更新:2017-01-07 21:46:52
基本紹介
*新羅と百済が国境を成した歴史的通路*
茂朱雪川面にある羅済通門は、三国時代、新羅と百済が国境をなしていた場所で、雪川面の新斗村と雪川里の伊南村の境界をなす石絹山にある岩の洞窟です。高さ3m、長さ10mほどの大きさ。
三国時代には石絹山岩尾根を境に東側は、新羅の地、西側の雪川、赤裳面、茂朱邑などは、百済の地でした。このように三国時代から高麗までの間、風習や文化の全く異なる地域であっただけに、今でも言語や風習などの特色を大事にしており、雪川市日に行くと、方言だけで茂朱と茂豊の人を区別できるほどです。
利用情報
営業時間・休業日など、現地で役立つ基本情報です。
- お問い合わせ
- 茂朱郡観光案内所(龜川洞観光案内所) +82-1899-8687
情報更新 2017.01.07
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