全羅北道(益山市 )

「パンディップリモーテル」の主な利用者は20~30代の若い旅行客とビジネスのため長期宿泊客となっています。客室にはコーヒー、カップラーメン、レトルトご飯など、簡単な食べ物が常備されています。 パンディップリモーテルには、一般客室のほかに、壁に黄土、天井にヒノキが使われ、心身の疲労を癒してくれる黄土部屋がひとつあります。その他、フロント前では益山弥勒寺址や王宮里遺跡の案内映像を上映しており、旅行情報も提供しています。


慶尚北道(慶山市)

ナツメで有名な慶尚北道慶山(キョンサン)にあるパラムヘッサル農場(風陽差し農場)は広々としたナツメ畑のそばにあります。農場は韓屋宿泊施設としてはもちろん、ナツメの広報館やナツメ加工施設がある体験型農場としても運営されています。 韓屋は母屋と舎廊(サラン)チェの建物、バンガローからなり、母屋を除く舎廊チェとバンガローで韓屋ステイが可能となっています。建物はそれぞれ独立しており、予約した1組(最大4人まで)のみしか宿泊できません。全室エアコン、冷蔵庫、コーヒーポットなどが完備しています。 ナツメの農場ということで韓屋のすぐそばにあるナツメ広報館では慶山のおいしいナツメの試食ができ、体験やセミナースペースもあります。 また加工室がありナツメの加工工程も見学できます。ナツメの収穫時期である秋にはナツメ狩り、ナツメ餅作り、薬飯作りなど農村体験もできます。


全羅北道(全州市 )

「全州伝統文化センター」は、2002年韓日ワールドカップに合わせて全州市が全州韓屋村内に設立しました。伝統料理館、伝統芸術公演場、伝統婚礼場、伝統文化センターなどが集合した伝統文化総合体験場であり、開かれた文化空間です。


全羅南道(海南郡 )

清らかな自然に囲まれた「へマルヒーリングの森」は頭輪山のふもとに位置しています。建物はL字型になっており、アンチェ(母屋)とパッカッチェ(外棟)に分かれています。22坪のアンチェは15人~25人が宿泊できる客室で、室内にはテレビ、エアコン、冷蔵庫、食卓などが揃っています。パッカッチェは4人~6人が宿泊できるワンルームタイプで、エアコンが備え付けられています。


慶尚北道(高霊郡 )

ケシル村は朝鮮時代中期、嶺南士林派の宗祖である佔畢斎・金宗直(キム・ジョンジク)先生の子孫が作り上げた善山金氏(ソンサン・キムシ)の集姓村です。 およそ360年の伝統を受け継ぐ村で、民俗資料62号佔畢斎宗宅、文化財資料第111号道淵斎(トヨンジェ)、市道有形文化財第175号佔畢斎文集冊板及び彛尊録などの文化財を保存しています。 ケシル村にはおよそ60世帯がいまもなお住んでおり、土塀や韓屋を復元・補修しつつ韓屋村を今に伝えています。 村の共同運営により、韓屋宿泊体験、農産物栽培、伝統礼節及び伝統遊びなどの体験プログラムを実施しており、訪れる人々に農村体験の場を提供しています。 村の道沿いにあるモッコルテク(宅)はこじんまりした韓屋で、客室が1つのみある宿泊施設です。客室内には最新式のトイレと浴室、キッチンが完備しています。オーナーの暮らしがあまるところなく垣間見れる韓屋の中庭の風景は大変美しいものがあります。塀に描かれたかわいい壁画もちょっとした見どころです。 ケシル村の韓屋体験はケシル村営農組合法人が一括管理・運営しています。


京畿道(安城市)

家畜と共感する農場体験安城ファームランドは牧場生活を体験できる場所です。牛・羊・ガチョウ・豚・ロバなど25種類の家畜を触ったり、餌をあげたりでき、動物たちと仲良くなれる場所です。様々なプログラムのほか、遊戯施設、アトラクション施設などもあり、お子様連れでのご利用におすすめの場所です。


慶尚北道(尚州市 )

韓屋宿泊施設「松岡精舍(ソンガンジョンサ)」は洛東江でも優れた景色を誇る擎天台の近くに位置し、自然と調和した韓屋の美しさが際立つところです。客室の他、共用の台所と居間があり、各所には可愛らしい伝統小物が置かれています。ここでは伝統飲食研究会をともに運営しており、事前に予約すれば伝統飲食体験と食事を楽しむことができます。自転車のレンタルも可能なので、擎天台と洛東江をひとまわりしてみるのもいいでしょう。また、尚州自転車博物館、道南書院、尚州博物館へは徒歩でも行くことができます。


江原道(東海市)

