慶尚南道(陜川郡 ) · 宮殿玉渓書院栗谷・李珥が残した「擊蒙要訣」と「海東淵源錄」などを保存するために建てられた書院です。 この玉渓書院は、英祖3年(1725年)に今の場所から4㎞ほど離れたヒャンオク洞に建てられましたが、 興宣大院君による書院廃令により、閉鎖されていたものが…お気に入り0閲覧数6,446クチコミ0
慶尚南道(陜川郡 ) · 宮殿涵碧楼陜川八景のうち第五景である涵碧楼は高麗忠粛王8年(1321年)に陜州支軍金某(キム・モ)が創建し、数回にわたって修造されました。吹笛峰のふもとにあり、黄川と正陽湖を眺めることのできる美しい風景で多くの文人墨客が風流を楽しんだ場所で、退渓李滉…お気に入り0閲覧数6,741クチコミ0
慶尚南道(統営市 ) · 宮殿忠烈祠統営忠烈祠は李舜臣将軍の祠宇です。1973年6月11日に史跡第236号に指定されました。1606年に王命を受けて李雲龍が建立し、1663年に賜額になりました。正祖御製記板と明の国から李舜臣に下した8種類の下賜品が保管されており、正門の外には…お気に入り0閲覧数9,421クチコミ0
慶尚南道(居昌郡 ) · 宮殿居昌捜勝台慶尚南道居昌郡渭川面黄山里黄山集落の前の亀淵洞に位置する捜勝台は、三国時代には新羅と百済の国境地帯であり、朝鮮時代には安義県に属していましたが、日帝強占期に行政区域の改編により居昌郡に編入されて今日に至ります。捜勝台は三国時代の百済と新羅が…お気に入り0閲覧数8,840クチコミ0
慶尚南道(密陽市 ) · 宮殿嶺南楼* 韓国三大楼閣のうちのひとつ嶺南樓 *密陽南川江の横の衙東山にある嶺南樓は宝物第147号で、晋周の矗石楼、平壤の浮碧楼とともに韓国の三大楼閣のひとつです。この2階建ての楼閣は新羅の五大名寺のひとつだった嶺南寺の付属建築物である小樓でしたが…お気に入り0閲覧数8,519クチコミ0
慶尚南道(山清郡 ) · 宮殿山清伝仇衡王陵伽倻10代目の王である仇衡(クヒョン)王の墓であると伝えられている積石塚で、仇衡王は金庾信の曽祖父にあたります。521年に伽倻の王になり、532年に新羅の法興王に領土を奪われるまで11年間在位しました。普通の墓とは違い、丘の傾斜しているとこ…お気に入り0閲覧数7,400クチコミ0
慶尚南道(金海市 ) · 宮殿亀旨峰亀旨峰(クジボン)は慶尚南道金海市亀山洞にある小さな峰で、1983年8月6日に慶尚南道記念物第58号に指定され、2001年3月7日に史跡第429号に変更されました。伽倻の始祖である首露王が降りてきたと伝えられているところです。以前はカメの頭…お気に入り0閲覧数10,510クチコミ0
慶尚南道(金海市 ) · 宮殿首露王妃陵金首露(キム・スロ)王の王妃、許黃玉(ホ・ファンオク)の墓、首露王妃陵 金海市亀山洞にある伽倻時代の陵墓で駕洛国の始祖金首露の王妃である許黃玉の王妃陵(国家史跡第74号)です。大型の円形土墳で陵墓の前面には長大石を積み、周囲には広範囲にわた…お気に入り0閲覧数12,698クチコミ0
慶尚南道(金海市 ) · 宮殿金海大成洞古墳群伽倻の成立と展開を解明するのに最も適した遺跡、大成洞古墳群 大成洞遺跡は伽倻の建国説話が込められた亀旨峰と金海貝塚で有名な会峴里貝塚の中央に位置し、東方には金首露王陵が隣接しています。公設運動場の北後方にある標高22.6mの「ウェッコジ」と…お気に入り0閲覧数12,768クチコミ0
慶尚南道(金海市 ) · 宮殿鳳凰洞 遺跡鳳凰洞 遺跡(ポンファンドンユジョク) 伽耶時代の代表的な貝塚として1920年に韓国の考古学上初となる発掘調査で発見された「会峴里貝塚」があります。こちらは、金官伽耶の生活様式をうかがうことが出来る遺跡地「鳳凰台」(旧文化財材料 第87号)…お気に入り0閲覧数11,721クチコミ0
慶尚南道(晋州市 ) · 宮殿矗石楼南江沿いの岩の絶壁に厳かに高くそびえ立っている矗石楼は、嶺南で一番美しい楼閣であるといわれています。1241年に建てられ、8回に渡って追加建設と補修を繰り返したこの楼閣は、晋州城の南将台として将元楼とも呼ばれました。戦争が始まると晋州城を守…お気に入り0閲覧数13,051クチコミ0
慶尚南道(統営市 ) · 宮殿洗兵館(国宝第305号)(세병관慶尚南道統営の洗兵館はイ・ギョンジュン第6代統制使(水軍を総指揮する朝鮮時代の官職)により1605年に建てられた統制営(李舜臣が閑山島に設置した軍営)の客舎です。洗兵館は景福宮の慶会楼や麗水の鎮南館とともに現存する最も広い面積をもつ朝鮮時代…お気に入り0閲覧数10,271クチコミ0