古くから王様に謙譲されており、味は独特で豊富な栄養素が含まれています。そのため、疲労回復と美容食として人気があります。ケファ会館は、その独特の料理法でお客の人気を集めています。また、全国で唯一のハマグリ料理専門店でもあります。


ソウル(鍾路区) , 仁寺洞・鍾路

弘智門(ホンジムン)と蕩春台城(タンチュンデソン)は、壬辰倭乱(日本で言う「文禄・慶長の役」)及び丙子胡乱の後、都を守る目的で、囲むように築かれた城郭・ソウル漢陽都城(ハニャントソン)と、その北方の山中にある北漢山城(プカンサンソン)をつなぐため築かれた建造物です。 1719(粛宗45)年、都を取り囲む都城と都の北にある北漢山城の守りを補完すべく、弘智門、五間水門(オガンスムン)、蕩春台城を築造しました。 弘智門は、現在のソウルの北西の守りにあたる城壁・蕩春台城への入口となる門として築かれ、漢北門(ハンプクムン)とも呼ばれています。この弘智門からつながる蕩春台城の城郭は、都の西にあることから、西城(ソソン)とも言われました。 元々、蕩春台城がある洗剣亭(セコムジョン)一帯は新羅・高句麗・百済が群雄割拠していた三国時代の時から漢山州(ハンサンジュ)として、軍事的要所となっている地域でした。 蕩春台城は、仁王山(イナンサン/インワンサン)の頂を通るソウル漢陽都城から弘智門を経てスリ(チョクトゥリ)峰に至るおよそ4kmほどに築かれた城郭です。 * 蕩春台城 蕩春台城は、ソウル漢陽都城と北漢山城をつなぐ城郭で、仁王山の北東側から、北の方角に稜線伝いに下り、水無川を過ぎて三角山(サムガクサン=北漢山の最高峰・白雲台)の南西・碑峰(ピボン)の麓まで続いています。 この城郭は当初計画していたすべての区間が築かれず、東側の部分・北漢山城の普賢峰(ポヒョンボン)から兄弟峰(ヒョンジェボン)を経て北岳(プガク)トンネルのすぐ北・補土峴(ポトヒョン)を通り、狗蹲峰(クジュンボン)の西側からソウル城郭へと続く城郭の部分は未完のままま終わってしまいました。 この城郭の名称が蕩春台城となったのは、現在、洗剣亭がある場所のおよそ100mほどの小高い山の頂に、朝鮮時代第10代の王・燕山君(ヨンサングン=在位1494~1506年)が宴に耽る蕩春台があったことに由来しています。 また、蕩春台城は、都城の西側にあることから西城、あるいは二重に城郭を築いたことから重ねて築く城郭という意味でキョプソンとも呼ばれました。 蕩春台城の稜線伝いの道はなだらかで、上りやすい小道となっており、山登りを兼ねて歴史探訪にもおすすめのコースです。 蕩春台城に上るには、洗剣亭、祥明(サンミョン)大学校や旧基(クギ)トンネル、弘恩洞(ホンウンドン)から山に入ると、比較的楽に上ることができます。 蕩春台城は、弘智門と五間大水門(オガンデスムン)を境に、大きく二つの地形に分かれます。弘済川(ホンジェチョン)の流れを境に南西の区間は、仁王山を横切るソウル漢陽都城から北へと枝分かれする稜線上に築城され、また北東方向へ伸びる区間は北漢山国立公園内の蕩春台稜線を、標高527.5mの碑峰に向かって築城されています。 仁王山の周囲は、ソウル漢陽都城から枝分かれした地点から急傾斜の地形となっており、松の木が生い茂る稜線には土塁が築かれています。土塁は北の方角へと続き、城郭の外側に突出した岩盤の稜線に交わるよう築かれています。 * 弘智門 弘智門は、朝鮮時代第19代の王・粛宗(スクチョン=在位1674~1720年)が自ら筆を持ち書いた親筆で「弘智門」という扁額を書き、門楼に掲げられていた由緒ある城門です。 しかし、1921年に発生した洪水により弘智門は崩れ、長い間放置されていました。 およそ50年後の1977年7月になり、ソウル特別市都城復元委員会の手により、長きにわたり放置されていた弘智門、五間大水門、そして周辺の城郭280mを復元することができました。 この復元の際、弘智門の扁額は新たに作り替えられ、当時大統領だった朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の直筆が刻まれました。 弘智門は石で築いた虹霓(ホンイェ=虹)形の陸築の上に、正面3間、側面2間(9.38m X 4.02m)の寄棟屋根の平屋の門楼があり、門楼の左右には夾門(ヒョンムン=脇門)を設け、さらに土を高温で焼いて作った瓦を積み上げ姫垣を造り、楼閣の周りを囲っています。 石で築いたアーチ型の陸築の出入口の前後には鉄葉(チョリョプ)という門に取り付ける鉄製の飾りを付けた門扉があり、陸築の左右には城郭に上ることができる階段があります。 弘智門は首都・漢城(ハンソン=現在のソウル)の北側にあったことから「漢北門(ハンブンムン/ハンブクムン)」とも呼ばれました。 1999年には、城門の鮮やかな韓国伝統の塗装様式・丹青(タンチョン)や門扉をはじめ、門楼の左右にある夾門を補修しました。 祥明大学校前から降りていくと弘智門へと向かう道があり、道のすぐそばを流れる小川に従って歩いていくとおのずと弘智門へと向かっていきます。 弘智門からは山へと続く城郭・蕩春台城へと続いています。急斜面を山の頂へと伸びる都城は古の時代の都城の姿をいまに残しています。