東海市泉谷地区に位置したチョンソルパークは60台余りが同時に駐車できる。 広い空間は旅行客に開けた涼しさを感じさせてくれる。 家族的な雰囲気の中、家族連れのお客様向けに大型冷蔵庫と炊事室が利用でき、自由に調理できるのがここだけの長所だ。 ビジネス旅行客にはいろんな目的に対応できる事務所兼セミナー室を存分に使用できるように開放している。 ロシア語案内サービスが可能で、ロシア人観光客に人気が高い。


忠清南道(青陽郡 )

忠清南道青陽郡にある方基鈺(パン・ギオク)家屋は1985年忠清南道文化財資料第279号に指定された古宅です。 朝鮮時代に建築された建物と推定され、母屋、客人を迎える舎廊(サラン)チェ、使用人が使っていた行廊チェが一つに繋がり、コの字型の形をした伝統韓屋です。 階段を上がり入口の大門から中に入ると、閑静な庭園が目に飛び込んできます。この中庭は韓屋に入る扉・中門まで続きます。塀のそばにはここの主人が使い古した道具が置かれており、中門を開け韓屋の中に足を踏み入れると、そこは博物館を彷彿させるような民俗工芸品が所狭しと置かれています。 韓屋体験は客人を迎える舎廊チェや舎廊房、母屋の反対側の中庭を隔てたトゥラレッパン、板の間を間に置き居間の向かい側にあるコンノンバン、行廊チェで可能となっています。2018年4月現在、増築中の茅葺屋根の韓屋が完成すれば茅葺屋根の韓屋体験も可能になります。 トイレと一体となった浴室がすべての部屋にあり、客室ではユンノリを楽しんだり広い中庭では板跳びやブランコなど韓国の伝統遊びも楽しむことができます。 夏になると、乳幼児や小さなお子さんのためのミニプールも設置されます。家族みんなで楽しく韓屋体験ができる様々なプログラムも準備しています。


ソウル(中浪区)

忘憂里(マンウリ)公園は、東亜日報1933年2月2日付記事「弥阿里(ミアリ)共同墓地がしばらくして満杯となることに備えて、京畿道(キョンギド)忘憂里の林野およそ70万坪を京城府の共同墓地として決定した」、同1935年10月24日付記事「梨泰院(イテウォン)の共同墓地を宅地化するため、37,000基あまりのうち縁故者がある墓は忘憂里に移葬し、無縁故の墓は新寺里(シンサリ)で火葬することとした」という当時の新聞記事からも分かるように、忘憂里の忘憂山を1933年から現在のソウル市の共同墓地として利用したのがその始まりです。 その40年後の1973年3月25日には、およそ28,500基の墓で一杯となり、墓を増やすことは禁じられ、改葬や埋葬された遺骨を整理した結果、2018年12月現在で7,425基まで減り、今後も墓の数は減少していくものとみられます。 ちょうどこの改葬を行った時期に、韓国を代表する著名な独立運動家・島山(トサン)安昌浩(アン・チャンホ)、 植民地時代に東亜日報社長を務め教育家・政治家などとしても活躍した古下(コハ)宋鎮禹(ソン・ジヌ)、国楽の名唱・林芳蔚(イム・パンウル)、愛国志士・趙鐘完(チョ・ジョンワン)、独立運動家・朴賛翊(パク・チャニク)、文学評論家・白大鎮(ペク・テジン)などの墓も改葬され、国立墓地や市立公園墓地に埋葬されました。 1992年2月にはここに眠っていた児童文学者・方定煥(パン・ジョンファン)、言論人・呉世昌(オ・セチャン)、僧侶で詩人の韓龍雲(ハン・ヨンウン)、独立運動家で政治家の曺奉岩(チョ・ボンアム)、医師で国語学者の池錫永(チ・ソギョン)、独立運動家・文明煊(ムン・ミョンフォン)、言論人で政治家としても活躍した張徳秀(チャン・ドクス)など7人の年譜碑を地元・中浪区(チュンナング)により散策路を中心に建立、続いて1998年2月には、詩人・朴寅煥(パク・イナン)、学者・言論人の文一平(ムン・イルピョン)、教育者・徐丙浩(ソ・ビョンホ)、独立運動家・徐東日(ソ・ドンイル)、独立運動家・呉哉泳(オ・ジェヨン)、独立運動家・徐光朝(ソ・グァンジョ)、独立運動家の劉相奎(ユ・サンギュ)、医師で独立運動家の呉兢善(オ・グンソン)など8人の年譜碑が追加で5.2Kmの散策路に建てられました。 これまで忘憂里市民公園には、3.1独立運動を主導した万海(マンへ)韓龍雲などをはじめとした17人の著名人が埋葬されている墓地として知られていましたが、各マスコミの人名録や独立有功者功勲録を中心にソウル市施設管理公団葬墓文化センターの故人検索を元に、墓をひとつひとつ実際に確認し、17人以外にも小説家・桂鎔黙(ケ・ヨンムク)をはじめ10人の著名人が埋葬されていることが新たに分かりました。 <出典:ソウル市中浪区庁>