束草灯台展望台
 
江原道(束草市)
束草灯台展望台(ソクチョ・トゥンデ・チョンマンデ)は雪岳山、東海、束草市内を展望することができる展望台。ここから東海側には束草海水浴場や鳥島が見える他、雪岳山側には大青峰と蔚山岩なども見ることができます。そしてなんといってもここから見る東海の青い海が美しいため多くの観光客がここを訪れます。白くてロマンティックな印象を与えるこの展望台には、望遠鏡も設置されています。また、近くには霊琴亭という東屋のような場所があり、ここもまた日の出の名所として有名です。

出版都市文化財団[坡州出版団地]
 
京畿道(坡州市 )
 坡州出版都市(Paju bookcity)は、京畿道坡州市交河邑に作られた国家文化産業団地であり、文化体育観光部の傘下機関です。約1万人の従業員が250余りの出版関連の企業で働いているというまさに「本の村」であると言えます。本を企画する段階から印刷をし、消費者の手に届けるまでのすべての過程がここで行われます。 「アジア出版文化情報センター(Asia Publication Culture & Information Center)」は、ブックカフェ、古本屋、ギャラリー、レストランなどが集まっている空間で、多様な展示とフォーラムも開かれています。 「タンタンストーリーハウス」は、子ども用絵本の専門出版社であるヨウォンメディアが運営し、公演場やギャラリー、ブックカフェが集まっている複合子ども文化センターです。他にも、「悦話堂」や「飛龍沼アウトレットカメレオン」、「多楽園/ムンゴン社ブックカフェ」などの多様な文化空間があります。 出版社の建物の1階には、本の販売をしているブックショップとお茶と一緒に本を楽しめるカフェが併設されています。出版社が運営する施設は午前9時から午後6時までの営業で、週末および祝日は休みのところが多いため、訪れる際はこの点を参考にし、事前に営業時間を確認してから行くのも良いでしょう。 この他にも、坡州出版都市には見どころや楽しめるスポットが満載です。現代的な建物は自然と調和して独特な雰囲気をかもし出しています。また、アジア出版文化情報センターの方へ行くと異色的な雰囲気の韓屋があり、伝統の価値と現代的感覚を同時に感じることができます。 

済州三多水
 
済州道(済州市 )
三多水は済州特別自治道開発公社が生産する火山岩盤水で清浄した済州の代表製品と言えるでしょう。済州島は年間の降水量が国内最大で、総降水量の46%程度が地下に染み込み、地下水として膨大な資源を形成しています。この中でも三多水工場がある橋来村は雨が多く降り、農業を営むことができないほどで、済州島の中で唯一、生水の取水許可が出た場所です。 見学プログラムはまず、10分程度の公報映像を観覧します。映像観覧後は、広報館に移動して水の歴史と済州の地下水の誕生、済州の地質の特質、火山岩盤水が形成される過程などを見ます。広報館の入口は水が流れているような様子がデザインされており、中に入ると壁の一方には済州の地形を再現されており、地下水が流れている大地の中に入ったような感覚を感じることができます。 済州島は火山活動で形成されている火山島で十数層の玄武岩の溶岩層でできています。雨水が地下に染み込み、この溶岩層に沿って移動する過程で不純物が濾過されて各種有益な天然ミネラル成分が溶解され、純粋な済州の水ができます。広報館の観覧後、工場の見学を行います。取水から梱包過程まで三多水の製造ラインを見ることができます。三多水は原水貯蔵所から1次段階として紫外線での殺菌を行い、2次段階としてフィルターでの濾過を行います。地下420mにある火山岩盤水を原水として使用し、最小限の濾過過程で自然のそのままの清浄な水が消費者に届けられます。三多水ではペットボトルも生産しています。外部で生産しているペットボトルを使用すると梱包や運搬の際に汚染の原因となりかねないからです。 済州特別自治道開発公社は三多水以外にも2ヶ所の工場でカリュウムが含まれた製品を製造しています。また、済州の農家の所得援助のため、済州島で生産された麦で地域生産のビールの発売を控えています。

昆池岩リゾート
 
京畿道(広州郡)
昆池岩リゾートは、ソウルの江南から自動車で1時間以内で行ける距離に位置しています。昆池岩リゾートは京畿道で最大規模のスキー場や、全476室の客室からなるコンドミニアム、韓国最初の滞在型スパなど様々な施設が備わっており、1年を通して訪れ、休息の時間を楽しむことができます。また、リゾートの中を流れる生態河川や、約9万本のワインが貯蔵されている洞窟ワインセラーでは様々な体験をすることができます。昆池岩リゾートのもうひとつの見所は、ホタルを見ることもできる樹木園です。昆池岩樹木園は、20以上の多様なテーマの庭園に約3,700種の植物を収集・展示しています。

