慶熙宮 興化門(경희궁 흥화문)
 
ソウル(鍾路区)
※ 2019~2020 韓国観光100選 ※ 慶熙宮(キョンヒグン)興化門(フンファムン)は朝鮮時代の光海君8(1616)年に建立された慶熙宮の正門です。 慶熙宮は建立当初、慶徳宮(キョンドックン)と呼ばれ、景福宮(キョンボックン)を北闕(プックォル=北の王宮の意)、昌徳宮(チャンドックン)を東闕(トングォル)と別名呼んでいたことから、西闕(ソグォル)とも呼ばれていました。 元々この場所には朝鮮時代の第16代の王・仁祖(インジョ・1595~1649年)の実父で第14代の王・元宗(ウォンジョン・1580~1619年)が王位に就く前に暮らしていた潜邸がありましたが、第15代の王・光海君(クァンヘグン・1575~1641年)がこの潜邸の場所が風水地理でいう王を誕生させる王気が集まる土地と信じ、この家を奪い、新たに慶徳宮を建立するに至りました。 日帝強占期の1910年には慶熙宮を取り壊し、京城中学校(現在のソウル高等学校の前身)を設立しました。この時、興化門は残されましたが、1932年、安重根(アン・ジュングン)義士が暗殺した伊藤博文の祠堂・博文寺の正門として移築されました。 1979年、新羅ホテルが博文寺があったソウル特別市中区(チュング)奨忠洞(チャンチュンドン)にオープンし、一時、新羅ホテルの正門として使われましたが、1988年再び現在の地に移築されました。 なお慶熙宮は1986年にソウル市により公園として開放されています。

採石場展望台(채석장 전망대)
 
ソウル(鍾路区) ,
駱山(ナクサン)の麓にある採石場と呼ばれる一帯は、日帝強占期(1910~1945年)朝鮮総督府や旧ソウル駅などを建設する際に石材を切り出した場所でした。 韓国戦争(1950~1953年・休戦)以降、ここに人々が引っ越しはじめ、また戦争避難民も住み始めたことから、次第に街が形成されていきました。 2007年には一帯がニュータウン地域に指定され、団地が建設されるところでしたが、住民らの反対により指定が取り消されたという経緯があります。 現在ではこのエリアは韓国の都市再生のモデルケースとして高く評価されている地域になりました。 2019年11月に採石場跡地の小高い丘の上にオープンした昌信(チャンシン)崇仁(スンイン)採石場展望台は、ソウルの景色が一望できる素晴らしい展望台です。展望台からの眺望が素晴らしく、いまでは数多くの人々が訪れています。

三吉浦港(삼길포항)
 
忠清南道(瑞山市 ) ,
忠清南道大山邑にある三吉浦港は、唐津市石門面橋路里と大山邑花谷里の三吉浦をつなぐ大湖防潮堤の最終地点にあり、大湖の水門がある所です。大湖防潮堤は1984年11月6日に竣工された防潮堤で長さ7.8km、海岸沿いのドライブコース、海に浮かぶ大小の島々を見ながら釣りを楽しむことができる場所です。堤防の中心には農産物の直売店、宿泊施設、休憩施設のある休養地として開発され、観光名所としても人気です。 西海岸のどの港に行っても週末になるとソウルや首都圏から車で訪れる人が多く、駐車する場所がないほどで、この三吉浦港も例外ではありません。

嶺南アルプス(영남 알프스)
 
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嶺南(ヨンナム)アルプスは蔚山(ウルサン)、密陽(ミリャン)、梁山(ヤンサン)、慶州(キョンジュ)と境を接する迦智山(カジサン)を中心に海抜1,000メートル以上の山々が素晴らしい稜線と風景を作り出す山系で、ヨーロッパのアルプスになぞらえて付けられた名称です。 元々、迦智山、肝月山(カンウォルサン)、神仏山(シンブルサン)、霊鷲山(ヨンチュクサン)、天皇山(チョナンサン)、載薬山(チェヤクサン)、高献山(コホンサン)の7つの山を称したものですが、雲門山(ウンムンサン)、文福山(ムンボクサン)を含めることもあります。 嶺南アルプスは総面積およそ255平方キロメートルで、一年を通じて美しいところとして有名ですが、特に秋は山のあちらこちらでススキが生い茂り幻想的な風景となります。この頃になると全国各地から登山客がひっきりなしにやって来るところでもあります。 また通渡寺(トンドサ)、雲門寺(ウンムンサ)、石南寺(ソクナムサ/ソンナムサ)、表忠寺(ピョチュンサ)など由緒ある寺も多く、また奇石が立ちはだかる絶壁が周囲の風景と調和をなし素晴らしい風景となっています。嶺南アルプスは様々な動植物も数多く生息していることから、自然が作る巨大な動植物園とも呼ばれています。 嶺南アルプスは大変美しい自然の宝庫で、それだけに楽しめる場所も多く、山道、渓谷、砂利道、藪を一気に走り抜けるマウンテンバイクや嶺南アルプスの風景を上空から一望できるパラグライダーなどもお楽しみ頂けます。  

