興国寺(文化財資料第38号)(흥국사
 
全羅南道(麗水市 ) ,
興国寺という名前からもわかるように「国家が栄えればお寺も栄える」という言葉通りに国の繁栄を祈願するために建立されたお寺です。麗水国家産業団地の近くにある霊鷲山の深い森に1195年(高麗時代)に創建した興国寺境内には大雄殿をはじめとし、円通殿、捌相殿などの文化財があります。興国寺大雄殿(宝物第396号)はピッサル門をつけて全部開放することができるようにしたことが特徴で、大雄殿の後仏丁書は宝物第578号に指定されていて興国寺の入口にある虹橋の立派な姿は宝物(第563号)の価値を遺憾なく見せてくれます。それ以外にも興国寺盧舎那仏掛仏丁、水月観音図、十六羅漢図など3点の宝物があります。興国寺は壬辰倭乱の時、境内に約300名の僧兵海軍が訓練をした場所として有名です。毎年4月初め頃から1ヶ月間は、興国寺大雄殿の後ろの海抜439mの霊鷲峰と510mの進礼峰に続く尾根全体がツツジの花で真っ赤に染まります。この時期に「霊鷲山ツヅジ祭り」が開催されます。 

中央塔公園(忠州)
 
忠清北道(忠州市 ) ,
* 中原塔坪里七層石塔のある市民公園、中央塔史跡公園 * 国宝第6号である中原塔坪里七層石塔は韓国の中央にあるということで中央塔と呼ばれています。この塔は統一新羅時際(9世紀中ごろ)に建てられたとされ、高さ14.5mの唯一の7層石塔です。中央塔周辺には彫刻公園が造られ、「文化財と湖畔芸術の出会い」というテーマで国内の彫刻家たちの作品26点が展示されている忠清北道最大の野外彫刻公園です。 * 忠州市民の憩いの場、中央塔史跡公園 * 史跡公園は市民たちの公園として彫刻物や散策路、忠州博物館や野外博物館、音楽噴水、中央塔、簡易噴水などがあります。このような施設を基盤に中央塔史跡公園は忠州の市民たちの憩いの場、子ども達の学びの場として発展しました。また、中央塔公園の北側には忠州調整池ダムがあります。  

承日橋
 
江原道(鉄原郡) ,
「承日橋(スンイルギョ)」は、北韓(北朝鮮)と南韓(韓国)合作の橋です。この地域が北韓の土地だった時に着工し、休戦後に韓国の土地になってから完工、その後、2002年5月31日、登録文化財第26号に指定されました。

麗水忠愍祠
 
全羅南道(麗水市 ) ,
忠愍祠(チュンミンサ)は馬来(マレ)山(385.2m)のふもとに位置しています。1601年に体察使(非常時の軍務総括官)である李恒福(イ・ハンボク)が王命を受けて壬辰倭乱(文禄・慶長の役)後の民心を探り、統制使(水軍の総指揮官)であった李時言(イ・シオン)に命じて建立させたものです。1993年6月1日に国家史跡第381号に指定されました。

道洞薬水
 
慶尚北道(鬱陵郡) ,
道洞薬水場は、土類炭酸鉄泉であり、マグネシウム、塩素、炭酸イオンなどの成分が含まれており、貧血、生理障害、リュウマチ性疾患、湿疹、などの皮膚病に効果があることで知られています。 昔々、日本人と戦っていた将軍が亡くなった後に、将軍の冑をこの近くに埋めてその冑が土に返り、流れる鉄の水が薬水になったと伝えられており、この水でご飯を炊くと青みを帯びます。

北岳スカイウェイ
 
ソウル(鍾路区) ,
1968年9月に開通した北岳スカイウェイはソウルの主山である北岳山の稜線に沿って造られた観光道路で、長さが約19キロあります。 この道を辿っていくと、一方は北漢山・碑峰と文殊峰が続く山々が壮観をなし、また一方では南山とソウル市の美しい景色が見られます。全区間にわたって整備された街路樹や樹木が季節ごとに花を咲かせ、素晴らしい景観をつくりだします。http://bukak-palgakjeong.tistory.com

ソウル大学校農業生命科学大学樹木園
 
京畿道(安養市) ,
京畿道安養市に位置するソウル大学校冠岳樹木園は、韓国に自生する植物及び北半球の植物の収集・繁殖・保全・展示・研究を行い、関連知識及び情報の蓄積や教育、そして国内外の関連機関との交流、協力を推進しています。  

羅済通門
 
全羅北道(茂朱郡 ) ,
*新羅と百済が国境を成した歴史的通路* 茂朱雪川面にある羅済通門は、三国時代、新羅と百済が国境をなしていた場所で、雪川面の新斗村と雪川里の伊南村の境界をなす石絹山にある岩の洞窟です。高さ3m、長さ10mほどの大きさ。 三国時代には石絹山岩尾根を境に東側は、新羅の地、西側の雪川、赤裳面、茂朱邑などは、百済の地でした。このように三国時代から高麗までの間、風習や文化の全く異なる地域であっただけに、今でも言語や風習などの特色を大事にしており、雪川市日に行くと、方言だけで茂朱と茂豊の人を区別できるほどです。

忠義祠
 
忠清南道(礼山郡 ) ,
礼山から北西に23キロのところに位置する忠義祠は、日帝強占期に独立闘士であった尹奉吉義士が生まれ、亡命するまで農村啓蒙と愛国精神の高揚に努めたところで、尹義士の義挙や愛国心を称えるために1968年に設立されました。毎年4月29日には尹義士の愛国心を記念して梅軒文化祭が開かれています。尹義士の貴重な遺品は記念館に展示されており、宝物第568号に指定され、保護されています。