西大門刑務所歴史館
 
ソウル(西大門区)
西大門刑務所歴史館(ソデムンヒョンムソ・ヨクサグァン)は西大門独立公園内にある博物館。大韓帝国(1987~1910)末期に建てられた日帝強占期の代表的な弾圧機関として、数多くの韓国独立烈士たちがこの監獄に閉じ込められ拷問を受け死んだという歴史のある場所です。この博物館はこの歴史を再考し韓国民族の歩んできた歴史を称えるために建てられており、3・1独立運動直後、柳寬順烈士が監禁され死亡した地下監獄や監視塔、拷問室、死刑場、7棟の監獄、歴史展示館等がある他、1階の「追慕の場」では映像システムを通して設立背景や歴史的過程など西大門刑務所の歴史を見ることができます。また2階の「歴史の場」では民族抵抗室や刑務所歴史室、獄中生活室などが、地下1階の「体験の場」では臨時拘禁室と拷問室があり、その拷問の様子も再現されています。また公園内には史跡第32号である独立門と史跡第33号の迎恩門柱礎をはじめ、独立館と殉国先烈追念塔、3・1独立宣言記念塔などもあり、ゆっくりと時間をとって見て回りたい所。歴史と韓国民の民族精神について改めて考えてみるよい機会となるでしょう。

漢江市民公園 クァンナルプール
 
ソウル(江東区) ,
漢江公園には汝矣島漢江公園など6つの公園にプールがあります。プールは一般野外プールの半額ほどで安価で徹底した水質管理で安心して利用できます。利用者のために水泳用品や簡単な飲み物なども販売する売店など付帯施設もそろっています。*位置-オリンピック大橋からナムサ水源地の間

李應魯美術館
 
大田広域市(西区) ,
屯山大公園 大田市立美術館横の小さくこじんまりした白い建物の周りの松が調和して山中の小さな家のような<李應魯美術館>が、2007年5月にオープンしました。李應魯美術館は、この地域に残る韓国的伝統の現代化と世界化のために一生をかけた「世界的作家、顧菴李應魯画伯(1904~1989)」の芸術世界を建築物として昇華させようとフランス建築家のローラン・ボードエン(Laurent Beaudouin)が設計し、つくりました。 美術館の展示室は4つの空間が確保しながらもひとつの単一空間として感じて、神秘感を持ち、李應魯画伯の初期作品から晩年まで生涯の作品を一ヶ所で鑑賞できます。顧菴の作品世界が東洋と西洋の出会いであったように李應魯美術館の建築物や韓国作家・李應魯とフランス建築家ローラン・ボードエンの出会いが醸す調和という点がとても興味深いものです。これに続き、2010年3月、 礼山にある修徳寺に李應魯画伯の美術世界を継ぎ足され、韓国初の仏教専門美術館である「修徳寺 禅美術館」がオープンし、李應魯画伯が幼少過ごした忠清南道洪城郡洪北面中溪里一帯に記念館の建立や生家復元など一生と芸術世界を研究して全世界に広めています。

官北里遺跡と扶蘇山城[ユネスコ世界文化遺産]
 