大韓民国臨時政府ソウル連通府跡(대한민국 임시정부 서울연통부 터)
 
ソウル(中区) ,
大韓民国臨時政府ソウル連通府(聯通府)跡は、1919年、中国・上海に樹立された大韓民国臨時政府が国内と連絡を取り、国内行政を担当するため秘密裏に組織された大韓民国臨時政府直轄のソウル連通部(ヨントンブ)があった場所です。 現在はソウル特別市中区(チュング)巡和洞(スナドン)にある同和(トンファ)薬品の旧社屋前に石碑が残されています。

錦江歩行橋
 
世宗市() ,
世宗市のランドマークとなる錦江(クムガン)歩行橋は二層一面鋼管トラス橋で、独創なデザインにより都市の美観向上に大きく貢献しています。  幻想的な時間旅行というデザインコンセプトをもち、橋梁上部(幅12メートル)は歩行の利便性のための休憩および便益施設とさまざまなイベント、遊び体験施設が満載の緑地歩行空間として、橋梁下部(幅7メートル)には自転車専用道路を設置することで歩行者の安全を保障するとともに自転車利用者にも快適な環境を提供します。

ヘオルム芸術村(해오름예술촌)
 
慶尚南道(南海郡 ) ,
ヘオルム芸術村は廃校になった学校をリフォームして地域の文化芸術創作空間を提供したり支援活動をするためにつくられました。自然の恵みや美しい建物、造形が有名で、伝統工芸を体験しに遠方から訪れる人もいるほどよく知られています。全国放送6回、地方放送12回、その他新聞、雑誌などさまざまなメディアにも取り上げられ注目を集めています。

石頭海水浴場(돌머리해수욕장)
 
全羅南道(咸平郡 ) ,
松の森と浜辺が美しいところ、石頭海水浴場 咸平邑の一番西側海辺にある海水浴場です。陸地の終わりが岩になっていて「石頭」という名前が付けられたそうで、これに伴って村の名前も石頭になりました。周辺には、貯水池、古城や海水浴場など名所がたくさんあります。石頭海水浴場は後方に松の森が生い茂っていてその景色が美しいです。 また、幅70m、長さ1kmの白砂浜があって、水が透きとっていてきれいで水深の浅い海水浴場です。潮の干満の差が少し激しいのが短所ですが、それを解消するために約2,700坪規模の人工海水プールが設置されているので引き潮の時も泳ぐことができ、その他便利な施設も整えました。また、水が抜けた干潟の上に長い木橋をかけて観光客が直接、干潟の生態を観察できるようにしました。 また、干潟では海産物がたくさん採れ、新鮮な夏の果物も豊かであり、海水浴と食事を楽しむことができます。子どもから大人まで家族全員が満足できる休養地です。

国立釜山国楽院(국립부산국악원)
 
釜山広域市(釜山鎮区) ,
国立釜山国楽院は、釜山(プサン)・嶺南(ヨンナム)地域における伝統公演芸術の継承及び発展を目的に、2008年10月28日開院した国立の文化芸術機関です。 公演、教育、研究を総括する機能を持つ国立釜山国楽院は、釜山の豊かな伝統文化を生かし、特色ある、そして品格高い作品を皆様にご紹介しています。 国立釜山国楽院は今後も特色ある品格高い代表作品を世に生み出し、国際海洋都市・アジア太平洋の拠点都市・釜山の文化競争力を高め、韓国の伝統文化の世界化をリードしていく所存です。 *開館日:2008年10月28日

槐山湖(괴산호)
 
忠清北道(槐山郡 ) ,
槐山湖(ケェサノ/ケサノ)は忠清北道(チュンチョンプクド)槐山郡(ケェサングン/ケサングン)七星面(チルソンミョン)一帯に広がる湖で、フナやコイをはじめコウライニゴイ、コウライケツギョ(ソガリ)など様々な魚類が生息しており、釣り場としても有名なところです。中部高速道路の開通により、曽坪(チュンピョン)インターチェンジを下りて曽坪邑を経て槐山方面に向かうと槐山湖が見えてきます。