[海洋水産部選定・美しい漁村]ウェモク村
 
忠清南道(唐津市) ,
忠清南道の西海に面しているウェモク村は、日の出、日没、月の出の名所として知られており、毎年日の出祭りのときには観光客が10万人ほど訪れます。海岸線に沿って水辺にデッキが設置されており、裸足で海岸を散歩する人もいます。11月と2月には長古項の露積峰から日が昇り、一幅の東洋画のように美しいため、その風景をレンズに収めようと韓国の写真愛好家が集まります。

汶山駅
 
京畿道(坡州市 )
汶山駅は1906年4月に普通駅として営業を開始しました。京義線とこの駅から都羅山駅まで運行している通勤列車の始発および終着駅です。1953年京義線の終着駅に指定され、運営されました。2009年に首都圏鉄道京義線が開通して運営されています。

南海扁柏自然休養林
 
慶尚南道(南海郡 ) ,
遠く広がる美しい南海と、空へ向けてそびえ立つ扁柏の森に囲まれた南海扁柏自然休養林は、家族連れの利用客が多く、生い茂る扁柏林の中で森林浴を楽しむことができます。扁柏の森は、強いフィトンチッドにより蚊やハエなどの害虫がいないのが特徴です。休養林の入口から1時間ほどの所にある展望台からは、閑麗海上国立公園の島々と錦山が調和する美しい風景が堪能できます。

白竜洞窟
 
江原道(平昌郡)
白竜洞窟(ペンニョンドングル)は江原道平昌郡美灘面馬河里に位置しており、全長1.8kmに達する天然石灰洞窟で、川の水面から約10~15m上の地点に入口があります。洞窟の入口周辺には素晴らしい景観を誇る奇岩絶壁があり、昔は洞窟には船でしか接近できませんでした。白竜洞窟は古くから村の住民にはよく知られており、洞窟入口付近に焚き口やオンドルの痕跡があったり、その周囲で土器などが出土したりしたことから、古代から住居として利用されていたものと推定されています。1976年には洞窟のメイン通路の中間にあった握りこぶし大の細い通路が住民によって拡張され、全区間の調査が可能になったことで白竜洞窟内部の景観や学術的価値が学者に知られるようになりました。白竜洞窟の名は、この洞窟を抱く白雲山の「白」と、発見者の名前の最後の字の「竜」とを合わせて付けられたもので、1979年に天然記念物第260号に指定されました。

太白市外バスターミナル
 
江原道(太白市) ,
太白市は環東海圏域(ロシア、中国、日本)の国際的な高原観光都市として北側と東側は三陟市、西側は旌善郡、寧越郡、南側は慶尚北道の奉化郡と接した高原盆地型都市として隣接都市が勢力圏に含まれています。道路は嶺東及び中央高速道路とつながる国道31, 35, 38号線を通じて移動が可能で、鉄道は嶺東、太白線が連結されました。 白頭大幹の中枢である太白山脈の母山、太白山があり南半島の給水源である漢江、洛東江の水源でもあります。海抜1,567mの太白山から分かれた太白山、嶺東山岳の峡谷地帯は漢江、洛東江、五十川の3つの川が始まる場所です。太白は昼と夜の気温差がはげしく夏も日没後はひんやりしているため蚊がおらず、高山地域特有の気候条件により一年を通して過ごしやすく観光、休養、運動に最適です。

剛泉寺
 
全羅北道(淳昌郡 ) ,
剛泉山郡立公園の入口から1.8kmの地点に位置する剛泉寺は、新羅の真聖女王元年(887年)に道詵国師により創建されました。その後、繁栄し高麗の忠粛王3年(1316年)に徳賢禅師が増築をし、五層の石塔を建て、一時は12の庵子と1,000万人もの僧侶たちがここにいたとされています。 しかし、壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の時に石塔のみ残り、あとは皆焼失してしまいました。宣祖37年(1604年)に逍遙大師が再建しましたが、韓国戦争(朝鮮戦争)の際に再び焼失してしまい、1959年に今の姿に復元されました。 忠信里石長栍、南溪里石長栍、淳昌客舎、淳化里三層石塔などの文化財があり、周辺の観光地には金城山城、龍沼瀑布、剛泉湖、潭陽湖、秋月山、内蔵山郡立公園などがあります。

醴泉天文宇宙科学公園
 
慶尚北道(醴泉郡 ) ,
醴泉天文宇宙センターでは、星と宇宙をテーマにした、韓国初のテーマ公園として科学観光、教育観光を先導しています。 センターには、夜空に輝く星たちを観測できる「醴泉星天文台」や、宇宙飛行士訓練を受けてみることのできる「醴泉宇宙環境体験館」、天文学の歴史と天体について勉強することのできる「天文学小公園」などがあります。 星天文台と宇宙環境体験館の2階には、家族や友達と一緒に夜遅くまで天体観測や天文学の講義を聞きながら寝起きを共にすることのできる観測者宿所が用意されています。 また、醴泉天文宇宙センターでは、天文や宇宙に関する様々な体験だけでなく、世界で唯一ヘリコプターに乗りながら天体観測をすることができる体験も提供しています。さらに、2014年からはアメリカのXcor社が製作する2人乗り準軌道宇宙船のLynxを導入し、世界で2番目となる民間宇宙旅行を準備しています。

国立天冠山自然休養林
 
全羅南道(長興郡 ) ,
湖南5大名山の一つである天冠山は冠山邑と大徳邑の境界にある標高723mの山。山全体が岩でできており、峰が天を突き刺すよう鋭く伸びているのが特徴です。春には椿が赤く咲き、秋にはすすきが壮観を演出。特に頂上付近の岩が付き刺さる様子が、珠玉で飾った天子の冕旒冠のようであるため天冠山と命名されました。 海岸近くは山脈に沿って海風が吹き、人の力では不可能な自然のダイナミックさが伺えます。山頂からは、南海岸多島海が東洋画のように一望でき、北を向くと霊岩の月出山、長興の帝岩山、光州の無等山が見渡せます。天気が良いと地平線に神秘的な済州島の漢拏山が浮かび上がります。峰と峰を結ぶ線上には、まるで自然造形物の展示のように奇岩怪石が並び、頂上付近には5万坪余りのすすき畑が広がっています。冠山寺が天冠山の登山路と繋がっているため、文化遺跡探査や登山などに最適です。休養林内には管理棟、ロッジ、駐車場、炊事場、林間学校などが併設され、周りにはきれいに整備された7kmの散策路が続いています。

赤裳山
 
全羅北道(茂朱郡 ) ,
韓国百景のひとつに数えられる赤裳山(1,034m)は、四方が膨大な岩に囲まれ、また、その崖の周りに赤い葉の木が多く生息し、秋になると、まるで山全体が赤いスカートを穿いているようなことから「赤裳山」と呼ばれるようになりました。この山には、標高1,034mのキボン香炉峰(1,029m)、天日滝、宋の滝、長刀岩、将軍岩などの観光スポットがあります。   また、恭愍王23年(1374年)、崔瑩将軍が耽羅を討伐した後、帰国の際にここを通りかかり、山の形勢が要塞として適切であること思い、王に築城を提案したお寺があり、その後、複数の人が山城への提案を行い、朝鮮実録がここに保管されるようになることで、山城が増築され、高麗忠烈王3年(1227年)、月印和尙により創建されたとされる安国寺があります。赤裳山は、徒歩での登山だけでなく、車道が整備されており、車で登ることもできます。茂朱揚水発電所の建設により、山頂まで車道を建設したことで、15kmの登山車道が作られました。