忠清南道(扶余郡 ) ,
 百済文化の宝庫、扶蘇山と扶蘇山城扶余の市街地の北側に紺碧の林が続く海抜106mの低い扶蘇山が一番最初に目に留まります。扶蘇山には数多くの百済の女性達が花びらが散っていくかのように自らの死で節義を守った落花岩、百花亭、泗沘楼、半月楼、宮女祠、皐蘭寺、扶蘇山城(史跡第5号)、迎日楼、成忠・興首・階伯の百済忠臣を祭った三忠祠、穀物の倉庫だった軍倉址、百済の軍人の穴蔵である竪穴住居址など百済の歴史と百済王室の話が至る所に潜んでいます。「三国史記」の百済本紀には泗沘城、所扶里城と記録されていますが、山城があった山の名前をとって扶蘇山城と呼ばれています。この山城は百済の首都であった泗沘土城の一環であり、王宮を守護するために538年に首都の遷都前後の時期に築造されたものであると考えられており、これ以前の500年頃、すでに城山が築造されていた可能性があります。その後、605年に大々的に改築が行われたと推定されています、一方、一部の城壁は統一新羅時期に修築され、高麗と朝鮮時代にはその地域の規模に合うように縮小されて利用されていたと考えられています。  百済の文化に出会う、扶蘇山の遺跡地* 三忠祠扶蘇山城の正門である泗沘門を過ぎて少し歩いて上がっていくと三忠祠があります。外三門と内三門を過ぎて書堂に入ると百済末の三忠臣である成忠・興首・階伯の肖像画と位牌が祭られています。毎年10月の百済文化祭の時に祭祀を行い、3人の崇高な救国忠節を称えます。* 迎日楼迎日楼は扶蘇山城の一番東側の峰に建てられた百済王と貴族達が遠く鶏龍山の連天峰からの日の出を見て国政と国の平安、百姓達の平安を祈願した迎日台に立てた楼閣です。*軍倉址別名、万里蔵と呼ばれていたこの場所は1915年に焼かれたお米が発見された軍隊の穀物を保管していた倉庫です。* 竪穴住居址軍倉址を少し過ぎると穴蔵が見えます。穴蔵は百済の時に軍人達の穴蔵を発掘、復元したところで、1mほど掘って四方を木やわらで塀を囲った後、わらの屋根を置いた様子です。穴蔵と貯蔵庫を発掘した場所に展示室を建て、構成をしっかりと見ることができるようにしました。* 泗沘楼扶蘇山で一番高い所(海抜106m)に位置する泗沘楼に月が明るい夜に登ると美しい景色が目の前に広がります。泗沘楼の建立当時、泉水を掘っていたら金銅釈迦如來立像(宝物大196号)が発見されました。* 百花亭落花岩の絶壁の上に建てられた六角の屋根の亭子が百花亭です。白馬江を見下ろすことができる百花亭は百済滅亡当時、花びらのように落ちて死ぬことで忠節を守った崇高な百済の女性達の魂を追悼するために1929年に扶風詩社という団体が建てました。 * 宮女祠半月楼広場で東北側を少し下ると宮女祠があります。この宮女祠は660年に連合軍によって泗沘城が墜落した日、落花岩で花びらのように落ちて死んでいった百済の女性達の忠節を追悼し、その意味を後世に広く伝えようと1965年に建てられました。10月の百済文化祭の時に司祭を行います。* 官北里遺跡官北里遺跡は1983年9月に忠清南道記念物第43号伝百済王宮址に指定されています。1982年からこの一帯を中心に忠南大学博物館で5回に渡って発掘調査を行いました。1983年度に方形石築蓮池が発見され、1988年度の発掘調査では土器の口縁部に北舎という銘文が刻まれたものが発見され、1992年度には現在の国立扶余文化財研究所の南側50mのところから百済時代の道路の遺跡や排水施設が見つかりました。 

アルペンシアリゾートスキー場
 
江原道(平昌郡)
アルペンシアスキー場はスノーボードと家族スキーヤーに特化した6面のスロープに初・中級者のための1.4kmのスロープで構成され、熟練スキーヤーだけでなく初級のスキーヤーもダイナミックなスキーを楽しむことができます。スノーボードマニアのための専用スロープも完備し、スピード感あふれる刺激的な滑りを思い切り楽しむことができます。また、オフシーズンにはスロープの下にある10万平方メートルの空間が野生草花園に一変します。アルペンシアスキー場は、オン・オフシーズン関係なく一年を通して楽しめる多用途レジャー施設です。      