丹陽八景
 
忠清北道(丹陽郡 ) ,
丹陽八景(タニャン・パルギョン)とは、丹陽において美しいことで有名な下仙岩、中仙岩、上仙岩、舍人岩、亀潭峰、玉荀峰、嶋潭三峰、石門の8ヶ所を指しています。丹陽八景は朝鮮時代(1392-1910)、多くの学者たちが休んで行った所で、歴史的にも文化的にも由緒深い名勝古跡が多くあります。ここには小白山や錦繍山、道楽山の渓谷ごと、奇岩怪石が雄壮に広がっています。また澄んだ水が多くの滝を作り上げています。その中で最も美しいことで有名なのは島潭三峰です。島潭三峰は大きくS字を描いて曲がる南漢江の真中にそそり立つ三つの岩です。川の真中にこのような岩が三つも立っている風景はここでしか見られません。ここには一つの伝説があります。三つの岩のうち、真中の大きな岩を夫峰(またの名を将軍峰)といい、右側の岩を妻峰(またの名を息子峰)、左側の岩を妾峰(またの名を娘峰)と呼びますが、この名にちなんだ伝説です。昔、仲のいい夫婦が住んでいましたが、子どもがいなかったそうです。子どもを産むために妾をもらったのですが、妾が子どもを産むと本妻をいびり、嘲弄したといいます。それを見た天の神様がこの人たちを石にしてしまったという伝説です。伝説のためか、三つの岩が並んでいる姿がとても興味深いところです。島潭三峰から入口反対側の丘の上に行くと、小さな東屋、離郷亭があります。離郷亭は忠州ダム建設で故郷が水没した人々を慰めるために建てた東屋です。東屋から見下ろすと、島潭三峰が一目で見渡せます。そして離郷亭から反対側にある道に沿っていくと石門があります。大きな岩の真中が大きく空いていて、人工で空けたように見えますが、自然石です。ほかにも丹陽八景は丹陽の美しい所が集まっているだけに、ぜひ寄ってみるべきでしょう。

龍淵
 
済州道(済州市 )
龍淵は河川の下流知育の海水と淡水が混ざるところで、昔龍王の使者が出入りしたという伝説があります。池の両側に8つの岩壁が屏風のように立っている狭い渓谷で、瀛洲12景の一つです。ここは龍淵夜帆とも呼ばれます。龍淵夜帆とは風流客が夜間に船を浮かべ、奇岩絶壁の澄んだ水にうつる月が美しい言ったことからこう言います。 また、ここは夜景の美しいところとして、夜間にドライブを楽しむ人も多くいます。

金順子名人のキムチテーマパーク
 
京畿道(富川市)
金順子名人のキムチテーマパークは、韓食のグローバル化ならびにキムチのグローバル化を先導する場となることを目指し、つくられました。ここではキムチの歴史、由来、優秀性などキムチに関するあらゆる情報を得ることができます。また、外国人を対象にしたキムチ作り体験プログラムも実施されており、体験後は作ったキムチと共にマッコリやおにぎりなどの軽食も提供されます。富川工芸通りの韓屋村内に位置しているため、韓屋の趣を感じながら韓服体験や金属工芸体験なども一緒に体験することができ、フォトゾーンも設置されているため、韓国の伝統美と趣を写真に収めることもできます。仁川および金浦空港から約30分、ソウル市内からは約1時間とアクセスも抜群です。 

中文・穡達海岸
 
済州道(西帰浦市)
中文・穡達海岸(チュンムン・セクタルヘビョン)の砂浜は長さ560m、幅50mほどで、平均水深は1.2mほどです。白浜には「チンモサル」と呼ばれる黒、白、赤、灰色などの様々な色の砂と、済州道の黒い玄武岩が調和をなした美しい風景は、映画やドラマの撮影地としても有名です。砂浜の右側の絶壁には天然海蝕洞窟(15メートル)が一つあり、その後ろを岩が屏風のように囲んでいます。水上スキーやウィンドサーフィン、スキューバーダイビング等のマリンスポーツも楽しむこともできます。済州島の中文観光団地にあるこの海水浴場はキャンプ場、公衆トイレ、脱衣室、給水台、コンビになどの各種便宜施設、宿泊施設や食事処も数多くあります。

潭陽メタセコイアキル
 
全羅南道(潭陽郡 ) ,
映画「ワニとジュナ」でワニが父親と一緒に車に乗って通り過ぎるシーンを撮影したのがまさに淳昌から潭陽に続くメタセコイアキルです。韓国竹博物館から15番国道を走り出すと童話の中のような美しい並木に思わず見とれてしまうほどです。潭陽には竹林以外にも街路樹としてメタセコイアが植えられており、異国的で幻想的な風景を作り出しています。 メタセコイア(Metasequoia)は元々中国が産地ですが、アメリカに渡り改良され、潭陽(タミャン)郡では1970年代初期の全国的な並木造成事業当時、内務省の模範並木に指定され、3~4年ものの苗木を植えたものが現在の並木をつくっています。2002年、山林庁と生命の森栽培国民運動本部により「最も美しい並木」に選ばれた場所でもあります。

徐相敦古宅
 
大邱広域市(中区) ,
徐相敦(ソ・サンドン/1851-1913)は、朝鮮時代末期の企業家で、官僚でもあり民族独立運動家でもありました。大邱で紙屋と反物商として成功した人物で、政府の検税官となり租税の管理の役も担いました。1907年、政府が日本からの多額の負債を抱え、国権を失うと考えた彼は、大邱広文社の社長である金光済と共に国債報償運動を繰り広げました。大邱市は、桂山洞の李相和古宅の横にあった徐相敦の生家を復元し、国債報償運動記念公園を造成し、銅像を建てるなど彼の志を称えています。