慶尚南道(梁山市 )

内院寺渓谷は千聖山の麓に位置した内院寺の下にあります。渓谷の北東には鼎足山、南には円寂山、南東には千聖山があり、その間にある多くの谷で流れる水が竜連川と上里川などになって西側で梁山川に流れこんでいます。内院寺渓谷は古くから小金剛と呼ばれるほど自然景観がよく、常にきれいな水が流れて神秘な谷と呼ばれています。夏には避暑地目的で、春、秋、冬には登山目的でたくさんの観光客が訪れます。


忠清南道(泰安郡 )

風の下観光農園(바람아래관광농원)は忠清南道泰安郡安眠島(アンミョンド)にあり、蓮の花で有名な芝浦(チポ)貯水池に接し美しい風景を誇ります。 観光農園内の安眠島迷路公園、風の下ペンション、木の下カフェがあり、さまざまな体験を楽しめる体験型農園です。 およそ1万3000平方メートルの広々とした敷地に2人室から8人室まで様々な広さの客室があります。 ハニパラム(農漁村の人々や船頭が「西風」を指す言葉)101号室は最大10人まで宿泊でき、ソルパラム(松の木の間を抜ける風のこと)101号、ソルパラム201号、ハニパラム102号室はカップルでお泊り頂くのに最適です。 附帯施設として迷路公園、船釣り体験、野外プール、ウォータースライド、動物農園体験、遊び場施設などがあり、子ども連れのご家族、カップルの方々におすすめです。 農園内にはカフェがあり、朝食、ブランチ、飲料サービスを行っています。


全羅南道(珍島郡 )

珍島郡は西海(黄海)と南海が出会う韓半島(朝鮮半島)西南の海にある約230の島から成っています。本島である「珍島(チンド)」は、「1年農業して3年暮らす」という言葉があるほどに農耕地が広く、実り豊かなところです。また、島周辺の海では魚類と海藻がたくさんとれるため、島の名前も「宝の島」という意味を持つ「珍島」と付けられました。島全域にはさまざまな遺跡が散在しており、なかでも龍蔵山城と南桃石城は高麗時代の三別抄の抗蒙遺跡址として、鳴梁海峡は壬辰倭乱(文禄の役)当時、李舜臣将軍が倭軍を打ち破った戦勝地として知られています。珍島には八景と三宝があり、珍島八景とは鳴梁大捷址である鬱陶項海岸、神秘の海割れ、観梅島の観梅八景、南桃石城、雲林山房、龍蔵山城など、三宝は珍島犬、クコの実、自然産岩ワカメをいいます。毎年旧暦2月末頃には古郡面の回洞里と義新面の茅島里間に長さ2.8キロメートル、幅40メートルほどの道が現れる海割れが見られます。韓国版モーゼの奇跡として広く知られたこの神秘の海割れが起こる頃には燃灯祭が開催され、多くの観光客が訪れます。珍島と海南の間の鬱陶項には1984年に珍島大橋がかかり陸路で島に出入りすることができるようになりました。


慶尚北道(清道郡 )

清道プロバンスの新しい光祭りは童話に登場する村を素材に、世界でひとつしかないピョルピッ童話村です。子ども達は魅力的な童話の世界を体験することができ、大人は幼い頃に接した懐かしい童話の世界を伝えます。


ソウル(城北区) , 大学路・城北洞

この建物は高麗大学校の前身である普成専門学校の本館として建てられました。普成専門学校は韓国人の手によって設立された韓国最初の近代的高等教育機関というべき学校です。 1905年大韓帝国内蔵院卿(大韓帝国皇室の財産を管理する組織のトップ)を歴任した李容翊(イ・ヨンイク)が教育救国の理念の下、礴洞(パクトン)現在のソウル特別市鍾路区寿松洞にあった露語学校があった場所に法律と実業教育を目的に開校しました。1910年には天道教から買収し、現在のソウル市鍾路区安国洞の場所に2棟の木造校舎を建て、法科と商科の専門課程を開設しました。 しかしながら財政難に陥り、実業家の金性洙(キム・ソンス)が1932年この学校を買収、1933年現在のソウル市城北区安岩洞の地に移転しました。 本館の建物は図書館とともに安岩洞に学校が移転し建てられた代表的な建物です。日帝強占期も中央高等学校本館などの創意的な作品を発表した朴東鎮(パク・トンジン/1899-1982)が設計、日本人の藤田幸次郎が施工を担当しました。 1933年9月に着工、1934年9月石造鉄筋コンクリート造の3階建て建物が竣工しました。平面は中央部を中心にして左右の翼のようになった部分が短く処理されたH字型の完璧な左右対称をなしています。建物には花崗岩を建材に使っています。内部にはスチーム暖房や水洗式衛生装置を兼ね備え、当時としては最新式の施設でした。 解放後の1946年8月には政法、経商、文科3つの単科大学に8つの学科を編成した総合大学に昇格、改編し、高麗大学校という校名に変更しました。 ※面積- 3,223平方メートル ※所有者 - 学校法人高麗中央学院


