慶尚南道(南海郡 )

蔚山岩刻画博物館は2008年5月に蔚山岩刻画展示館としてオープンし、2010年5月から現在の名称に変更されました。博物館には盤亀台岩刻画や川前里刻石の実物大模型、岩刻画遺跡を紹介する立体映像施設、先史時代の生活が分かる各種模型や写真、子ども展示館、家族体験施設などがあります。


江原道(太白市) , 平昌

江原道太白市にある「杻田駅(チュジョンヨク)」は、1973年11月10日に駅舎の新築竣工と同時に、普通駅として営業を開始しました。海抜855mと韓国で最も標高が高いところにある列車駅なため、1年を通して暖房をつけなければならないほどです。特に、鉄道庁が開発した観光商品で1998年12月13日に運行が開始された環状線循環列車により一般に広く知られるようになった杻田駅は、ひとつの鉄道観光名所となりました。また、杻田駅に行くには、韓国で2番目に長い「チョンアムグル」というトンネルを通過しなければならないという点でも有名です。


忠清北道(清州市 )

* 文化遺跡とともに憩いのひとときが過ごせる空間、清州中央公園 * 古の時代から清州(チョンジュ)の地形は清州の街を南北に流れる無心川(ムシムチョン)に浮かぶ船のような形をしていることから、舟城(チュソン)と呼ばれていました。清州のど真ん中といえる南門路2街にある龍頭寺址鉄幢竿(ヨンドゥサジチョルダンガン)はその舟を安定させるため立てた帆柱とも言われています。 清州中央公園は全州市の真ん中にあり、園内には鴨脚樹や忠清道兵馬節度使営門、望仙楼という歴史的な遺跡が数多くあります。 兵馬節度使営門は木造二階建ての楼閣で、正面3間、側面2間の翼工系八角屋根の建物となっており、有形文化財第15号に指定されています。 その前には樹齢およそ1000年と推定されるイチョウの木・鴨脚樹や趙憲(チョ・ホン)先生と霊圭(ヨンギュ)大師を称える碑、朝鮮時代末期の義兵長・韓鳳洙(ハン・ボンス)の頌功碑、同じく朝鮮時代末期の義兵長・朴春茂(パク・チュンム)の碑などがあります。 清州中央公園は全州市の中心にある市民の憩いの場所で、市民を対象としたさまざまなコンサートやイベントが開催されています。 公園内には樹齢およそ1000年のイチョウの木・鴨脚樹(忠清北道記念物第5号)や木造2階建ての楼閣・忠清道兵馬節度使営門(地方有形文化財第15号)、趙憲戦場記蹟碑(地方有形文化財第136号)、清州斥和碑(地方記念物第23号)など記念物や有形文化財が多数あります。 * 清州中央公園にあるイチョウの木の伝説 * 清州中央公園にある銀杏の木は葉っぱの形が鴨の足のような形をしていることから、鴨脚樹という名前が付けられています。 またこのイチョウの木にはこんな言い伝えもあります。 高麗時代末、恭譲王(コンヤンワン・在位1389~1392年)の時代、尹彛(ユン・イ)と李初(イ・チョ)がその後朝鮮王朝を打ち立てることになる李成桂(イ・ソンゲ)一派を排除するため、中国の明に出向き、李成桂が恭譲王とともに明を討とうとしていると嘘の話を伝えました。この一件が原因で、李穡(イ・セク)、権近(クォン・グン)などが清州獄に捕らえられ尋問を受けるといなや、豪雨が降り、清州の城内が洪水に見舞われてしまいます。獄のそばには大きな木があり、罪をかけられたその人々が洪水を避けるためこの木に上り、命からがら生き残ったという言い伝えがあり、その木がこの鴨脚樹だったと言われています。 [文化財情報] 忠清道兵馬節度使営門(地方有形文化財第15号)、鴨脚樹(忠清北道記念物第5号)、望仙楼(地方有形文化財第110号)、趙憲戦場記蹟碑(地方有形文化財第136号)、清州斥和碑(地方記念物第23号)


