忠清北道(忠州市 )

忠清北道忠州市漆琴洞にある弾琴台は、歴史的意味のある場所で、名勝第42号に指定されています。 新羅時代、ウルクがカヤグムを演奏していた場所だったことから弾琴台と呼ばれるようになり、壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の際に、敵国と交戦しました。また、韓国戦争の殉国者のための塔が建てられており、弾琴台を中心に、弾琴台碑、シルリブ将軍殉節碑、野外音楽堂、彫刻公演、芝生広場などが整備されており「弾琴台公園」として愛用されています。


京畿道(高陽市) , 一山

京畿道高陽市龍頭洞にある西五陵(ソオルン)には敬陵(追尊王・徳宗とその妃、昭恵王后韓氏)を始め、昌陵(朝鮮第8代睿宗とその妃、安順王后)、弘陵(21代王・英祖の王妃、貞聖王后)、翼陵(粛宗の王妃、仁敬王后の単陵)、明陵(19代粛宗とその1番目の継妃、仁顯王后、2番目継妃、 仁元王后)の全部で5つの王陵からなっています。西五陵は東九陵の次に大きい朝鮮王朝の王室の家族の墓です。朝鮮時代王室では品格によって王と王妃の墓を「陵」、王の両親・皇太子・嬪の墓を「苑」、大君・王女などの墓を「墓」と区別して呼びました。 ここには5つの陵以外にも朝鮮王朝初の「苑」として13代明宗の1番目の息子、 順懷世子や皇太子の妻、恭懷嬪尹氏の墓・順昌園と綏慶園(21代英祖の後宮、暎嬪李氏の墓)、永懐園(16代仁祖の長男、昭顯世子の妃、愍懷嬪姜氏の墓)があり、最近では歴史的な一話を残した19代粛宗の後宮であり景宗の母、張禧嬪の大嬪墓も区域内に移されました。


京畿道(南楊州市) , 南楊州

京畿道南楊州市陵内里にある茶山遺跡地(タサンユジョクチ)は、茶山・丁若鏞(1762-1836、朝鮮時代末期の学者)の遺跡地です。丁若鏞はこの村で生まれ、国の腐敗を糾弾し、朝鮮の改革を指導しました。長い流刑生活の中で『牧民心書』『経世遺表』などの多くの書を著し、朝鮮時代末期最高の実学者として評価されています。遺跡地内には生家「与猶堂(ヨユダン)」や丁若鏞の墓、また、彼の業績や資料が展示されている茶山記念館、彼を現代的視覚で再評価する茶山文化館があります。茶山文化館には多くの著書についての簡単な説明が掲示され、茶山記念館には水原城を築く際に重いものを持ち上げるために使われた「挙重機(コジュンギ)」や、流刑の地であった康津(カンジン)茶山草堂のミニチュア模型などが展示されています。


釜山広域市(海雲台区) , 海雲台

※中東呼吸器症候群(MERS)により延期となりました。(最終確認日:2015年6月16日) 釜山KNNセンタム広場で6月25日(木)から7月4日(土)までの全10日間に渡って開催されます。センタムビール祭り組織委員会とミッセランが主催・主幹するこのお祭りはセンタムシティでおかわり自由にビールとつまみを楽しむことができるお祭りです。釜山市民と釜山を訪れる観光客たちは冷えたビールと多様な文化イベントを楽しむことができます。


慶尚南道(統営市 )

弥勒島のある統営は朝鮮時代、壬辰倭乱当時、全羅・慶尚・忠清の3つの地域を総括した水軍統制使が滞在した統制営があった場所を意味します。統営には弥勒島だけではなく、多様な観光資源があります。その中でも観光特区に指定された弥勒島は閑麗海上国立公園に属する島で南海海洋観光の中心地といえるでしょう。観光ホテルや飲食店などをはじめ、各種娯楽施設もある道南観光地が中心です。弥勒島観光特区はヨット、遊覧船、ウィンドウサーフィン、カヤック、水上スキーなど多様な海上スポーツを楽しむことができる海洋観光都市です。統営の海に浮かぶ閑山島や毎勿島などをつなぐ遊覧船は人気で誰でも楽しむことができます。弥勒島観光特区のさらなる名所は弥勒島の中央にある弥勒山です。2008年に竣工された閑麗水道眺望ケーブルカーに乗って頂上に上ると多島海の絶景を見渡すことができます。弥勒山は海抜461mで高い山ではありませんが、緑豊かな林と澄んでいる渓谷がある名山で春にはツツジ、秋には紅葉が美しい場所です。登山路も整備されているので2時間程度の登山も可能です。龍華寺を観光し、観音寺と弥勒済を通って頂上まで上り、弥来寺を通ってまた龍華寺の広場に戻るコースが代表的です。山の頂上から見渡す眺望は圧巻で、晴れた日には対馬が見えます。 * 弥勒島観光特区の現状 1) 範囲:慶尚南道統営市山陽邑一部(弥勒島地域、鳥飛島)、美修洞、鳳平洞、道南洞一体 2) 面積:32,900,000平方メートル 3) 観光特区指定日:1997年1月18日 * 弥勒島観光特区施設の現状 閑麗水道眺望ケーブルカー、遊覧船、国際音楽団、海底トンネル


