江原道(襄陽郡) · 宮殿洛山寺 義湘台義湘台(ウィサンデ)は洛山寺から紅蓮庵の観音の観音洞窟に行く海岸の丘にあります。新羅時代(BC57~AD935)の義湘大師(625~702)が文武王676年(661~681)に洛山寺を建てた時、ここに座って修行をしたところに建てた東屋として…お気に入り0閲覧数12,223クチコミ0
全羅北道(全州市 ) · 宮殿全州郷校高麗時代の末頃に賢儒の位牌を奉安、配享し、地方の人々の教育と教化のために建てられました。当時の位置は現在の慶基殿の近くでしたが、太祖李成桂の晬容を奉安するために慶基殿が竣工され、1410年(太祖10)全州城の西側の黃華臺の下に移転しました。…お気に入り0閲覧数12,218クチコミ0
全羅南道(順天市 ) · 宮殿順天楽安邑城順天楽安邑城(スンチョン・ナガンウプソン)は、朝鮮時代の城と東軒、客舎、林慶業将軍碑閣、市場、草葺屋根の家などが原形そのままに保存されており、城と村が一緒に国内最初の史跡第302号に指定されました。朝鮮 太祖6年(1397年)に倭寇が侵入し…お気に入り0閲覧数12,164クチコミ0
大田広域市(東区) · 宮殿尤庵史跡公園尤庵史跡公園(ウアムサジョクコンウォン)は朝鮮末期の大儒学者である尤庵・宋時烈(ソン・シヨル / 1607~1689)が学問を修めた場所で、1991年から1997年まで蔵板閣、遺物館、書院などの建物を再現し、1998年4月17日に史跡公園と…お気に入り0閲覧数12,156クチコミ0
全羅南道(麗水市 ) · 宮殿鎮南館国宝第304号である鎮南館は現在までに伝えられて来た全羅左水営城の唯一の建物です。壬辰倭乱が終わった翌年1599年、李舜臣の後任統制全羅左水営の李時言が、壬辰倭乱で焼かれてしまった鎮海楼に建てた75間の大規模な宿です。南側を鎮撫する意味から…お気に入り0閲覧数12,092クチコミ0
忠清南道(牙山市 ) · 宮殿牙山 孟氏杏檀孟氏杏檀(メンシヘンダン)は高麗時代末から朝鮮時代初期にかけての宰相で、公正な官吏として知られる孟思誠(メン・サソン1360-1438)が暮らした家です。韓国の民家の中で最も古く、もともとは高麗時代末の崔瑩(チェ・ヨン)将軍の家でしたが、将…お気に入り0閲覧数12,035クチコミ0
慶尚南道(金海市 ) · 宮殿首露王陵首露王(スロワン)は加羅国の始祖と伝えられる王でもあり、金海金氏の始祖でもあります。インドのアユタ国の王妃「許黄玉」と結婚した「首露王」。 王陵は宣祖13年(1580年)に嶺南観察使であった許曄が首露王陵(スロワンヌン)と王妃陵を改築して床…お気に入り0閲覧数12,029クチコミ0
仁川(江華郡) · 宮殿龍興宮朝鮮第25代目の王である哲宗(在位1849∼1863)が王位に就く前に住んでいた家で哲宗が王位に就くと江華留守の鄭基世が新しく建物を建て、龍興宮と名づけました。龍興宮は昌徳宮の演慶堂と楽善斎と同じように生活空間として造られたので素朴な感じの…お気に入り0閲覧数12,025クチコミ0
忠清北道(清州市 ) · 宮殿清州興徳寺址興徳寺址(フンドクサジ)は、1985年に雲泉地区宅地開発事業の施行中に遺物が多数出土して発見されました。これにより開発工事は中止され、清州大学博物館によって発掘が行われました。寺院の創建年代や規模は不明ですが、現存する世界最古の金属活字本『…お気に入り0閲覧数12,012クチコミ0
京畿道(高陽市) · 宮殿幸州山城幸州対戦祭毎年3月14日、幸州山城では壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の時に日本軍を撃破し、国を危機から救って大きな功績をあげた權慄の幸州対戦を記念した行事とその他多彩な文化イベントが開催されます。多くの人達が参加する中、權慄都元師の掛け軸が奉ら…お気に入り0閲覧数12,000クチコミ0
仁川(江華郡) · 宮殿広城堡1618年に高麗時代の外城を補修し1656年に広城堡を設置したが、この堡の墩台は1679年に築造されたものです。1745年に完全な石城に改築され城門も作られました。広城堡は辛未洋擾(しんみようじょう)の当時最も激しい激戦地で、1871年4月…お気に入り0閲覧数11,953クチコミ0
ソウル(江南区) · 宮殿三聖山聖地三聖山聖地は己亥迫害(1839年)の時にセナムトから西洋人聖職者としては初めてカトリックに改宗したという理由で死刑を言い渡され、1839年9月21日(旧暦8月14日)に軍門獄門の極刑に、殉教したフランス宣教師の聖ラウレンシオエンベル全司教と…お気に入り0閲覧数11,887クチコミ0