イーグルバレースキーリゾート
 
忠清北道(忠州市 ) ,
イーグルバレーリゾートのスキー場は、レベルに合わせて選べる6面のスロープと、4台のリフト、そしてスキー装備4000セットを揃えたレンタルショップのある大規模なスキー場です。家族のためのホテルとユースホステルもあり、滞在型のスキーリゾートが楽しめる場所です。イーグルバレーリゾートは首都圏からはもちろん、全国どこからでも交通の便が良く、四季を通じていつでも温泉浴を楽しむことが出来る大規模観光特区である水安堡(スアンポ)観光団地内に位置しています。周辺には有名観光地である丹陽八景、月岳山、弥勒寺、弾琴台、忠州ダム、聞慶セジェ等があり、スキーと一緒に観光を楽しむのもいいでしょう。ベテランスキー講師が基礎から高級技術まで体系的に指導するスキースクールも好評。また、スキーヤーの安全を最優先に考え、安全要員資格を獲得したスキーパトロールを大幅採用しています。

洛東江勝戦記念館
 
大邱広域市(南区) ,
「洛東江勝戦記念館(ナクトンガンスンジョンギニョムグァン)」は韓国戦争(朝鮮戦争)時、祖国守護の最後の砦だった洛東江防御線で侵略軍を退けた歴史的勝利を称え、当時、祖国のために殉じた烈士の御霊を敬い、国民の護国安保意識を高めるために1979年6月25日開館しました。

臥牛精舎(龙仁)
 
京畿道(竜仁市)
48の峰がまるで屏風のように張り巡らされた所にある寺院で、1970年にお釈迦様の功徳を祈り、民族和合を成すために建てられた護国寺院です。大韓仏教涅槃宗の本山で、3千点余りの仏像が奉安されています。多くの仏像のうち、寺院の入口にある仏頭と山の中腹にある臥仏が有名です。高さ8メートルの仏頭は超大型で、臥仏(横たわっている仏像)は高さ3メートル、長さ12メートルに及ぶもので、インドネシアから持ってこられたイブキからつくられました。また、境内にある巨大な仏頭と真鍮5万斤で1.0年に渡りつくられた真鍮の五尊仏、重さ12トンに及ぶ統一の鐘(88オリンピックのときに打たれた)、そして韓国最大の青銅弥勒半跏思惟像、石造薬師如来仏などがあります。臥牛精舍には、インド・ミャンマー・中国・タイなどから持ってこられた3千点余りの仏像が展示されており、世界各国の仏教文化を一目で見ることができます。

大邱コーロン野外音楽堂
 
大邱広域市(達西区) ,
2000年9月29日に開館した大邱コーロン野外音楽堂は公演場としては国内最大の規模で頭流公園内に位置しており、立地がよいため市民達に親しまれている名所です。野外音楽堂は10,000坪あまりの広い芝生公園に27,000名を収容することができ、音楽会を始め演劇、ミュージカル、オペラなど様々なジャンルの舞台や公演も可能です。開放感のある野外で休憩しながら公演を鑑賞することができ、多くの人達に様々な文化的経験を提供する大邱コーロン野外音楽堂は地方文化の発展と成長に大きく貢献するものと期待され、市民に一歩近づいた開けた文化空間としての役割を果たしています。 

韓国歴史文化料理学校羅膳斎
 
慶尚北道(慶州市 ) ,
羅膳斎は食客の故郷、慶州の「韓国歴史料理学校」内にある、新羅の伝統料理が味わえる所です。韓国歴史文化料理学校は、歴史と伝統を継承してきた韓国食文化の代表的な料理学校で、数年に渡り研究開発した新羅の「尼叱今」料理を実用するために羅膳斎を開館しました。羅膳斎で体験できる「尼叱今」お膳は、新羅王に捧げられた料理で、新羅時代(57-935)、九珍味という薬膳(薬となる料理)の食材からなる健康によい料理です。羅膳斎の内部もまた新羅王室を象徴する黄金色をメインカラーに、蓮の葉の形に刻まれた柱を始め、新羅王室の大宴会場をそのまま再現しています。また、スタッフの服装も新羅時代の伝統的な服装で、美味しい料理を楽しみながら新羅の歴史や文化にも触れることができます。* 新羅 尼叱今  - 前菜 : 胃と腎臓を落ち着かせる料理  - メイン料理 : 肺と肝臓を落ち着かせる料理  - デザート : 心臓を落ち着かせる料理

