江原道(高城郡)

花津浦(ファジンポ)海岸から草島港(チョドハン)、草島海水浴場を経て、北へおよそ2kmほど進むと、韓国で最も北にある大津港(テジンハン)の港が見えてきます。 この大津港は北緯38度30分、つまり38度線以北にある地域です。この北緯は、韓国の地図で言えば、韓半島の西側にある西海(ソヘ)の北端にある白翎島(ペンニョンド)よりもさらに50kmほど北に位置しています。


全羅北道(群山市 )

渓谷ガーデン食堂は、錦江河口堤(クムガン・ハグトゥク)近隣の典型的な農村地域に、山を背にして建っています。代表的な料理は、群山地域で多く獲れる新鮮なワタリガニで作った「ワタリガニの醤油漬け定食(コッケジャン・チョンシク)」です。ワタリガニの醤油漬けは、複数の韓薬で熟成させて作ったもので、美味しいだけでなく栄養価が高いので、妊婦や病気の方の食欲を高めてくれる効果があります。また、ワタリガニの醤油漬けは、郷土伝統食品に指定されており、贈り物として包装販売(宅配注文)もしています。


江原道(平昌郡)

李孝石(イ・ヒョソク)は韓国近現代史を代表する小説家。可山(カサン)という号を持つ李孝石は、1936年、韓国の短編文学の秀作のひとつ「蕎麦の花が咲く頃」を発表しました。 李孝石先生が生まれた場所で「蕎麦の花が咲く頃」の舞台となった江原道(カンウォンド)平昌郡(ピョンチャングン)では2007年地元のお年寄りの証言を基に、李孝石村内の生家跡からおよそ600mほど離れた場所に李孝石の草葺き屋根の生家を復元しました。二男三女の長男として生まれた李孝石の幼少の頃がよみがえってくる場所です。1990年文化観光部から「全国第1号文化村」に指定された李孝石文化村は毎年9月のそばの花が満開となる頃、「蕎麦の花が咲く頃・孝石文化祭」が開かれます。 また、文化村内には李孝石生家跡、水車小屋、小説に登場する飲み屋・忠州(チュンジュ)チプ、可山公園、李孝石記念館、ソバ郷土資料館などさまざまな見どころがあります。


大田広域市(儒城区)

核エネルギーから答えを探す 核融合エネルギーは未来のクリーンエネルギー源として注目を集めています。特に資源がない韓国では以前に増して関心を持たなくてはならないエネルギーです。この研究所では広報映像視聴、特別講義、広報館見学、KSTAR主装置室や主制御室の見学が可能です。


全羅北道(淳昌郡 )

たまには、現代的で洗練されたインテリアではなく、多少不便でも昔のままの懐かしい食堂で食事をしたくなる時はありませんか。そんな時お勧めなのがこちらのお店。慶尚南道の咸陽から全羅北道の井邑へと向かう道にある淳昌の「玉川ゴル韓定食」です。昔の宿屋を思い出させる古びた旧韓国式家屋の外観と、黄色い油紙が懐かしいオンドルの素朴な店内は、365日行列ができる名所です。練炭の火で直接焼いた豚プルコギ定食(テジ・ブルペク)と牛プルコギ(ソ・プルゴギ)を始め、20種類以上のおかずと味噌鍋(テンジャン・チゲ)まで、昔ながらの味がそのまま生きています。食材に使う野菜やお米は、真心込めて直接栽培したものを使用しています。


ソウル(中区) , 乙支路・忠武路・南山

ソウルライト(SEOUL LIGHT)は、世界最大の非定型建築物である東大門デザインプラザ(DDP)の外壁を使って行われるメディアファサードフェスティバル。東大門デザインプラザの220メートルの外壁を色鮮やかな光やメディア、音楽を用いて「躍動する生命力」や「全世界に伝える希望のメッセージ」を表現します。今年は東大門デザインプラザの広場や公園もソウルライトの舞台となり、広場から公園に行くスロープには高さ2メートルのライティングツリー100本が設置され、光の庭園が演出されます。


全羅北道(群山市 )