全羅北道(完州郡)

さっぱりとした辛さが自慢のチゲと、香ばしさ漂う緑豆チヂミ (ピンデトク)。そして、弾力と歯ごたえの良いどんぐりトコロテン(ドトリムク)。その全てがバランスよく調和したのが、ここ「花心スンドゥブ」です。豆腐屋だからといって「絹ごし豆腐チゲ (スンドゥブ・チゲ)」や「豆腐とキムチ(トゥブ・キムチ)」といった単純な豆腐メニューだけだと思ってはいけません!「豆腐トンカツ(トゥブ・トンカス)」や「豆腐カレー(トゥブ・カレ)」、「豆ドーナッツ(コン・ドノチュ)」など、多種多様な豆腐料理を味わうことができます。変化と調和、そしてバランスの三つを重視する職人魂が感じられるお店です。


蔚山広域市(東区)

蔚山(ウルサン)現代重工業の近くにあるハイホテルは4階建て、全12室の宿泊施設です。 客室はデラックスダブルとスタンダードダブルルームがあります。 客室は他のホテルの同タイプの客室よりも広めのスペースとなっています。全客室にはキッチンがあり、客室内で調理も可能です。デラックスダブルは特室で、部屋とリビングが分離したツールームタイプです。キッチンとリビング、寝室、ユニットバスがあります。 ハイホテルは現代重工業から徒歩5分のところにあり、現代重工業への車両出入許可も得ていることから現代重工業に通勤されるお客様は所定の車両利用料金をお支払い頂ければ、出退勤ピックアップサービスもご利用いただけます。 自転車もあり、無料でレンタルしています。KTX蔚山駅までは車で55分、太和江(テファガン=KORAIL東海線)駅までは20分、蔚山市外バスターミナルへは25分、蔚山空港へは30分の距離にあります。 現代芸術開館や日山(イルサン)海岸、大王岩(テワンアム)公園などが近くにあり、ご出張でのご利用のほかご旅行でもおすすめのホテルです。 時期等により料金が変わりますので、ご事前にお問い合わせいただければより有利な料金でご利用いただけます。


京畿道(竜仁市)

自然豊かな子供たちの遊び場 農村学習体験場「ハンターポニー農場」では、農作物を実際に見たり、動物を触ったり、土の上で遊びながら、自然の大切さを知り、夢をはぐくむ体験学習型農場です。 平日には幼稚園や小学校の団体を対象にした体験学習農場が運営され、週末には家族連れのための体験農場として人気を集めています。


全羅北道(完州郡)

