忠清南道(瑞山市 )

海美面から6kmほど離れた象王山(307m)にある開心寺は忠清道の4大寺院のひとつです。駐車場から境内に続く山道は静かで美しく、春になると桜が咲きます。開心寺の大雄殿は正面3間、側面3間の1階建てでこの構造形式は多包家系統と柱心包家系統の技法を合わせた折衷式です。1484年に建てられ、宝物第143号に指定されました。


光州広域市(光山区)

柔らかいクリーム生ビールとモクテが代表メニューで、他にも色々な乾燥おつまみ、てんぷら類、簡単なお食事ができるタン(お鍋類)もあります.


慶尚北道(聞慶市 )

2001年3月にオープンした聞慶総合温泉(ムンギョン・チョンハプ・オンチョン)は、2500人が同時に温泉を楽しむことが出来る大型総合温泉です。ここでは2種類の温泉水が使用されています。1つは地下900mから汲み上げた黄土色の温泉水で、皮膚炎や心臓病の治療に効果的です。もう1つは地下750mから汲み上げた温泉水で、傷の回復や呼吸器に効果があります。聞慶総合温泉では異なる効果のある2種類の温泉を一度に楽しむことが出来ます。


忠清北道(丹陽郡 )

*三国時代の戦略的な要衝の地、赤城山城* 丹陽城在山にある石を積んで造られた山城で、1979年8月1日に史跡第265号に指定されました。周囲が約900mで大部分が崩壊されてしまい、北東側の内側の一部のみ残っています。城門は南西側、東側、南東側に3ヶ所で発見されました。城内には赤城碑があります。高麗軍が占領していたものを新羅軍が奪い、北進製作の前哨基地を構築した場所です。  *赤城山城の歴史的の意義* 1978年、城内で赤城碑が発見され、これによると新羅と高句麗の勢力関係の変動を知ることができます。碑石以外に三国時代の土器の破片と瓦の破片も発見され、高麗時代の遺物もあり、高麗後期まで今日の丹陽地方を治めてきた邑城の役目をしてきたことがわかります。城内には新羅および百済の土器のかけらや高麗朝の青磁のかけらなども発見されました。築城方法がとてもしっかりしており、新羅の築城術を研究するのに貴重な資料として評価されています。


全羅南道(木浦市 )

交通の便が良い、木浦新都市の中心部に位置するシャルマンモーテルは、モダンな6階建ての建物で、周辺には飲食店などの便宜施設が充実しています。客室はオンドルとベッドタイプがあり、客室内部は洗練された雰囲気のインテリアが施されています。ホテルの周辺にある木浦港からは、外達島、高下島、三鶴島などへの移動も可能で、木浦港国際旅客ターミナルも近くにあります。その他に、儒達山、儒達海水浴場、木浦カッパウィ、平和広場などがあり、特に儒達山の麓にある落照台では多島海の美しい景観や日没を見ることができます。


全羅北道(茂朱郡 )

茂朱九千洞・徳裕山国立公園内の茂朱リゾート付近に位置しており、ペンションの前には渓流があり、裏には美しい徳裕山が広がるなど、自然の美しい場所にあります。茂朱リゾートから車で7分のところにあり、徳裕山渓谷に沿っての登山など、レジャースポーツが楽しめます。屋外バーベキューや炊事ができ、企業や団体のワークショップ、家族連れの宿泊、合宿なども可能です。


ソウル(龍山区) , 梨泰院・龍山


済州道(済州市 )

済州道で一番最初に開場した済州カントリークラブは済州市 5.16道路上の海抜560の高地に位置しています。春には菩提樹の花、秋にはススキが咲き、山中の原野の独特な感じを楽しむことができます。夏は済州市内と5度の気温差があるため涼しくゴルフをすることができます。漢拏山を背景にして果てしなく続く草原と涼しげに広がる海が楽しめるゴルフ場は、全体が自然とひとつになっています。95年度には、世界最高のゴルファーを選ぶ「ジョニーウォーカー・スキンスゴルフ大会」が開催されました。


京畿道(坡州市 ) , 坡州(ヘイリ村)

坡州三陵は恭陵、順陵、永陵の3つの陵で構成されています。恭陵は朝鮮第8代睿宗の太子妃である章順王后(1445-1461年)韓氏の墓ですが、章順王后が太子妃として亡くなったので簡略に作られました。一般的に立てられる望柱石(墓の前の両側にたてる一組の石柱)も省略されています。順陵は朝鮮第9代成宗の妃である恭恵王后(1456-1474年)韓氏の単陵です。全体的な陵の構成形式は恭陵と同じですが、順陵は王妃の陵であるため、恭陵に比べて、多くの石物(墓の前に置かれる石で作られたさまざまな物)が置かれています。恭恵王后は韓明澮の4番目の娘で、恭陵に埋葬された章順王后とは実の姉妹でした。 姉妹が揃って王妃となった例は、朝鮮王朝500年の歴史で前例がないことでした。永陵は英祖の長男である追尊王真宗(1719-1728年)と彼の妃である孝純王后(1715-1751年)趙氏の陵です。真宗は7歳で皇太子に冊封されましたが、1728年に昌慶宮の進修堂ジンスダンで夭折し(若くして亡くなり)ました。孝純王后は13歳で太子妃に冊封され、1751年に子のいないまま37歳で亡くなりました。


ソウル(鍾路区) , 大学路・城北洞

韓国式洋食レストランです。代表的なメニューは手作りロースカツです。この店はソウル特別市のテハンノに位置した和食専門店です。