済州道(西帰浦市)

西帰浦から中文方面に海辺を過ぎて行くと、大浦港刺身タウンがあります。この中で2階建ての洋館と広い駐車スペース、素晴らしい海の眺めを誇る刺身専門レストランがクンゲッムルフェッチプです。


釜山広域市(金井区)

梵魚寺(ポモサ)は釜山の名山である、金井山のふもとに位置しています。今から約1,300年前の新羅時代の文武王のとき、高僧の義湘大師によって建てられました。地理書である『增東國輿地勝覽』には 、梵魚寺 の由来を次のように紹介しています。金井山の尾根に井戸があり、その水は金色でした。そして、天から金色の魚が、五色の雲に乗っておりてきて遊んでいました。このことから、天の魚を意味する「梵魚(ポモ)」より、梵魚寺と名づけられました。 梵魚寺は新羅時代に建てられましたが、創建当初の建物は壬辰倭亂(1592-1598)の時に焼失し、現在の建物は朝鮮時代の1713年に再建されたものです。そのため、大雄殿は繊細で華麗な、朝鮮時代最高の建築といえます。梵魚寺の中には、9世紀ごろ建てられた三重の石塔や、四本の石柱に支えられた一柱門、七棟の殿閣、楼閣、 三つの門、十一の庵子、などがあります。さらに、天然記念物の藤が咲き乱れる5月は、周囲の溪谷と調和を成し、一層美しい景色を見ることができます。  


全羅北道(扶安郡 )

彩石江(チェソッカン)は辺山半島格浦港一帯1.5キロの層岩絶壁と海を総称する名前です。名前だけ見ると川と間違えやすいですが、ここは川ではなく巨大な岩絶壁。彩石江という名前は中国の李太白が酒に酔って船遊びをしながら、川面に浮かんだ月を取ろうとして水に入ったという中国の彩石江とその姿が似ていることから彩石江と呼ぶようになったと言われています。いろいろな層の岩が堆積して作られた彩石江は、青い海と絶壁が絶妙なコントラストを成しています。長い歳月の間に自然が生んだ堆積芸術の傑作と言われるほど景色が優れており、ほかの堆積岩では見られない特異な構造が多く、堆積の過程が絶壁に立体的によく現れています。彩石江は一日二度の引き潮の時に入れますが、干潮の時は水が抜けた堆積岩層に付いている様々な海生物と海蝕洞穴の神秘的な姿が見られます。とくに干潮の時に海蝕洞窟から眺める日の入りと夕焼けは大変美しく、この地方の名所となっています。


釜山広域市(蓮堤区)

釜山広域市蓮堤区(ヨンジェグ)にあるセントラルホテルは釜山の中心地に位置し、季節や目的を問わず安らかに過せるホテルです。釜山地下鉄1・3号線蓮山(ヨンサン)駅から50メートルの近くにあり、また釜山駅、釜山・金海国際空港、国際線及びフェリー航路を利用できる釜山旅客ターミナルへは車で30分圏内にあり、交通のアクセスがよい立地条件のところにあります。 1階には銀行があり一般の銀行業務の他、外貨両替も可能です。またコーヒーショップやレストランなどもあります。 朝食サービス(有料)もあり、また日本語や英語による案内サービスも行っております。


済州道(済州市 )

龍泉(ヨンチョン)洞窟は済州島溶岩洞窟のもっとも典型的な形態を見せる大型洞窟(全長約2470.8m+α)で、約140mの長さの溶岩をはじめ、溶岩断面、溶岩棚、溶岩滝などの微地形及び生成物が特徴的であり、発達している。特に、鍾乳鉱、鍾乳石、石柱、石筍、洞窟珊瑚、洞窟真珠など炭酸塩による生成物が多種多様に発達しており、大規模の洞窟湖があるなど特異な溶岩洞窟として学術的、景観的にも非常に価値のある洞窟となっています。その他にも土器類、動物の骨、鉄器、木炭など外部の流入物質が幅広く分布しており、洞窟としての価値をさらに高めています。 *数量/ 面積-477,519平方メートル *時代-先史時代 *所有者-国・公有、私有 ※拒文オルム溶岩洞窟系において世界自然遺産に指定された洞窟はペンディ窟、万丈(マンジャン)窟、金寧(クムニョン)窟、龍泉(ヨンチョン)洞窟、そしてダンチョムル洞窟です。現在、万丈窟以外は出入りできません。