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宮殿・歴史スポット

宮殿・歴史スポットは、景福宮などの朝鮮王朝の宮殿や城郭、史跡など、韓国の歴史にふれられる場所です。宮殿では季節ごとに夜間公開が行われることもあります。

江原道(太白市) · 宮殿

太白山天祭壇

太白山の頂上にある「天祭壇(チョンジェダン)」は昔、人々が天に祭祀を捧げるために設けた祭壇です。三国史記をはじめとした昔の記録に「新羅にそびえる太白山を三山五岳中のひとつである北岳として祭祀を捧げた」という記録があることから、昔から霊山とし…

京畿道(金浦市) · 宮殿

文殊山城

文殊山城は京畿道金浦市に位置する文殊山にあり1964年8月29日に史跡139号に指定されました。海からの外敵を防ぎ、江華島防衛のために築かれた城です。当時北門、西門、南門がありましたが1866年丙寅洋擾の際に焼失してしまいました。現在北門は…

忠清南道(礼山郡 ) · 宮殿

秋史古宅

朝鮮時代末期の代表的な実学者であり、書道家でもある秋史・金正喜先生の生家である秋史古宅は、秋史の祖父の父である金漢藎が建てたといわれています。秋史古宅の敷地面積は266.11m²(80.5坪)で、建物は正門脇の棟、鉤形の居間棟、ロの字型の母…

済州道(済州市 ) · 宮殿

別防鎮

「別防鎮」は済州市旧左邑(クジャウプ)下道里(ハドリ)にある朝鮮時代の鎮で、1973年4月3日済州特別自治道記念物第24号に指定されました。 済州道には高麗時代から東部と西部の海岸に石城を築き軍人らを駐屯させ外的の侵入に備え、禾北鎮, 朝天…

慶尚北道(尚州市 ) · 宮殿

忠義祠(鄭起龍将軍遺跡地)

鄭起龍将軍を祀る忠義祠(鄭起龍将軍遺跡地)忠義祠(チュンウィサ)には、朝鮮時代の宣祖の時代の武将で壬辰倭乱(文禄・慶長の役)時に功績を残した鄭起龍将軍の位牌が祀られています。忠義祠、神道碑、将軍墓所が1974年に地方文化財記念物第13号に指…

全羅南道(莞島郡 ) · 宮殿

甫吉島 洗然亭

朝鮮時代中期の文臣(学問・文学などで仕える臣)であり、詩人である尹善道(ユン・ソンド)が丙子胡乱(清が朝鮮に侵入し、朝鮮を制圧した戦い)の時に王が降伏したと言う知らせを聞いて、済州島に向かう途中に甫吉島の自然景観に感動しそこに留まったと言わ…

全羅北道(茂朱郡 ) · 宮殿

徳川書院

徳川書院は燕山君(1476-1506)の時代に戊午士禍(政治的迫害事件)で犠牲になった金馹孫を主壁とし、金馹孫の子孫である金致三、金ヒョンが祭られています。金宗直の弟子である金馹孫は師匠に似て正直な性格でした。 1498年に高宗実録を編纂し…

忠清北道(報恩郡 ) · 宮殿

宣炳国家屋

1919~1921年の間に建てられたこの家は、伝統的な建築技法から脱し、部屋の広さや天井の高さなどを大きめに建てる言う変化を遂げた時期の代表的な建物です。 家は、奥間と離れ、祠堂と3つの空間に分けられており、内壁で取り囲んだその周りをさらに…

忠清南道(扶余郡 ) · 宮殿

扶余羅城[ユネスコ世界文化遺産]

扶余羅城(プヨナソン)は百済の首都・泗沘(サビ)を守るために造られた周囲84㎞の城で、扶蘇山城(プソサンソン)を中心として東西に伸びています。平壌にある羅城とともに古い羅城のひとつで、熊津(現在の公州)から泗沘(現在の扶余)に遷都した538…

慶尚北道(尚州市 ) · 宮殿

洛東江 擎天台

洛東江 擎天台擎天台(ギョンチョンデ)は、岩の絶壁と古い松の木が絶景を織り成しているところで、「天が自ら舞い降りてきた場所」という意味を込めて「自天台」とも呼ばれていたほどです。しかし、朝鮮時代の学者である蔡得沂が「大明天地 崇禎日月」とい…

全羅北道(長水郡 ) · 宮殿

論介生家

論介生家は、壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の時に殉死した論介を称え作られました。壬辰倭乱の時に倭軍が晋州城を占領すると、論介の夫である崔慶会将軍は川に身を投げ殉死し、論介は夫の仇を討つために妓生と偽り倭軍の宴会の席に参加し、酔った倭軍の将軍を抱…

全羅南道(潭陽郡 ) · 宮殿

俛仰亭

全羅南道記念物第6号に指定されたあずまや「俛仰亭」は全羅南道潭陽郡、鳳山面斎月里斎峯山のふもとに位置しています。1533年に宗純(1493~1583)が建てたもので、李滉(イファン)(1501~1570)をはじめ多くの学者や文人が学問につい…