京岩洞(キョンアムドン)線路村(チョルキルマウル)は、現在の全羅北道(チョルラプクド)群山市(クンサンシ)京岩洞に1944年操業開始した「北鮮製紙化学工業」(現・ペーパーコリア)の新たな工場と旧・群山駅を結ぶおよそ2.5kmの線路沿いの町を総称した名前です。この町がある行政区域名から京岩洞線路村と呼ぶようになりました。 日帝強占期(1910~1945年)末期の1944年に敷設されたこの工場引込線周辺には工場稼動とともに次第に人々が集まりはじめ、1970年代になると本格的に町が形成されていきました。 京岩洞のこの線路は日帝強占期末期の1944年、新聞用紙の原材料を製紙工場に運び込むために敷設された工場専用引込線で、1950年代中盤までは「北鮮製紙鉄道」と呼ばれていました。1970年代初めまでは「高麗製紙鉄道」、その後は「世大(セデ)製紙線」あるいは「世豊(セプン)鉄道」と呼ばれていましたが、世豊グループの倒産により新たに買収・継続会社となった会社の名前を取って「ペーパーコリア線」と呼ばれ、現在では元々あった工場も移転し廃線となっています。  


慶尚南道(昌原市 )

1998年10月31日に開館した鎮海(チネ)市立博物館は帝皇山(チェファンサン)公園内の鎮海塔1階・2階に展示室、事務室、視聴覚室、遺物倉庫、展望などの施設を持つ博物館です。展示室には鎮海市の沿革、新石器・青銅器・三韓・三国時代の遺物、朝鮮時代の陶窯址の模型、鎮海の漁業の様子を再現した展示、駕洛国・首露王と王妃の人形、亀甲船模型、熊川邑城の模型などが展示されており、鎮海の遺跡に関するビデオもご覧頂けます。 また鎮海市全体を縮尺したジオラマ模型とともに鎮海の歴史年代や時代別に鎮海の歴史をモニターで確認することもできます。鎮海の過去と現在を知ることができる鎮海博物館には数多くの観光客が訪れています。


ソウル(冠岳区)

国立ソウル大学校冠岳キャンパス脇の冠岳山登山道に入ると、すぐ右手に野生花学習場が見えてきます。珍しい花々の写真を撮ったり、プレートに表示された花の名前を覚えたりしていつもとは違った憩いのひと時を過ごせます。登山道とソウル大キャンパスとの間を流れる川の上流方向1kmほどに続く区間には大人の腰ぐらいまで水深のある「自然型プール」や自然学習場などがあり、またおよそ1,000平方メートルほどの広さを誇る休息スペースにはジャガイモ、ナスなど19種類の農作物やセンノウ、イブキジャコウソウなど1,630本の草花が植えられ、その風景はいかにも韓国の農村のような光景です。5月末から6月には薔薇農園でバラ五感体験もできます。


忠清南道(舒川郡 )

5月下旬、舒川(ソチョン)の沖では天然のヒラメやタイ漁が最盛期を迎えます。足が早い天然のヒラメは運搬の過程で鮮度維持が難しいため、都市に住む皆さんを港にお招きし、平目の刺身や鯛の刺身を味わう粋な味のお祭り「舒川自然産ヒラメタイ祭り」を開催する運びとなりました。 日の出村として有名な忠清南道舒川郡西面馬梁浦口には5月になると、岸壁でヒラメを満載した船の陸揚げで大忙しになります。ヒラメは砂地の海底に住む魚ということもあり、東海(トンへ)よりは西海(ソヘ)や南海(ナメ)の沿岸に多く生息しています。 刺身屋で普段食べるヒラメの刺身は大半が養殖で、天然物を食べる機会は余りありません。というのも天然のヒラメは刺身屋の生簀(いけす)に長い時間生かしておくことができず、輸送の過程でストレスを受けやすいなど鮮度維持が難しいためです。 しかしここ馬梁浦口の港では養殖物はほとんどお目にかかれません。養殖でない天然のヒラメが多く水揚げされるのは約30隻のヒラメ漁船が一つの村で集団で操業しているからです。一早くから建網漁業である「三角網漁法」を導入、舒川・馬梁港では約20年前から南海でこの漁法による操業を開始し、今では韓国全国最大の天然ヒラメ漁獲地となっています。 5月下旬には一日平均4~5トンのヒラメが水揚げされ、多いときには1日で10トン前後にもなるときがあります。お祭り期間になると、ヒラメの刺身やヒラメで作った辛口の鍋・メウンタンがお手ごろな料金で食べられ、また週末や休日には様々なイベントや素手でヒラメのつかみ取り、子どもヒラメたも網掬い体験、記念公園でヒラメ探しなど様々な体験プログラムを楽しむことができ、楽しさいっぱいで一日中満喫できます。