ソウル(龍山区) , 梨泰院・龍山

ソウル特別市龍山区漢南洞にあるソウル中央聖院は1969年5月、パク・チョンヒ大統領の特別配慮で韓国政府が約5,000㎡にもおよぶ聖院の建設用の敷地を寄与し、サウジアラビアを始めとしたイスラム国家が聖院およびイスラムセンター建設費用を全額支援することで1974年10月に着工、1976年5月21日に開院した韓国で最初のイスラム寺院です。漢江と南山の中間地点にある中央聖院は1階に「韓国のイスラム中央会」事務室と会議室、2階に男性礼拝室(427㎡)、3階に女性礼拝室が設置されています。付属の建物であるイスラムセンターは本来、建坪1,362㎡の2階建ての建物として建設されましたが1990年7月20日にサウジアラビアの「イスラム開発銀行」からの増築費用3億5,000万ウォンの支援により、1991年11月に建て増し工事が行われて3階建ての建物となり、現在では子ども達の教育のための施設とイスラム文化研究所および学生会など傘下団体の事務室があります。


忠清北道(丹陽郡 )

全長1.12kmを誇る丹陽江(タニャンガン)桟道は、これまで行くことができなかった南漢江(ナマンガン)縁の岩壁に張り出すように設置された遊歩道で、トレッキングのロマンや爽快なスリルを全身で体験できます。 丹陽江桟道からは南漢江の風景を一望でき、海外の有名観光スポットによくある桟道の韓国版ともいうべき散策路です。 近くには苔トンネル、満天下スカイウォーク、垂楊介先史遺物展示館、垂楊介光のトンネルなどの見どころも多く、観光・地質・歴史を同時に体験できる観光エリアとなっています。


忠清南道(舒川郡 )

韓山カラムシ館はカラムシの伝統性とその製織技術を広く知らせ、伝承保存しようという目的で1993年8月に開館されました。8万5千㎡の規模の敷地内に伝統工房、教育館、韓山素穀酒製造場、土俗館などの施設があります。 教育館内の全施設にはカラムシの歴史を伝える考証書籍とはた織り機、カラムシ製品などが展示されています。伝統工房ではカラムシ草の栽培からカラムシの裂き方、編み方、結び方などの工程を再演します。また、250点余りの郷土文化資料が展示されており昔の人の生活をのぞくことができます。展示室では韓山カラムシを素材にしたファッションデザインを通して現代人の好みに合わせた服を毎年制作、公開していて、様々なカラムシ製品の販売も行っています。韓山カラムシは夏用の高級生地として清潔で清楚さが自慢の品位ある天然生地です。


忠清北道(陰城郡 )

甘谷本堂は1896年に設立された100年以上の歴史がある場所です。初代イム・ガミルロ神父はパリ外邦伝教会の所属で1893年に敍品後、すぐに入国してその翌年である1894年に最初の本堂として神学堂があった由緒正しい驪州の教友村、プオンゴルに赴任されました。しかし本堂の司牧地が北側にあるということだけではなく、山地部落に続いており本堂を移転しようとしていたところ、司牧を訪問中、驪州を過ぎて長湖院に至った時に山のふもとに大宮殿のような家を見て、ここが本堂の司牧地として最も適していると直感しました。その後すぐにカミルロ神父は「聖母様、万が一、あの大宮殿のような家と山を私の所有にしてくださるのなら、私はあなたの卑賤の身となりましょう。そしてその従母が玫瑰聖母様となるでしょう」とお祈りをし、ブオンゴルに戻って玫瑰聖母様に願いました。当時、大宮殿のような家は明成皇后の又従兄弟である閔應植の家であり、1882年に壬午軍乱の時に明成皇后が非難した場所でもあります。1896年5月の聖母聖月に、すべての家の敷地と山を購入、玫瑰聖月である10月7日に本堂の設立に至りました。結局、ガミルロ神父が最初にお祈りをした通り、甘谷本堂を聖母に奉献し、ここが甘谷甘谷玫瑰聖母巡礼地聖堂となりました。