京畿道国楽堂
 
京畿道(竜仁市)
京畿道国楽堂は京畿道の音を中心に、韓国伝統音楽の発展と京畿道だけの文化的情緒を培うため2004年7月に開館しました。470席(障害者席6席を含む)の公演会場と付帯施設を備え、多様な文化活動を行っています。また、京畿道文化の殿堂の4つの道立芸術団(京畿道立劇団、国楽団、舞踊団、オーケストラ)は定期公演および企画公演と巡回公演などにより、道民と一つになった文化をつくるため努力を続けています。

飛竜瀑布
 
江原道(束草市)
飛竜瀑布(ピリョン・ポッポ)は水の流れ落ちる音が大きく雄壮な滝。流れ落ちる水が天に昇っていく竜のように見えるため飛竜瀑布と言われています。松林を通り抜ける割と広い散策路に沿って行くのがいいでしょう。人気の観光スポットである千仏洞渓谷の下流である双川にかかる飛竜橋を渡って左に30分ほど歩けば6つの滝や池からなる六潭滝にたどり着きます。そして更にここから300mほど登れば、狭く険しい谷間の絶壁の間に約150尺にもなる飛竜滝を見ることができます。飛竜滝から急な岩道をすこし登り土旺谷(トワンゴル)に沿って行けば、三段から成る大きな土旺城(トワンソン)瀑布に着くが、道がとても険しいため一般人の立ち入りは規制されています。

クドゥレ彫刻公園
 
忠清南道(扶余郡 ) ,
*大王国の意味が込められたクドゥレ彫刻公園*扶蘇山の西のふもとにあるクドゥレは白馬江と調和のとれた優れた景勝をなし、彫刻公園が整っていて、たくさんの人が訪れる安らぎの空間となっています。クドゥレナルは百済時代に都城だった泗沘城を出入りするような大きな渡船場でした。現在は白馬江を行き来する船着場となっており、その周辺は伝統料理や珍味が楽しめる食堂が数多く構えています。1985年度に国民観光団地としてクドゥレが造られ、古く百済人の彫刻技術を受け継いだ、この地域出身の有名な作家の作品30点と、1999年度国際現代彫刻シンポジウムに参加した国内外の有名な彫刻家の作品29点など、全59点の彫刻作品が展示され、昔ながらの情緒と現代的な美を兼ね備えた公園となっています。常に観光客のために解放されており、見る者の目を楽しませてくれます。また、ここは扶余の人々の憩いの場でもあり、「白馬江と水鳥がなき、一葉扁集、帆船を一人漕いでいく船頭」に始まることで広く知られる「白馬江月夜の歌碑」が建てられています。*なぜ「クドゥレ」というのか* 百済時代 、支配族はオラハ(於羅瑕)、百姓はコンギルジ(鞬吉支)と呼ばれていました。 クドゥレというのは、「オラハ」の前に王称語「ク(大)」がつき、二語の間に持格促音の「ㄷ(d)」が入って「クドラハ」となり、更に縮まって「クドゥレ」に変遷されたと言われています。また、「クドゥレ」は「大王」を意味しており、日本書紀(世紀720年編纂)に百済を「くだら」と呼ぶ場面が多く表れるのも、大王国を意味し、高めて呼んでいたと見ることができます。

華西門
 
京畿道(水原市)
華城の西門で宝物第403号です。石垣で出来た門の上に断層門楼が建てられており、八達門の甕城とは違って、半円形の片側が開かれた形になっています。水原市のマークはこの華西門(ファソムン)をモチーフにデザインされています。

北漢山国立公園
 
ソウル(恩平区) ,
北漢山は1983年国立公園に指定された総面積80.669㎢の山です。北漢山の頂上は白雲台(836.5m)・仁壽峰(810.5m)・萬景台(799.5m)からなり、朝鮮時代には三角山とも呼ばれていました。これは最高峰の白雲台とその東側にある仁壽峰、南側にある萬景台の3峰が三角形の形をしていることから名づけられたといいます。 北漢山と呼ばれるようになったのは、朝鮮第19代目国王の肅宗の時代に北漢山城を築城した頃からだと推定されています。