忠清南道(保寧市 )

忠清南道、保寧市にある石炭博物館は石炭事業の歴史と重要性を伝えるために作られた博物館です。内部展示と野外展示に分かれていて石炭の生産過程、採炭、運搬過程など、それぞれの過程で使われる道具を展示、また映像を通して石炭を掘る様子も見ることができます。特に韓国初の坑道の中を体験できる模擬坑道では廃鉱で出てくる風を利用して冷風トンネルを作り、トンネルの壁には鉱山関連の写真を展示しています。また、坑道の中では採炭過程を実物大サイズで再現しており、まるでエレベーターに乗って実際に地下400mの坑道まで降りてきたような体験をすることができます。観覧時間は午前9時から午後6時まで(冬季は午後5時まで)で毎週月曜日は休館日。


全羅北道(全州市 )

全州川が近くに見下ろせる場所に位置している英祖館は、韓屋ホテル「王の至密」11棟のうち1つ。王の至密は朝鮮歴代国王の名前を付けた棟別に宿をもっている。そのうち第21第王の英祖の名前に因んだ英祖館には正1品金室、正1品銀室の2客室がある。客室内部は伝統韓屋と現代風のインテリアがおしゃれに調和している。英祖館の2階に位置している金室は原木の垂木がむき出しになっている天井が雄大な感じで、1階の銀室は金室より天井が低くこじんまりとした感じがする。客室はそれぞれダブルベッドが2つ置かれたベッドルーム、低いテーブルと椅子があるリビング、バスルームで構成され、ジャクジーのあるシャワー室とトイレを分離して宿泊客が便利に利用できるようにした。ベッドルームとリビングは障子入り格子柄の引き戸で分離した。備品としては冷蔵庫、コーヒーメーカー、ヘアドライヤなどがある。 屋外の芝生広場には子供たちが思いっきり走り回れる民俗体験施設が設けられた。ユンノリ、投壺、板跳び、輿乗りなど伝統遊戯の体験ができる。ホテル内には2つの韓屋レストランとカフェがあり、古めかしい雰囲気で食事とお茶を楽しめる。午前には韓屋レストランの香遠亭でサラダ・ナムル・チヂミ・パン・ベーコンなどが出る朝食バイキングが食べられる。全州を代表する観光スポットとも近いので観光にも便利。車5分で全州韓屋村、南部市場、豊南門に行ける。


