慶尚南道(統営市 ) · 宮殿
統営 三道水軍統制営(통영 삼도수군통제영)
1604年に設置された統営(トンヨン)三道水軍統制営は、1895年に廃営となるまで足かけ292年、慶尚(キョンサン)・全羅(チョルラ)・忠清(チュンチョン)の三道の水軍を指揮した本営(現在の組織で言えば海軍本部に相当)です。 壬辰倭乱(イム…
IndexSightseeing in Korea
宮殿・歴史スポットは、景福宮などの朝鮮王朝の宮殿や城郭、史跡など、韓国の歴史にふれられる場所です。宮殿では季節ごとに夜間公開が行われることもあります。
慶尚南道(統営市 ) · 宮殿
1604年に設置された統営(トンヨン)三道水軍統制営は、1895年に廃営となるまで足かけ292年、慶尚(キョンサン)・全羅(チョルラ)・忠清(チュンチョン)の三道の水軍を指揮した本営(現在の組織で言えば海軍本部に相当)です。 壬辰倭乱(イム…
京畿道(坡州市 ) · 宮殿
伴鴎亭(パングジョン)は、高麗時代末期から朝鮮時代第4代の王・世宗(セジョン・即位1418~1450年)の治世に至るまで、長きに渡り王を輔弼し89歳という長寿を全うした清廉潔白な官吏・ 黄喜(ファン・ヒ=1363~1452年)が晩年、官職を…
江原道(三陟市) · 宮殿
「濬慶墓(チュンギョンミョ)」は、三陟市 未老面 活耆里にある朝鮮1代目王の太祖の5代祖の墓で、陽茂将軍の墓として1899年に永慶墓と共に修築され祭閣と碑閣が建てられました。特に、周辺には青々とした松林が広がっており、森林浴を楽しむのにも最…
京畿道(水原市) · 宮殿
京畿道(キョンギド)水原市(スウォンシ)八達区(パルダルグ)梅香洞(メヒャンドン)にある蒼龍門(チャンニョンムン)のそばに建つ東北空心墩(トンブクコンシムドン)は、非常時に備え城郭周囲の敵の動きを監視するため造られた望楼で、水原華城の城郭で…
ソウル(中区) · 宮殿
崇政殿(スンジョンジョン)は元々、慶熙宮(キョンヒグン)の正殿であった建物です。 慶熙宮は元来、朝鮮時代の第16代の王・仁祖(インジョ・1595~1649年)の実父で第14代の王・元宗(ウォンジョン・1580~1619年)の私邸であった場所…
ソウル(鍾路区) · 宮殿
ソウル特別市鍾路区(チョンノグ)の大学路(テハンノ)にある韓国放送通信大学本館の建物。この建物は大韓帝国時代、工業伝習所本館として建てられた建物です。 この建物は大韓帝国の財務を総括する官庁・度支部(タクチブ)の建築所が設計、日本人の吉田謙…
江原道(原州市) · 宮殿
江原監営(カンウォン・カミョン)は江原道(カンウォンド)原州市(ウォンジュシ)にある朝鮮時代の史跡地で、2002年3月9日に史跡第439号に指定されました。監営とは朝鮮時代に各道の観察史が政務を行っていた庁舎のことで、江原監営は朝鮮時代であ…
江原道(原州市) · 宮殿
高麗・仁宗(インジョン)の時代に賢儒の位牌を奉安・合祀し、地方に住む民の教育や教化のため創建された原州郷校(ウォンジュヒャンギョ)。 1422(世宗4)年に地方行政機関の長・監察使の下で担当する区域を治めた文官・牧使(モクサ)の申浩(シン・…
慶尚南道(宜寧郡 ) · 宮殿
湖巌(ホアム)生家は、三星(サムスン)グループ創業者で韓国の経済発展を牽引した代表的な起業家である湖巌・李秉喆(イ・ビョンチョル)先生が生まれた家です。 1851年、湖巌先生の祖父が1,907平方メートルの敷地に伝統韓屋様式で自ら建てたもの…
全羅北道(群山市 ) · 宮殿
大韓帝国(1908年)に作られ、当時の話によるとフランス人またはドイツ人が設計し、ベルギーから赤レンガと建築資材を輸入して建築されたと言われています。群山税関は多くの付属の建物がありますが、現在はすべて壊されて本館のみが残っています。国内に…
全羅北道(井邑市 ) · 宮殿
高麗時代、地方の儒学者により崔致遠の学問と徳行を称えるために生祠堂(生きている人を祀る祠堂)が建てられ、泰山祠と呼ばれていました。この建物は1483年、丁克仁が建てた郷学堂があった場所(現在の場所)に移されました。1696年に崔致遠と申潜の…