鍾路・清渓観光特区
 
ソウル(鍾路区)
清渓川と鍾路通りの間にある瑞麟(ソリン)洞から昌信(チャンシン)洞までの約3.4kmの細長い地域である清渓観光特区は、貫鉄(クァンチョル)洞の青春通り、広蔵市場、世運商店街、照明商店街、薬局・医療機器商店街、記章商店街、印章通り、文具・玩具市場、水族館通り、靴商店街など、約1万4,000店舗の商店が密集しているところです。 鍾路・清渓観光特区の付近には、様々な高層ビルとともに朝鮮時代の宮殿である景福宮・昌徳宮・昌慶宮・徳寿宮・雲峴宮があり、現代と伝統が共存しています。 ソウル市の心臓部といえる清渓川辺りには、マスコミや官公署、書店などが集まっており、ソウルの文化をもっとも近くで感じることができます。また、清渓川沿いの散歩コースは観光客に人気があります。

清平湖畔
 
京畿道(加平郡)
清平から車で10分のところにある清平湖は北漢江を塞いで作った清平ダムによってできた人工の湖です。周囲の山や湖が大変美しく、ソウルから50キロメートルしか離れていないため日帰りコースの観光地として人気を呼んでいます。 清平湖周辺には遊園地や別荘などがあり、また湖の北にある清平フェリー船着場から遊覧船を利用して美しい北漢江をのぼることもできます。 湖では水上スキーを始め宿泊施設が完備されており休養地としても有名です。清平湖周辺にはボート乗り場が全部で30ヶ所あり、水上スキーやモーターボート、ジェットスキー、バナナボートなどの水上レジャースポーツを楽しめます。

天帝淵瀑布
 
済州道(西帰浦市)
「神の蓮池」という意味を持つ天帝淵(チョンジェヨン)は、3段の滝からなっています。天帝淵瀑布の周辺の林には松葉蘭などの珍しい植物が自生しています。第1瀑布(高さ22メートル、水深21メートル)から流れ落ちる東側の岩洞窟の天井からは冷たい水が流れ出していますが、現在は水泳が禁止されています。瀑布から流れ出る水は第2瀑布、第3瀑布になり海に流れ込んでいます。天帝淵渓谷には「仙臨僑(七人の仙女を彫刻したアーチ型の橋)」と「天帝楼」と呼ばれる8角の楼閣が建てられています。七仙女と呼ばれる仙臨僑は天帝淵と中文観光団地に続く橋で128メートルにもなります。天帝楼の外壁には天帝淵の伝説がこめられた仙女図と神仙図が描かれています。毎年、偶数年の5月には、七仙女祭りが開かれています。

ハヌル公園
 
ソウル(麻浦区)
ワールドカップ公園の中で最も空と近いところに位置した「ハヌル公園」は蘭芝島第2埋立地に作られた草地公園です。第2埋立地は漢江の上流に位置しており面積は19万平方メートルで、ここは蘭芝島の中で最も土壌が痩せている地域でした。ハヌル公園はごみ埋立地の安定化工事の結果として作られた人工的な土地で、痩せ地から自然がどのように芽生えるのかを見せてくれる空間です。 ハヌル公園の何よりの特徴は、広い草地が広がっているところにあります。排水のために作られた稜線を境にして×字に分けられた4つの地区の南側にはススキと葦が植えられ、風に揺れるススキの中で市民たちが自然を感じられるようになっており、背の低い草地にはアザミ、スミレ、ニガナなどの自生種とクローバーのような帰化種が一緒に植えられています。また、2000年からハヌル公園を中心に蘭芝島にモンシロチョウやカラスアゲハなど3万匹以上の蝶が放たれました。 蘭芝島で最も高いここハヌル公園に立つと、ソウルの風景が一望でき、北側には北漢山、東側には南山と63ビルディング、南側には漢江、西側には幸州山城が見えます。このような恵まれた条件を活かし斜面に展望台が作られ、利用者が休息できる便宜施設も設置されています。

ソウル文廟と成均館
 
ソウル(鍾路区) ,
文廟は儒教を集大成した孔子をはじめ、昔の聖賢たちの位牌を祭って祭祀をした位牌堂であり、国立の最高教育機関とも言われています。中国が唐の時代、孔子が文宣王に追封されたことにより文宣王廟と呼ばれましたが、元代以降現在の文廟となりました。明倫堂の前には天然記念物第59号のイチョウの木があり、春、秋には孔子をはじめ聖賢の祭祀をおこなっています。