更新:2016-04-13 07:36:27

益山弥勒寺址 [ユネスコ世界文化遺産]

익산 미륵사지 [유네스코 세계문화유산]
全羅北道 益山市 金馬面 弥勒寺址路362
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基本紹介

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* 百済最大の伽藍、弥勒寺址 *

百済最大の寺院である弥勒寺(ミルクサ)創建については「三国遺事」に詳しく記録されています。新羅の善花(ソノァ)王女と婚姻し、王になった武王(ムワン 百済第30代王 600-641)が善花王女とともに龍華山(ヨンファサン 現在の弥勒山)の獅子寺(サジャサ)の知命法師を訪ねて行く途中のことでした。突然、池の中から弥勒三尊が現れ、これを機に弥勒寺を創建することになったのです。三尊のために殿(金堂)、塔、廊(花郎) を建てたとされています。これとは別に弥勒寺の創建には武王と善花王女の信仰だけではなく政治的な目的があったとの見解もあります。つまり、百済の国力を拡張させるため馬韓勢力の中心であったこの場所、金馬に弥勒寺を建てたと推測されています。

百済最大の寺院である弥勒寺を建てるにあたり、当時の百済の建築・工芸など各種文化の最高水準が発揮されていることばかりでなく、新羅の真平王が百工(職人)を送ったと三国遺事に記録されています。これは当時、三国の技術が終結されたことを意味します。弥勒寺が百済仏教で弥勒信仰の求心点があったことははっきりしていて、新羅最大の寺院である皇龍寺が華岩思想の求心点であったことと対比します。皇龍寺が一塔三金堂式で、弥勒寺は三塔三金堂式の寺院配置です。皇龍寺は王を頂点にした華岩思想、弥勒寺は弥勒思想を寺院に具現化しています。弥勒寺は一般平民 ・大衆まで龍華世上に引導するという弥勒信仰が基盤となっています。

利用情報

営業時間・休業日など、現地で役立つ基本情報です。

世界文化遺産

定休日
1月1日、月曜日

情報更新 2016.04.13

外国語案内サービス

日本語案内員が常駐、日本語のパンフレットあり

交通

地下鉄・バスでの行き方と地図です。

現在地からのルートと所要時間はGoogleマップで表示されます。NAVER地図は韓国語で表示されます。

* 益山駅から
市内バス41、60番を利用し、「弥勒寺址」停留所で下車(バス運行間隔約40分)

* 全州公用バスターミナルから
金馬行きの直行バスが30分間隔で運行
金馬から市内バス41、60番を利用し、「弥勒寺址」停留所で下車(10分所要)
金馬から弥勒寺址まではタクシーで約5分

全羅北道 益山市 金馬面 弥勒寺址路362


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