全羅北道完州郡(ワンジュグン)の澄んだきれいな農家が立ち並ぶ鳳捿(ポンソ)コル(谷)は青い山に囲まれた深く静かな山あいの村です。 斗億(トゥオク)ヘンボクトゥリム村は鳳捿コルの斗億村の中にある韓屋で、建物の前には広々とした芝の庭が、そして背後には高い山々が屏風のように広がっています。自然に恵まれたこの地に来れば、爽快な空気が体中をきれいにしてくれるような気分になるほどです。 韓国の風水地理的に素晴らしいとされる場所・明堂(ミョンダン)でも韓国の八大明堂のひとつに数えられる鳳捿コルのトゥオク村。 全州中心部からさほど離れていませんが、桃源郷を思わせるほど深く物静かな山間の村です。村の右手には終南山(チョンナムサン)、左手には西方山(ソバンサン)があり。山が村を包み込んでいるかのように見え、この姿が鳳凰が包み込んでいる形に似ていることから「鳳捿」という地名が付けられたといいます。こんな地形のおかげで空気は澄み、一年を通じて美しい風景を誇っています。 斗億村は完州郡の村活性化事業を通じて、斗億ヘンボクトゥリム村に生まれ変わりました。斗億村には築150年の韓屋から築45年の韓屋までさまざまな韓屋が軒を連ねていますが、2010年から村では共同で韓屋宿泊業と協力しさまざまな体験プロフラムを開始しました。 その中で斗億ヘンボクトゥリム村は教育用体験館としての機能を果たしているところです。客室のほか、およそ100平方メートルの広さの大きな体験場があり、団体専用施設として利用しています。 体験場では礼節教育の実施や科挙試験の再現を体験したりします。 宿泊費用には1日3食の食事も含まれていますが、酵素を使って作った漬物やナムル、野菜がいっぱいの地元の田舎料理で構成された健康食をご提供しています。味もすばらしく、都会では味わえないおかずが多く、ご利用のお客様から好評を博しています。 敷地入口の大門脇にある門間(ムンガン)チェの建物に入ると、さまざまご利用いただけるとても広々とした芝の中庭が目に飛び込んできます。そして中庭の前には青い山々を背景に正面、左右にと大きくはだかる瓦屋屋根の家屋が広がり、伝統韓屋の雄大な雰囲気を感じられます。 韓屋の客室は特別な装飾はなく、こじんまりとしてシンプルな造りです。薪を焚いて利用する昔ながらのオンドル部屋となっていることもあり、エアコンは設置されていません。 大門の正面にある体験館の戸は天井につるし開閉する形態となっています。そのため中庭に向って設置されている10つの戸すべて天井に吊るし上げており、山側の戸もやはりすべて開くと、四方に外の風景がパノラマのように広がり素晴らしい風景となります。 斗億ヘンボクトゥリム村は農漁村体験及び休養村の指定を受けた村です。このため村では共同でさまざまな体験を実施しています。 ガイドとともに村の森を巡る「自然体験」、願いを書いたネックレスを作ってかけたり、明堂を訪れる体験などもあります。種籾を蒔いたり、稲を刈ったりする「稲作体験」を始め、サツマイモ掘りの体験も季節毎に行っています。 また弓矢、丸い金属製のリングを転がして遊ぶクルロンセなど伝統遊びを体験することもできます。 ソリ(音)学堂や礼節教育などの体験も一年を通じて2日間のコースで行われています。 この他「杵つき体験」、「案山子作り体験」、「伝統チェギ作り体験」、「凧作り体験」なども常時実施しており、学校単位などの団体で韓国の伝統文化を自ら体験し学ぶことができ、児童・生徒の課外学習の場所として最適なところです。


全羅北道(扶安郡 )

シャニーモーテル(Shani Motel)は5階建ての全29室ある宿泊施設です。 全羅北道扶安(プアン)市外バスターミナルから徒歩7分の距離にあり、アクセスも大変よく、すべての客室が清潔で広々とした間取りとなっています。 お体の不自由な方向けの専用駐車スペースをはじめ、出入口のスロープ、点字ブロックなど肢体・視覚に障がいのある方向けの施設も完備しており、シャニモーテルならではのサービスとなったいます。特に目がご不自由な方をガイドする盲導犬とも一緒にお泊りいただけ、お体の不自由な方にもアクセスしやすいようになっています。 毎年5月のマシルキル祭りの期間には特にご利用のお客様が多くなっています。最も人気がある客室は一般室で、全室リーゾナブルな料金で皆様にご提供させて頂いています。


忠清南道(論山市 )