忠清南道(天安市 )

忠清南道天安市芝山里国学院内の20万㎡の敷地にある「韓民族歴史文化公園」は、檀君の開天思想や宗教、文化を超越した弘益精神を基に建設された場所です。中央には高さ33mの韓国最大の「国祖・檀君立像」が置かれています。また、「開国の歴史コーナー」には高句麗(BC37-AD558 : 朱蒙)百済(BC18-AD660 : 温祚)、新(BC57-AD935 : 朴赫居世)ら始祖像が置かれている他、護国歴史コーナーには広開土大王(374-412、在位391-412)、忠武公・李瞬臣(1545-1598)将軍など韓国の歴史を代表する偉人像が展示されています。公園の入口には(天符経大宗教の基本経典)碑石が置かれ、「光復の歴史コーナー」には柳寬順や安重根、尹奉吉などの独立運動家の偉人像が展示されています。さらには、世界の平和を祈願し、世界5大聖人の釈迦、孔子、イエス、ソクラテス、聖母マリア像も置かれています。この他にも多勿展示館や善導文化体験色場、彫刻公園、伝統民俗村、国弓場、乗馬広場などが完備されています。


忠清南道(洪城郡 )

泰安郡、安眠邑の白沙場港と共に忠南西海岸の代表的な水産物食品観光名所として知られ、特にイセエビ、鳥貝、ヒラメ、クロソイなど多くの水産物が獲れることで有名な場所。毎年9月~10月にかけてイセエビ祭りが開かれ、美食家たちがここを訪れ、新鮮でさっぱりした味のイセエビを試食するなど、観光地としても人気を集めています。また、ここでは浅水湾で最もおいしいとされる鳥貝潮干狩りができます。おいしいシーフードスープに鳥貝をさっと湯がいてチョコチュジャン(唐辛子酢味噌)につけて食べる鳥貝しゃぶしゃぶ料理がここの名物。深い甘みと、すっきりした後味が美味しいと評判です。周辺の秀麗な海岸の景観が、慌しい喧騒を離れ、寛ぎのひと時を与えてくれます。南塘港から船で約10分の距離にある竹島(チュクト)は、各種魚介類とともに竹の島として広く知られています。毎年9月末頃に開催される南塘里イセエビ祭りでは、豊漁祭、漁船パレード、群民のど自慢、相撲大会、食べ物市場、特産品販売場運営など、見どころ満載。周辺にある西海の小金剛山と呼ばれる龍鳳山やチェ・ヨン、ソン・サムムン、キム・ジャジン、ハン・ヨンウンなどの忠義烈士の生家などに立ち寄ってみるのもよいでしょう。


慶尚北道(青松郡 )

平山申氏判事公派宗宅(ピョンサンシンシパンサゴンパジョンテク)は、1990年に慶尚北道民俗資料第89号に指定された古宅です。 この家は、朝鮮時代の粛宗(在位期間1674~1720)の時代に申漢泰が建てた建物で、申崇謙将軍の15代子孫である申得清を始祖としています。 家の構造は、朝鮮時代の上流階級の典型的な住宅様式をしています。大門の横にヘンナンチェ(門屋)とコッカン(庫間、穀物や物を入れておくところ)があり、広い庭にはㅁ型のアンチェ(母屋)と別室、亭子(あずまや)などが建っています。 また、平山申氏判事公派宗宅の近くには棲碧古宅(慶尚北道民俗資料第101号)と泗南古宅があります。どちらも朝鮮後期に建てられた平山申氏判事公派一族が暮らしていた家屋であることから、このあたりに集姓村が形成されていたことがうかがえます。