 
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仁川(中区) , 仁川市街地

ジェミナン革工房(JEAMINAN Leather Studio) 仁川を代表する文化観光エリアに位置する、人気のレザークラフト工房。 仁川チャイナタウンの活気あふれる街並みと、 歴史的建築と芸術文化が広がる 仁川 1883 開港場文化地区―― この2つの主要観光地のちょうど中間に佇む ジェミナン革工房(JEAMINAN Leather Studio) は、 国内外の旅行者から高い支持を得ている、体験型のクラフトアトリエです。 工房に一歩入ると、レザーの柔らかな香りと、手仕事の落ち着いたリズムに包まれ、 旅の合間に心を整える穏やかな時間を過ごすことができます。       旅行者にも人気のレザークラフト体験 丁寧でフレンドリーなガイダンスと、初心者でも参加しやすい雰囲気が魅力です。 ワンデークラフトクラス お好きなレザーを選び、キーリング、カードケース、ミニウォレット、レザートレイなど、世界に一つだけのアイテムを制作できます。旅の思い出として残る、自分自身の手で仕上げたハンドメイド作品をお持ち帰りいただけます。 オーダーメイドレザーアイテム 完成品をご希望の方には、色・サイズ・デザインを選べるオーダーメイドも対応。職人が一点一点丁寧に仕上げるため、贈り物にも旅の記念にも最適です。 工房内クラフト研修 より深くクラフト文化に触れたい方には、工房内での研修プログラムもご用意。観光の合間に、落ち着いた空間で本格的なレザー体験を楽しめます。レザーと向き合うひとときは、旅の特別な記憶として刻まれていきます。自然素材に触れながら、心静かに過ごす癒しの時間をお楽しみください。         シグネチャーレザーアイテム ジェミナン革工房(JEAMINAN Leather Studio) の人気アイテム: • レザーマウスパッド — 30,000 KRW • エレファントキーリング — 11,000 KRW • レザートレイ — 35,000 KRW • ミニバッグ — 77,000 KRW • 札入れウォレット — 44,000 KRW • ペンケース — 49,500 KRW • アコーディオンカードウォレット — 60,000 KRW • ハーフムーンカードウォレット — 33,000 KRW • コインケース — 22,000 KRW • キーリング — 27,500 KRW • カードウォレット — 44,000 KRW • ジッパーカードウォレット — 77,000 KRW ※上記の価格は執筆時点の参考価格です。訪問日により異なる場合がありますので、最新の料金は現地にてご確認ください。 仁川観光の中心で、特別な体験を 仁川チャイナタウンと仁川 1883 開港場文化地区という 2つの人気観光スポットに隣接する ジェミナン革工房(JEAMINAN Leather Studio) は、仁川旅行の行程にぜひ加えたい魅力的なスポットです。 歴史と文化が息づく街並みを散策しながら、心安らぐクラフト体験で、旅の思い出を形にしてみませんか。仁川で皆さまのお越しを心よりお待ちしております。


慶尚北道(安東市 )

安東(アンドン)河回村・玉淵精舎(オギョンチョンサ)は西厓(ソエ)・柳成龍(リュ・ソンニョン)(1542~1607)が日ごろ親交のあった僧侶・誕弘(タンホン)の援助を受け建てたもので、学問を究め弟子を養成する所でした。 西厓・柳成龍先生は遠志精舎(ウォンジチョンサ)を建てた後、人々が住む村に近く騒々しく奥ゆかしい雰囲気が感じられないとして、川向こうの芙蓉台(プヨンデ)の麓の土地を手に入れ建物を建てようとしましたが、暮らし向きがよくなく精舎を建てることが出来ませんでした。 そのことを知った親交のある僧侶・誕弘が、建物の建築を引き受け資金面でも援助することを申し出、1576(宣祖9)年に着工し10年かけて西厓・柳成龍先生が45歳の時である1586(宣祖19)年にようやく完工しました。 先生はその後、芙蓉台(プヨンデ)の西側の麓にある兄(謙菴・柳雲龍先生)の亭子(東屋)である謙菴精舎(キョマムチョンサ)を芙蓉台の崖の縁に作った細いの道を歩いて行き来し、兄弟の情を深めたといいます。 そして1605(宣祖38)年、洛東江(ナクトンガン)の大洪水により河回にあった3間の広さの草葺の家屋を失いこの精舎に隠居、壬辰の乱(日本で言う「文禄・慶長の役」)を回顧し懲毖録(国宝132号)を書き上げました。 玉淵精舎の洗心斎(セシムジェ)の建物は瞰録軒(カムロクホン)と名付けられた板の間を中心に左右に1部屋がある西厓・柳成龍先生が朝鮮時代に基礎教育を行っていた学校・書堂(ソダン)として使っていた建物です。書堂には周経の繋辞の中にある「意或従事於斯 以庶幾萬一爾(ここに心を置き、万に一つでも叶うことを望む)」という一文の意味が込められています。そして瞰録軒と名付けられた板の間は中国の書家・王義之の「頭をもたげ青い空を仰ぎ、下へは青い水を頭を垂れ眺める」という詩から付けられたものです。 遠楽斎(ウォルラクチェ)の建物は西厓・柳成龍先生がこの部屋に起居し懲毖録を書き上げた場所です。友人の来訪を待つという意味を持つ遠楽斎ですが、この名称は論語の中にある「朋有り遠方より来たる、また楽しからずや」という一文から付けられたものです。そして2間の広さの板の間・愛吾軒は陶淵明の「吾亦愛吾廬(吾もまた吾が庵を愛す) 」 という詩から名付けられたものです。


京畿道(平沢市 ) , 平沢

テンジャン(韓国味噌)ダレのサムギョプサルを味わえるところです。京畿道のピョンテク市に位置した韓食専門店です。代表的なメニューはテンジャンサムギョプサルです。