忠清南道論山市(ノンサンシ)魯城面(ノソンミョン)には敷地と外とを隔てる大門や塀もなく、村の集落へ開け放たれた状態の韓屋・明斎古宅(ミョンジェコテク)があります。 韓屋の背後には山々が屏風絵のように聳え、建物の前には正方形の形をした大きな池があります。その池には小さな丸い島があり、その島には明斎古宅とともに300年の月日を経てきたサルスベリの木があり、趣ある曲線を描き、明斎古宅に風情を与えています。池を横目に観ながら韓屋の前庭にある踏み石に足をかけると、目の前には韓屋の基礎部分の基壇が素晴らしい主人の居間などがある舎廊(サラン)チェの建物が見えてきます。 明斎古宅は朝鮮時代の粛宗(在位:1674-1720年)の時代に活躍した学者・尹拯(ユン・ジュン)先生の家屋で、尹拯先生の号である明斎をとって明斎古宅と呼ばれるようになりました。尹拯先生は王が18回も官職を授けようとしたものの辞退するというような竹を割ったような性格の人物だったといいます。また質素で分かち合いの美徳の精神を自ら実践し、後学の人々にこれを説き、この精神を引き継いだ人々の手によって東学革命や韓国戦争(1950-1953年)など世の中の混乱が起きた時代を経てもなお古宅がなくなる危機を免れたといいます。このような尹拯先生の哲学を反映するかのように、古宅は他の両班(ヤンバン)などの家屋に比べ、外見が素朴な印象を与えます。しかしながら仔細に見てみると、気品が感じられるばかりでなく、建物のあちらこちらに隠された科学的な造りに驚きを感じます。 前面が開けた舎廊チェの左手にある中門へ入ると、目の前に母屋が見えてきます。板の間を中心に左右対称となっているコの字型の建物で、コの字型の母屋の前に舎廊チェが建っている配置から、母屋と舎廊チェ全体を見ると庭を囲んで口の字型のような韓屋に見えます。舎廊チェから母屋へ向かう途中には壁がありますが、実はそこに科学的な仕掛けが見え隠れします。入口の門に壁を作り、外から来た人に母屋の内部が見えないよう遮っているのです。ただ壁の下にはぽかっと空間が開いていて、母屋の中庭からはその空間を通じて外から来た人の足が見え、訪問客が来たことが分かる仕掛けになっています。女性たちの空間である母屋に男性がむやみに入らないようにする知恵がここにあります。 また母屋の横には納屋がありますが、二つの建物を平行に並べて配置せず、二つの建物の間を北側へ行くほど狭くなるようにしています。夏には南寄りの風が北側の狭い通路を吹きぬけていくのでその速度が速まり周辺の空気が涼しくなり、反対に冬には北寄りの風が南側の広い通路を通り抜けて厳しい北風を避けることができるようになっています。 そのおかげで納屋の北側の端の物置は夏でも涼しく、温度が低い状態で保管しなければならないものを置いていました。舎廊チェは大きな舎廊房を中心に右手に板の間が、左手には少し高くなった高殿の板の間があります。またその裏手に小さな舎廊房とさらに奥にある舎廊房、入口の大門の内側にある空間・大門間が続いています。明斎古宅の客室は母屋の板の間の反対側にある向い側の部屋をはじめ、舎廊チェの舎廊房3箇所にあります。高殿の板の間を含む舎廊チェを丸ごと予約して建物全体を借りることもできます。 また中庭の片隅では草葺の韓屋の離れがあり、音響設備やビームプロジェクターが設置された超然堂(チョヨンダン)もあり、団体での集まりや公演での使用も可能です。現代風にリモデリングした浴室兼トイレも大変綺麗です。舎廊チェには引き戸と開き戸を融合させた戸があり、4枚の引き戸を開けて、さらに開くと開き戸のように開く特徴ある科学的な方式となっています。また舎廊チェの一段高くなった高殿の板の間に座れば、中庭池やその向こうの村、そして周囲の山々を眺めることができます。 古宅の右手には数百もの甕が並んでおり、その様子は素晴らしいものがあります。甕の中には味噌や醤油などが入っており、韓国産の今年収穫したばかりの大豆や西海(ソヘ)の海で取れた天然塩、古宅の井戸から汲み上げたきれいな水を使い、伝統的な自然発酵の製法でおいしく作られていきます。真冬に甕の上に雪がたくさん積もる風景は大変趣があり、おすすめの風景です。 また明斎古宅では国楽、茶礼、天然染色などの様々な伝統体験も有料で可能です。


慶尚北道(慶州市 )

[中小ベンチャー企業部2019年[百年店(ペンニョンカゲ)」に選定] 慶州(キョンジュ)観光の要所・天馬塚(チョンマチョン)や瞻星台(チョムソンデ)そばにある「淑英食堂(スギョンシクタン)」は黄土色の外観や草葺屋根の建物が田舎の雰囲気をかもし出す韓食堂です。 食事のメニューは2種類あり、麦飯にナムルやコチュジャンを混ぜて食べる「チャルポリパプ定食」(2人以上から注文可能)や、同じチャルポリパプにおかずが数種類追加で出てくるお一人様向けの「ナホルロ(おひとりさま)定食」があります。 「パジョン」や「タニシとツルニンジンの和え物」は酒の肴として人気のメニューですが、食事のときに注文してもおすすめの一品です。 チャルポリパプや代々引き継がれてきたこの店秘伝の方法で醸造されたトンドンジュ(濁酒)は食事の後でもお腹に残らないすっきりした味わいで人気です。 いずれの料理も慶州市乾川(コンチョン)地域のもち麦・チャルポリやもち米、スンドゥブ(おぼろ豆腐)など、韓国産の素材にこだわった料理となっています。